第2話 異界門への訪問者

「いやぁ……何度見ても異質な感じだなぁ、あの扉」


 北大通を進んでいると、誰に話しているでもなくクランさんが一言そう言いました。

 シルヴィク中央広場から北側に見える暗い銀色に金の装飾が施された高さ30mほどの大扉、扉は壁に備え付けられているわけでもなくただそこに存在しています。これが神代の遺物と言われ、この世界にただ1つここにだけ存在する通称『異界門』です。


「まぁ5000年も前に作られたものですからね。今の時代にはそぐわないのでクランさんの感想はあながち間違っていないですね」


 クランさんがつぶやいたひとり言に、わたしも同意の意味でひとり言をつぶやきました。


 異界門に向けて少し歩いて進んだところで後方から大声を上げながら走ってくる人の声が聞こえてきました。タイミングバッチリだったようで、全力でこちらに走ってくる男性が1人います。


「もしかしなくてもあの方ですかね?」

「そうです! あのおじさんですよ!」


 不審なおじさんと聞いていたのでどんな方かと思っていましたが……仕上がりの良い鉄の軽鎧、腰には双刀を携えています。これで兵馬にでも乗っていればどこかの貴族抱えの騎士と言われても納得する風体です。

 おじさんは全力で異界門の方向に走ってきていますがまだ私たちとは距離があるので少し大き目の声で語り掛けてみます。


「そこを走っている鎧を着た双剣の方! そんなに急いでどちらに向かわれているのですか?」


 私がおじさんにそう問いかけたところ


「うるさい! 怪我したくなければそこをどけ!!」


 可憐な乙女が声をかけているにも関わらず、なんともずいぶんな物言いです。

 内心少しイラっとしたので、今度は異界門管理者として問いかけます。


「私は異界門管理局局長のアト、この先の異界門の管理をしている者です。これより先に進むことができるのは私の承認を受けたもののみになります。承認を受けたければ一度歩みを止めこちらの質問に答えていただかなければいけません! あなたがここへ来た目的を言いなさい!」

「!? 管理者だと?……」


 最初の挨拶と打って変わって厳しめの口調で語り掛けたところ、少し臆したのかおじさんはその場で歩みを止めて目的を語り始めました。


「俺はゼトス……とある国で兵士をしていたが、この世界の厳しさが嫌になったんだ……少しの癒しさえ許されないこんな世界に……」


 どこかの兵士の方でしたか。どうやらおじさんにとってここはつらい世界のようです。兵士職は国のためにその命を捧げなければなりません。確かにつらくなることもあるでしょう。


「どこかで異界門の話を聞いてきたのだと思いますが、この門は別世界から来た方を元の世界に帰すための手段ですので通過を許可するわけにはいきません。ただ、そのお気持ちは考慮すべきものだと思います。いったん落ち着いてください。私が相談にのりますよ」


 こういう人は過去にも多く尋ねてきたことがあります。そういう方のケアをするのも私の役割なのです。


「ありがとうな、お嬢ちゃん……俺はな……けもみみが好きなだけなんだ……」


 ……ん? けもみみ? 私はこの方の言っていることがよく分からず何だろうと思いクランさんの方をちらりと見ると、クランさんも頭にはてなを浮かべたような顔をしていました。


「俺は色々な獣人族の持つふわふわの獣の耳、けもみみ! をモフモフしたいだけで……何もやましいことなんて考えてないんだ……なのにこの世界の獣人族はそれを許してくれない……「意味がわからない」、「気持ち悪い」、「おっさん誰だ?」と一蹴され……」


 前言を撤回します。こういう人は稀です。


「だから俺はけもみみをモフモフさせてくれるけもみみっ子たちがいる異世界に飛び立つしか道はないんだ!! そうしないと幸せにはなれないと気づいたんだ!!」


 そういうとけもみみ至上主義おじさん、もといゼトスさんがこちらに向かって突撃してきます。


 人間というのは欲望を糧に進化する生き物だと私は思います。ありとあらゆる欲望が生物を新たなステージに立たせるというのがわたしの持論です。きっとゼトスさんの欲望も人類の歴史を長く見ればきっと、おそらく、もしかしたら、微量に人類の進化に貢献するのかもしれません。


