連喜

第1話

 小説投稿サイトで色々な文章を読むが、正直言って作者の性別がわからないことが多い。男性だと思っていたら、女性だったということが何度もあった。男性と女性の違いが出てしまうのは、会話の不自然さや性描写などだと思う。男だったらこんな言い方はしないとか、この性描写は女の人が書いているなということがある。世の中には男と女しかいないし、どんな人も例外なく男と女から生まれるのに、いまだに双方にファンタジーを抱いているのだから面白い。


 俺は最近までネット上で恋をしていた。その人の書く文章は理路整然としていて、清々しく、簡単な描写でも景色が鮮やかに浮かんで来るような感じだった。俺が毎日楽しみにしているのに、その人はたまにしか更新しないから、投稿があるのに気が付くと嬉しくてすぐに読みに行っていた。


 その人の書く小説の主人公は毎回女性で、「私は」という主語で始まる。丁寧な人物描写が特徴で、いつも似たようなタイプの人が主人公だった。見た目がきれいで男が切れないという設定だ。旦那や恋人と別れたいが言い出すきっかけがないまま、別の相手と…という展開。おそらく作者自身の性格が投影されているのだろうと想像した。


 しかし、本当に好きだったのは文章の方だった。俺には真似できない、淀みのない流れるような文で、言葉の選び方も好きだった。作者は恐らく既婚者だろうけど、生活感がないから、きっとバツイチの人だろうと想像した。瀟洒なマンションなどに住んで、静かに丁寧な暮らしをしているに違いない。子どもがいる感じはしなかった。年代的には三十代くらいだろうか。言葉の選び方でわかる気がした。言葉の使い方と言ってもすぐに思いつかないが、例えば、クラッチバッグとセカンドバッグ、パンケーキとホットケーキなどのように、世代によって死語になっている言葉があると思う。


 あまりにも〇〇〇〇さんが好きすぎて、夢に出て来るほどだった。本人の外見をしらないから、もちろん妄想なのだが、三十代半ばのきれいな女性だった。聡明で控えめ。スーツを着ていた。ある女優に似ていて、今でもはっきり思い出せるほどだ。


 俺はコミュ障だから、どうしてもその人にコンタクトすることができなかった。それに、俺は既婚者だから、今さらきれいな人に出会ったとしてもどうもできないという事情もある。もし、彼女と連絡を取り合うようになったとしても、その先には何もないから、そんな不毛な時間を過ごすくらいならネットの彼方で妄想を膨らませている方がいい。


 しかし、ある時、〇〇〇〇さんがTwitterをやっていることに気が付いた。どうして気が付かなかったのか。最近追加したんだろうか。俺は自分の迂闊さを呪った。一年以上応援しているのに、プロフィールは一度しか読んでいなかったのだ。俺はどきどきしながらTwitterアカウントをクリックして先に進んだ。


 ショックだった。

 時間を返して欲しいと言いたかった。


 こういう人は小説をたくさん読んでいて、他人の人生を拝借できるほど知識があるか、卓越した想像力のある人なのだろうと思う。または、本人が不倫しているかだ。取りあえず、ユーザーのフォローを外した。



 人生において真実を知ることが最善ではないと悟った。


 Twitterに投稿している写真は、すべて俺が見たことのあるものばかりだった。


 俺が恋した相手は妻だった。 

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連喜 @toushikibu

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