第32話 獣心解放

 部屋から出て街の外に目を向けると、赤赤とした松明の炎が街の四方八方を取り囲むように燃え盛っています。街への唯一の入り口の大門は外からの襲撃者と中からの衛兵隊で拮抗しているようですが、すでに街の中にも入り込まれているようで交戦している声や金属がぶつかり合う音が響き渡っています。


「これは……コユキちゃん」

「おかしい、島内はくまなく探してねずみ一匹見当たらないぐらいに殲滅したはずなのに一体どこからこんな数が」


 松明の灯だけでも数百はくだらない数が見えます。おそらく1000以上の襲撃者がいるように思われます。


「さっきまでは何の気配もなかったのも不自然ですね、そうするとコユキちゃんの推測通り、転移使いがいるかもしれません」

「ひとまずはこの混乱状態をなんとかしないといけませんね。ほむらさん、起きてください」

「もう食べられない……」


 ほむらさんのほっぺをぺちぺちと叩いて声をかけましたが夢の世界から戻ってきそうにありません。


「催眠状態じゃないのほむらさん」


 コユキちゃんがそう問いかけてきました。


「なんか、そうっぽいんですよね。もしかしてシキナミさんもですか?」

「シキナミも同じね、声をかけても叩いてみても起きる気配がない」


 どうやって催眠などかけたのかわかりませんが、ほむらさんとシキナミさんには留守番してもらうとしましょうか。


「城下もかなり混乱しているようですが、どうしましょうか」

「アトは2人を見て置いて、わたしが出てくる」

「そうですか、ではお願いしますね」

「えぇ」


 コユキちゃんはそういうと窓から飛び出していきました。わたしはほむらさんとシキナミさんを布団に寝かせて、コユキちゃんが飛び出していった窓の外の板間に椅子を置いて座りコユキちゃんの様子を遠くから見守ることにしました。


 コユキちゃんは城下の中央の空に居ました。周囲をぐるりと見渡すと、急降下して1人ずつ確実に仕留めています。3分もしない間に城下に潜入していた襲撃者がほとんど片付いたようです。城下からは『コユキ様~!!』と崇敬と賞賛の声が聞こえてきます。コユキちゃんはニコニコした表情で民衆に手を振りながら私の方に飛んできました。


「ふぅ~疲れた!」

「仕事が早いですね。その調子で壁の外もやっちゃってください」

「それがどうもそうはいかないらしくって……ヘルプお願い!」


 コユキちゃんは困った表情で小首をかしげました。


「傍から見ている限りは全く困っている風に見えませんでしたが。無双状態じゃないですか」


 私がそういうと、コユキちゃんは城下の方を指差しました。差された方を覗くと、コユキちゃんがさきほど掃討したはずなのに……また城下で戦闘が起こっています。


「また湧いて出たみたいなの。しかもさっきいた数よりも増えていて。これじゃあ無限もぐら叩き状態よ。これどう思う?」

「文字通り湧いて出たのでしょうね。一体どこから出てきたのかわかりませんが。ちなみにコユキちゃんはどうして増えていると気づいたのですか?」

「倒しても倒しても減らないのよね。少しずつ速度を上げて一度殲滅させてみたんだけどやっぱり駄目だったみたいで」


 速度をあげて一時的に全滅させたとは脳筋ですね。


「私も周囲の状況には気を付けながら観戦していましたが、魔法やましてや転移に関して一切感知にひっかかりませんでした。設置型の転送術式があるのではないでしょうか」

「そんなものなかったよ?」


 感知にかからなかったということは何かが設置されているのはほぼ間違いないはずですが、コユキちゃんがないといっているということはどうやっているのでしょうか。


「ということだから、私は出現したてきた襲撃者を片っ端からつぶしていくからその間に原因突き止めてつぶしてくれませんか?」

「わかりました。お手伝いしましょう」

「OK、じゃあよろしくね。”獣心解放”!!」


 コユキちゃんは全身に赤いオーラを纏わせると、まるで野生の獣のような目つきになり、さきほど出ていったときとは比べ物にならない速度で再度城下に飛び出していきました。


「いやぁ、圧倒的ですね。さすが世界屈指」


 獣人は通常時でも人間の十倍以上の力を持っており、単純な身体能力だけみれば全種族で最強ともいえます。ギルマスのムスラさんみたいな例外人類はいますが。とはいえ、ムスラさんといえどコユキちゃんには敵いません。

 獣人族の中には、自身の身体能力を数倍、数十倍に引き上げる体術”獣心解放”が使えるものがいます。コユキちゃんの戦闘能力は獣心解放時に数百倍です。

 コユキちゃんの姿はもはや赤い線になって街全体を駆け巡っています。


「これだけ動けるならコユキちゃんにそのまま原因を見つけてもらいたいですけどね」

「わたしじゃわからないのよ。わかるんだったらアトを呼びつけてないし、今お願いなんてしてないよ!」


 私がぼやいたところで、とんでもない地獄耳で私の前を横切って早口でつぶやいてまた城下に戻っていきました。


「あまりゆっくりしていると次はあの速度ではたかれそうなのでやりますか」


 私はそういうとひとまず城下にテレポートしました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る