第3話 迷い子ニルカ

 世界は私たちが住んでいるこの場所以外にも複数存在しています。


 私の世界と、他の世界をつなぐ異界門のある街がここシルヴィクです。

 私はこの異界門を管理し、適切な利用を推進する管理者を務めています。


 先日のように不適切な理由で異界門を使おうとする人を止めたり、この世界に迷い込んでしまった人々を元の世界に返してあげるのが私の仕事です。


「……今日は平和ですねぇ」


 もうお日様も空のてっぺんで燦燦と輝くような時間です。


「そういえば今日のお昼ごはんは何も準備していなかったですね……お腹もすいてきましたし買い物に行きましょうか」


 私が食べ物を買いに行こうとドアノブに手をかけたところで先にドアが動きました。


「アトさん! 助けて!」

「あなたはいつも突然ですねクランさん。すみませんが今から昼食を買いに行くところなので帰ってきてからで良いですか?」


 突然の訪問者クランさんがやってきましたがお腹が空いていた私は即座にクランさんを後回しにする言葉を返しました。クランさんの用事より、私の空腹の方が重要事項だと思うのです。


「アトさん! ピンチなんです! 今すぐ助けてください! 彼女を!」


 いつもの2倍ぐらい焦っているクランさんの背中にはボロボロの衣装に擦り傷だらけでぐったりしている少女がおんぶされていました。


「奥のベッドに横にしてあげてください。治療します。」


 私は少女を背負ったクランさんを室内に案内しました。少女をベッドに寝かせるように促し、体の状態を確認しつつ治療を開始します。


「”治癒ヒール”」


 ひとまず彼女に治癒魔法を施し様子を見ます。


「こちらの少女は?」


 どうしたんですか? という意味でクランさんに問いかけます。


「僕がいつもの通り真面目に関所で働いていたら、叡者の森の方からフラフラと歩いてきたんですよ。なんかおかしいなぁと思って声をかけたらその場で倒れてしまって……「死んだ!?」と思ったので急いでアトさんのところに駆けこんだわけです」


「意識のない人を病院でも教会でもなく私のところに連れてきたあたり信頼してくれているんだろうと思いますが……」


 怪我自体は大したことなく、おそらく身体的、精神的な疲労により一時的に気を失っているのでしょう。少し休めば意識も戻りそうです。


「経緯はわかりました。ひとまず治癒魔法は効いているようで状態は安定しています。汚れたままの服というわけにもいかないので着替えさせます。クランさんは少し外で待っていてもらえますか」


 なんで?という顔をしているクランさんを追い出して少女のボロボロの衣服を新しいものに着替えさせました。この衣服は……



 治療を終えて数時間ほど経ったでしょうか。少女が目を覚ましました。


「……ここは……」

 

「大丈夫ですか?そこの衛兵からあなたが街の外で倒れてしまったと聞きました。私の方で少し介抱させてもらっていましたがおかしなところ、痛いところなどありませんか?」

 

「……はい、大丈夫です。ありがとうございます」


 どうやら意識も問題なさそうです。


「私はアトと言います。ここの街シルヴィクにある異界門という門の管理者、門番みたいなことをしています。こっちの人は街の衛兵のクランといいます。あなたのお名前は?」


 私が少女に問いかけると、少女は不思議そうとも不安そうともとれる顔をしていました。


「……ニルカです。」


 ニルカさんはそれだけ言うと困った顔をして黙ってしまいました。


「ニルカさんというんですね、どこから来たのか答えられますか?」


 ニルカさんは一瞬ためらうような顔を見せながら言葉を繋げてくれました。


「ラテリアで買い物をして家に帰ろうとしたら、急に目の前が暗くなって、気が付いたら森? の中にいてそこから必死で走って道のようなところに出たところで気を失ったんだと思います……」

「ラテリアはどこかの街の名前でしょうか?」

「ラテリアは私が住んでいるエスタの隣街の名前です」

「ラテリアやエスタはどこの国かわかりますか?」

「? ラテリアとエスタはエルドニアの南の方の街です」

 

 ニルカさんは少し不思議そうな顔をして答えてくれました。

 彼女の服装もこの辺りの方にしては奇抜だったので、予想していた通りですが、この世界にエルドニアという国はありません。

 十中八九、異世界人、迷い子でしょう。


「ニルカさんは少し迷子になってしまったんですね。きっとエスタに帰りたいですよね?」

「帰りたいです……お母さん、お父さん……」


 そういうとニルカさんは今にも泣きだしそうな顔で目に涙をためてうつむいてしまいました。


「きっとご両親も心配していますね。わかりました。私がニルカさんをエスタまで送り届けてあげます。ですから心配しないでお姉さんにおまかせください!」


 帰りたいという迷い子を元の世界に返してあげる。私の本来の仕事です。



 私がニルカさんを元の世界に帰す。そういうとニルカさんは安心したのか疲れが残っていたのか眠ってしまいました。

 ニルカさんをベッドに寝かしつけ部屋の外に出ると、ソワソワしているクランさんがうろうろしていました。相変わらず忙しない方です。


「連れてきてくださった少女、ニルカさんですがまた少し眠っています。怪我も治りましたし、大事ないので安心してください」


 私はうろうろしていたクランさんに話しかけました。


「アトさんお疲れ様です!」

「今眠ったところなのでもう少し声のボリュームを抑えていただけると助かります」

「すみません……」

「ニルカさんが眠っている間にもう少しだけニルカさんを見つけた状況を教えていただけますか? 事情を聞いた感じだと彼女は迷い子です」

「やっぱり迷い子だったんですね、変わった服だなと思ったんですよ」

 

 シルヴィクは迷い子、いわゆる他の世界から来てしまった方たちを帰すために異界門を中心に作られた都市なのでクランさん含めここの住人は比較的異世界人に理解があります。


「ニルカちゃんでしたっけ? アトさんの所に連れてきた時に話した通り、叡者の森から出てきたのが彼女を見た最初です。街の正門から見て東方面で、ちょうど大双樹の辺りで姿が見えました」

「ありがとうございます。今のうちにニルカさんの足跡を辿ってきますので少しの間ニルカさんのことをお願いします。目を覚ましたら、机の上の食事をとるように言っておいてください」

「りょうかいです!!」

「眠っているので静かにでお願いしますね??」


 クランさんに言づけると私はまず正門に向かうことにしました。

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