 だから、クランさん含め少し遠目にこの状況を眺めている周りの方たちは「え? 何言ってるのこのおっさん?」みたいな目でゼトスさんを見るのはやめてあげてください。


「けもみみが好きということは理解できました。それであれば異世界に行かずとも、例えば……なんでしょう……獣人族の恋人などを探すのはどうでしょうか? 愛し合う二人であれば問題ないのではないでしょうか?」


 なんとかゼトスさんを思いとどまらせるために提案をしてみます。


「わかってない! 俺は恋人が欲しいわけじゃない!! やっぱり誰も理解してくれないんだ!! 俺は……俺は……けもみみをモフモフしたいだけなんだぁ!!」


 ゼトスさんは大変熱のこもった声でわけのわからないことを叫ぶと、腰に携えていた剣を抜いて、私の方に向かって全力で走ってきました。ムダに良い動きをしています。


「だから!! そんなにけも耳が好きならこの世界の獣人族の集落に行って結婚相手見つけてモフモフさせてもらってください!!」


 私も応戦する覚悟を決めおじさんに向かって手を薙ぎ払います。


「“圧風ウィンドアウト”!!」


 呪文を唱えると、剣を振り回しながら向かってくるけもみみ至上主義おじさんに強風が吹きつけ宙へ舞い上がりました。


「なめるなよお嬢ちゃん! ”脚力強化レッグストレングス”! ”身体荷重ウェイトロード”!」


 ゼトスさんは強化系魔法を発動しました。風に巻かれ宙に浮いていた足が地面をつかみました。

 

「今度はこちらから行かせてもらうぞ!」


 勢いよく地面を蹴り上げたゼトスさんがまばたきの間に距離を詰めるほどの速度でこちらに駆けだしました。


「いえ、あまり大事にはしたくないので終いにしましょうか。”暴風バーストストーム”」


 さきほどの比にはならない嵐が巻き起こりゼトスさんを宙に舞い上げました。


「抵抗できないように手荒ではありますが拘束させていただきますね。”光縄縛ライトバインド”」


 詠唱とともにゼトスさんの手足が光の縄で拘束されました。


「待ってくれ! いやだ! この世界の獣人は人間に厳しいんだぁ~。ちょっとモフモフしようとしただけなのに殴る蹴るの暴行をしてくるんだぁ~」


 渦を巻く風の中で、身動きが取れないおじさんは大変に情けない声と共に悲しみの涙を流しています。


「見ず知らずのおじさんが耳をモフモフさせてくれと言ってきたら誰だって警戒しますよ……一度出直してもう少し接し方を考えてください!」


 宙に舞うおじさんに説教しながら、私は地面に手をかざします。


「”影像転位シャドウテレポート“」


 宙を舞うおじさんの真下に黒い渦影が出現すると、これまでおじさんを宙に舞いあげていた風の流れがおじさんを黒い渦の中に落とすような風の流れに変わりました。


「俺はあきらめないぞぉお!!」


 おじさんはあきらめの悪そうな言葉を叫びながら黒い渦に飲まれて消えていきました。


 ……別におじさんの存在を消したとかそういうのではないのでご安心ください。ちゃんと知り合いの獣人族の村にテレポートしてあげただけです。後でコユキちゃんには変なおじさんよろしくと言っておきましょう。


 さて、バタバタとしましたが、ひとまずこの件は片付きました。


「さすがアトさん!! 今日もありがとうございました! 明日もお願いします!」


事態の解決を見たクランさんが軽快に感謝の言葉を述べました。


「明日も同じようなことがある前提で言わないでください。ちゃんと変な人は街に入る前に止めてくださいよ!」

「はーい」


 ダメだろうなと思いながらも一応クランさんに門番の仕事をきちんとやってくれるようにお願いして私は自室へ戻りました。


 今日はイレギュラーな訪問者だったので丁重にお帰りいただきましたが、私の本来の仕事は困っている異世界転移者、異世界召喚者を元の世界に戻してあげることです。この街“シルヴィク”の最奥に位置する異界門はそのために存在しています。


 しかし、どこで何を勘違いしたのか、自分の欲望垂れ流しの異世界に飛んでいける夢のゲートがあるみたいだぞという謎の噂が一部で流れてしまっているようです。さきほどのけもみみ至上主義おじさんもその類の噂に乗せられた方でしょう。困ったものです。


 でも、本当に困って悩んで、元の世界に帰りたい迷い子の方は、私を頼ってシルヴィクへ来てくださいね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る