第6話 異界門
「浮いてる…」
広場には異界門のみがありそれ以外には何もありません。広場に唯一存在し、宙に立つ異界門の光景にニルカさんは大層驚いた表情で目を丸くしていました。
異界門周辺は管理者の許可なく立ち入ってはならない決まりなので私たち以外には誰もいません。
「じゃあ僕は下でお見送りしますね」
「クランさんはそうですね、では行きましょうかニルカさん。”大いなる神の名の下に界を手繰る途を設える”」
私の詠唱と共に宙に浮く異界門を支える円卓上の舞台とその舞台へ続く階段が光の粒子によって構築されました。
異界門を見た時の倍ほど驚くニルカさんの手を引いて階段を上がり異界門に手が届く近さまで進みました。
「少し待ってくださいね」
私は異界門の前に立ち、その両開きの門扉に両手をかざしました。
「”大いなる神の名の下に三界との繋合を為す”」
詠唱を終えると異界門の門扉が扉中央から両側に向けてゆっくりとそして厳かに開門を始め、一切の光のない、何も見えない異界門の扉の先が私たちの目の前に広がりました。
「ニルカさんお待たせしました。ニルカさんの元いた世界に異界門をつなぎました。この門の先に踏み出せばニルカさんが元いた世界に戻れます」
「……」
開門して準備はできたもののニルカさんは
「門の中では少し変な感じがするかもしれませんし意識が薄れたり五感が薄れる感覚も来るかもしれませんが、一時的なものなので気にせず進んでください。門の中に入りさえすればその後は1本道、何も意識せずとも勝手に向こう側に着きます」
私がそう説明したもののニルカさんはまだ怯えた表情をしているように見えます。
「恐怖を感じるかもしれませんが大丈夫です。私も出口までついていってあなたを無事に送り届けるので安心してください」
「はい……」
「ニルカちゃん大丈夫!! アトさんはすごいから!!」
怖がるニルカさんの姿が見えたのか門の立つ光の舞台の下で見送っていたクランさんが私への適当な褒め言葉を叫んでいました。ニルカさんを勇気づけるためのかけ声だったようです。
このクランさんの言葉が効いたのかニルカさんは意を決したような顔つきになりました。
「アトさん、クランさん、見ず知らずのわたしに色々とありがとうございました!」
「また来なよ! とはいえないから元気でな!」
ニルカさんの挨拶にクランさんがまた明るく返事したところで私はニルカさんの手を引いて門の中へ向かって歩き始めました。
「さあ行きましょうか」
「はい」
ニルカさんの返事を受けて二人で門の中の暗闇に向かって進みました。
異界門の中に入ると周囲は真っ暗でまず視界が完全に奪われました。それでも進む、進む、歩く、歩く。
ニルカさんの手が震えています。
「大丈夫です。私がいます。歩き続けて」
視界の次は触覚、その次は聴覚とそれぞれ感覚がぼやけてきます。もはやニルカさんに声が届いているのかはわかりませんが私はニルカさんに声をかけ続け励まします。
「さぁニルカさん、もう着きますよ」
真っ暗だった視界の先に薄い光が差し込み、消失していた感覚も戻ってきてニルカさんが歩いているのも再確認できました。
「ちゃんと歩き続けてくれてありがとうございます。元の世界はこの先です」
「ありがとうございます、アトさん」
光の差す方にさらに進むと光の先から手が差し伸べられました。ニルカさんの世界の異界門の管理者が迎えに来てくれたようです。
「この子のことをよろしくお願いしますね」
私の言葉に反応するように差し伸べられた手の親指がサムズアップしました。
私は握っていたニルカさんの手をほどきながら、向こうの管理者の手につなげ、彼女の背中を押し出しました。
「ここから先はニルカさんの世界です。もう迷わないようにしてくださいね。もしまた迷っても異界門を探せば帰れます。万が一私の世界に来てしまったら今度は美味しいごはん屋さんを紹介しますよ」
私が冗談めかしながらそういうと最後にニルカさんが口を動かすのが見えました。
「ニルカさん、あなたの世界にお帰りなさい」
◇
「アトさんおかえりなさい!」
私がニルカさんを送り届け、異界門から戻ってきたところでクランさんが迎えてくれました。
「ただいま戻りました」
「ニルカちゃんは無事に帰れましたか?」
「もちろんですよ。ちゃんと向こうの管理者の方にもつなげて来ましたからもう大丈夫です」
「よかったです!」
クランさんはいつも元気で適当な感じはありますが、人のことに真剣になれる大変な長所があるので憎めない方です。
「異界門を閉じるので少々お待ちください。”大いなる神の名の下に三界との隔絶を為す”」
閉門の詠唱を行うと異界門の扉が音もたてずに閉じ、この広場に来た時と同じ状態になりました。
「さて、もうお昼ですしごはんでも食べに行きましょうか? せっかくなのでクランさんも一緒にいかがですか?」
「やった! アトさんのおごりですね! ありがとうございます!」
「一言もおごりとは言ってないですが、いいですよ」
「!? やった!!」
ニルカさんを案内してくれたお礼と、無事に送り届けることもできた祝いも兼ねて今日のところはおごることにしましょう。もしニルカさんがまた来てしまったときに美味しいものをごちそうできるようにしておかないといけませんからね。
「ただしそんな高いものはダメですよ」
「わかってますよ! 宝竜の盟主に行きましょう!」
「街で一番高い店じゃないですか! それなら割り勘ですよ!」
そんな軽口を叩きつつ、一仕事終えたなぁと思いながら私とクランさんはお手頃なごはんやを探す帰路に着きました。
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