第4話 叡者の森

 私が正門に着くとクランさんの代わりをさせられているであろう衛兵がいたので少し叡者の森に向かう旨伝えて街を出ました。


「大双樹……あちらですね、”飛行フライ”」


 歩くのも面倒なので大双樹まで上空から飛んで向かいます。


 叡者の森はシルヴィク南方に位置する四方10km以上の大森林のことで多数の強力な獣が生息しています。その獣たちの中に人類をも凌ぐ者、つまり叡者と称される高度な生き物が君臨していることから人々には叡者の森と呼ばれています。シルヴィクの住人も狩りや採取の折にはお世話になることもあります。


「さて……ニルカさんの足跡を追いましょうか、“統界の瞳”」


 大双樹の前までついたところで、私は周辺情報を収集するための能力を発動すると叡者の森の方に向かってニルカさんの足跡が見えました。


「叡者の森の中からニルカさんが出てきたというクランさんの証言は間違いないみたいですね。森に少しお邪魔して転移地を確認しましょうか」


 私はニルカさんの転移場所を確認するため叡者の森の中に進みました。

 街道から森に入って10分ほど進んだ先でニルカさんの足跡がなくなったため一度フライを解除します。


「足跡が消えましたね……ということはこのあたりが転移地ということになりますが……」


 私は少し不思議に思いながらも足跡をたどって着いた転移地と思われる場所を少し探索することにしました。


「界振の痕跡……間違いないですね、ニルカさんの転移地はここですね」


 転移の発生原因や方法は様々ありますが、世界と世界の壁を壊すような事象のため発生した場合は総じて界振と呼ばれる痕跡が残ります。放置しておいても自然と消えるものではありますが残っていると事故も起こりやすいので消しておきます。


「”隔界"」


 それにしてもこんなところに転移してくるとはニルカさんもとことん運がないですね……いや、生きて抜けられたのだから逆に運がよかったんでしょうか。

 ニルカさんの転移場所は蛮猫の巣でした。蛮猫は森の調整者ともいわれる集団生活をする四足獣です。単体であればC級の冒険者パーティで討伐できますが、蛮猫の群れとなるとA級冒険者パーティでもてこずる危険な生き物です。そのうえ自分より格下ばかり狙う小賢しく残虐な習性をしています。子供が1人のこのこ歩いていたら間違いなく食べられてしまいますね。


「しかし、こんなところに転移ということは誰かに意図的に呼ばれたわけではなさそうですか……」


 転移陣が組まれた様子もないですし。こんなところに子供を1人召喚したところで何のために? という話になります。つまりは不運な事故ということになります。


「界振も修復しましたし、他に問題もなさそうなので帰りましょうかね」


 私が蛮猫の巣を出ようとしたとき少し離れたところから鋭い視線を感じました。


「この視線はどなたですかね? 少し調べに来ただけなので何ということもないですよ」


 姿が見えない誰かに私が話しかけたところ、樹上に真っ白な美しい毛並みに七色に輝くようにも見える一角を持つ馬、もといユニコーンが姿を見せました。


「あの少女は無事ですか?」

「なるほど、そういうことですか。蛮猫の巣に転移したのにニルカさんが無事だったのはあなたのおかげですね」

「少し加護を与えただけにすぎません。それで少女は?」

「体調は問題ありません。無事です」


 ユニコーンは叡者の森に生息する知能の高い獣の一匹です。知能のみでなく力もすさまじくこの国では神獣と呼ばれています。ニルカさんが蛮猫を含め他の獣に襲われなかったのはユニコーンの加護のおかげでしょう。この森の中でユニコーンの庇護下に手を出すバカはいません。


「ニルカさんは私の方で元の世界に帰しますので安心してください。守っていただきありがとうございました」

「無事であればそれで」


 私がニルカさんの無事を告げると、ユニコーンは瞬く間にその姿を消しました。

 まさかユニコーンが出張ってきていたとは少々驚きましたが、今度こそ調査も終わりましたし街に戻るとしましょう。ついでに食べ逃していた昼食食べて帰りましょうかね。



「ただいまです」

「あ、アトさんおかえりなさい!」


 調査と昼食を終えて家に戻ると元気な声でクランさんが出迎えてくれました。


「留守番していただいてありがとうございました。こちら子熊亭のサンドイッチです。よければ食べてください」

「やった! いただきます!」

「ニルカさんの様子はどうでしょうか?」

「まだ眠ったままですね!」


 買ってきたサンドイッチをさっそくもぐもぐしながらクランさんが答えてくれました。


「そうですか……クランさんが教えてくれた叡者の森の方を調べてきましたが界振の痕跡が見つかりました。召喚陣や転移術の痕跡もなかったので、周囲の状況を鑑みるに何かしら不慮の事故で転移してきた可能性が高いですね」


 私が調査の結果を伝えるとクランさんはあまり興味はなさそうにサンドイッチをもぐもぐもぐもぐと食べながらうなずき返していました。


「明日の朝にでも彼女を元の世界に帰す手続きをしますが、クランさんはここまでで十分なので明日は衛兵の仕事に専念してください」

「何水臭いこと言ってるんですか! アトさん! 最後まで面倒を見る! それが少女を助けた男の使命というものでしょう!!」


 私が仕事に戻ってくださいと言うと喰いかかるようにクランさんが続けました。使命というよりは単に仕事をさぼりたいだけな気がしますが。


「大変に立派な使命をお持ちのようですが、とりあえず今日のところはもう夜も近づいてきましたし、私も就寝準備して寝ようかと思うので帰ってもらえますか? そんなに面倒を見たければまた明日朝一で来てください。」


「はーい」


 そういうと小脇に余ったサンドイッチを抱えながらクランさんは帰っていきました。明日ニルカさんを帰す準備だけしておいて私も今日は早く眠ることにしましょう。

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