第7話 危険な来訪者

 ニルカさんを元の世界に送り届けてから数日は非常に平和でした。大変珍しいことにクランさんも真面目に仕事をしており夕食時にお店で会うぐらいです。

 

 今日は気ままな午後のティータイムを楽しみにシルヴィク正門近くの喫茶店に向かっていたところ、正門付近に人だかりができていました。なんだか平和な時間が崩れそうな雰囲気を感じます。


「貴様は何者だ!」

「これ以上我々に危害を加えようとするのであれば、こちらも相応の対応をさせてもらうぞ!!」

「黙れ! 貴様らに用はない! そちらこそおとなしく通さないのであればあたしの方が容赦はしない!!」


 どうも外から来た人と衛兵が口論になっているようです。この人だかりはそれを見に来た野次馬というところでしょうか。まあ正門の管理は衛兵に仕事であって私の仕事ではないのでおまかせしておきましょう。

 私は正門で口論をしているのを横目に喫茶店へ入店しました。


「ネイヤさんこんにちは。正門の方がずいぶん騒がしいですね。すんなり街に入れないところを見ると困った訪問者さんなんですかね?」


 注文のついでに喫茶店主人のネイヤさんに何があったか尋ねてみます。


「あぁアトさんいらっしゃい! どうもこの街に入りたいっていう怪しい服装の女がいるみたいなんだが、身分証明の類もなくて揉めているらしいよ。かなりの実力者で衛兵隊長さんも出張っているみたいだよ」

「隊長ってギルマさんですか! それは相当お強いんですねその女性……」


 注文したケーキとお茶を楽しみながらそんな世間話をしていたところ、お店の外からのすさまじい爆発音と共に窓の外から見える正門の方で火柱が巻き起こりました。これはすごい威力です! おそらく魔法ですが上級魔法士級の威力ですね。


「本当にお強い方が来ているみたいですね」

「数時間前からこの調子でうるさくて仕方ないけどね」


 あんなものの打ち合いを数時間も繰り広げているとは……なのに街の中の被害がないあたり流石ギルマさんが出ているだけのことはありますね。さきほど上がった火柱も空から降り注いできた水の柱、ギルマさんが得意な上級魔法であるウォーターフォールに打ち消されました。


「まあでも衛兵隊がなんとかしてくれるでしょう! ネイヤさんお茶のお代わりいただけますか?」


 追加の注文をして、外で繰り広げられる魔法合戦を眺めつつ優雅な午後のティータイムを楽しむことにしました。

 ネイヤさんと雑談をしながら1時間ほど経ったでしょうか。お店のドアが大きな音を立てて開かれ、それと同時に私の名前を呼ぶ聞きなれた甲高い声が響きました。


「探しましたよ!! アトさん!!!」


 例のごとくクランさんでした。


「お家に行っても留守で街中探し回ってみたらこんなところに……! お茶してる場合じゃないですよ~! 助けてください!!」

「私は今ティータイムの最中です。それに正門を死守して街の治安を守るのは衛兵さんの仕事であって私の仕事ではありません。習って言うなら私の仕事は異界門を守ることです」


 目の前に出された栗のケーキに舌鼓を打ちながらクランさんの助けを求める声を軽くあしらいます。


「ばっちり関係ありますよ! だって正門通ろうとしている女性の狙いはアトさんなんですから!!」


 思わぬ言葉が飛んできて、飲んでいたお茶を机に置き、驚きつつゆっくりとクランさんの方に目を移しました。本当に? という顔で私がクランさんを見ると、クランさんは切実な顔をしながら何度も大きくうなずいていました。……まじですかー



 私のせいで魔法合戦が起こっているといわれたら流石に黙ってお菓子食ってる場合じゃないか、ということで土煙に火柱、水柱、突風、轟音が乱れる中に嫌々足を運びました。


「異界門管理局のアトです。正門警備隊のクランさんから連絡を受けてきました。状況伺えますか?」


 魔法で打ち合いが繰り広げられている門の外の少し後方に控えていた衛兵の方に声をかけました。


「アトさん! 来ていただけたんですね、ありがとうございます。何とかギルマ隊長が抑え込んでいますがあまりに激しく攻撃してくるもので街への影響も考えてそろそろ反転攻勢に出ようかと思案していたところです。どうも彼女はアトさんに用事があるらしく……お知り合いではないですよね?」


 そういわれて、正門前でギルマ隊長と戦闘を繰り広げている女性の顔をちらりと確認しました。赤い帯の黒装束にこれまた黒い布で口元を隠しています。ネイヤさんから聞いた通り怪しさ満点ですね。布のすき間からは赤褐色の瞳が覗いています。髪型は短めの黒いポニーテールのようですが……まったく見覚えがないですね。


「……少なくとも知り合いではなさそうです」

「そうですか……」

「ギルマさんも大変そうですし、とりあえず割り込んで話をしてみますね。衛兵のみなさんを下げてもらえますか。」

「ありがとうございます! すみません、よろしくお願いします」


 私は衛兵を下げるとギルマ隊長と謎の強い女性の中間ぐらいに立ち、二者に対して魔法を放ちました


「さて、”反転加重レイトグレイブ”」


 対象者の動きに応じて倍々の反発力を加える簡易な魔法ですが制圧としては使い勝手が良いのでおすすめです。


「ギルマさん! お待たせしました! アトです! こちらで引き受けますので手を引いていただいて大丈夫です!」


 ギルマさんに私の声が聞こえたらしく、こちらを見て軽くうなずいてくれたので魔法を解除しました。


「アトちゃん悪いね! 助かった!」

「いえ、こちらこそすみません、私に用事がある女性だという話をさきほど聞いたところで、駆け付けるのが遅くなりました」

「いやいや、本来はうちで片付ける話なんだが、中々に強い上に話をしようにも聞く耳持たずでどうしたもんかと困ってたんだ。すまんが後は任せたよ」

「はい、直接お話してみますので周囲の後片付けをお願いします」


 ギルマ隊長は後方にスタンバイしていた衛兵たちを集めて門の内側へ撤収を始めました。さて、私もお話をしてみましょうか。


「こんにちは、私は異界門管理局のアトと言います。聞いた話だと私に用があるとか? どういった要件でしょうか?」


 もしかしたら迷い子の方かなと思いつつ話しかけながら近づいてみるとすごい形相でにらみつけられました。魔法で縛っていなければ懐の刀で今すぐに切りかかってきそうですね。

 怖い怖いと思いつつ、失礼ながら彼女の口元のマスクを外させていただき改めて顔を確認することにしました。


「クソ、やめろ!」


 言葉で抵抗されただけだったので、マスクは外せました。やはり面識はないですね。あと遠目から見た時にはあまり意識しませんでしたが言動に似合わず大変かわいらしい方でした。ただ、とてもキツイ目でこちらをにらみつけているのがやはり怖いですね。


「白銀の髪に金色の瞳……確かにお前がアトのようだな……この魔法もお前の仕業か」

「はい、かなり激しく戦っておられたので制限をつけさせていただきました」

「話がしたい、この魔法を解除しろ」


 ずいぶんと高圧的な態度で私としては心が荒みそうですが、一方的に押さえつけたままではお話もできないので魔法を解除します。


 魔法を解除したとたん、この女性は腕に忍ばせていたのか小型の短刀を抜き私の首をめがけて切りかかってきました。


「危ないですね」


 即座に展開した物理障壁で短刀を弾いたところ、続けざまに炎魔法を私の立っている場所めがけて放つ構えを取ってきました。しかし残念ながらその展開速度では間に合いません。

 炎魔法は展開されることなく消失し、彼女は一体何が起こったのかと驚きと怪訝が混ざった表情をしています。

 せっかく衛兵さんたちが掃除しているのにこれ以上汚したらお仕事が増えてかわいそうですからね。


「さて、話すつもりがないなら再度制圧させていただきますがいかがでしょうか?」


 私がそう宣告すると彼女は観念したのか、隙を伺うつもりなのか抜いた短刀を納めその場に座り込みました。


「好きにしろ」

「そうですね……とりあえずお茶でも飲みに行きますか?」


 彼女は私の方を向いて目を丸くしながらあんぐりと口を開けて今にも『はぁ?』と言っていました。

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