閑話 アイリス救出の舞台裏(レナードとアーネスト)

##アイリス救出時に、なんでアーネストが一緒にいたのかについて。


———


その手紙を読んだ時、レナードは怒りで血が沸き立つのを実感した。


自分がこんなにも激情に突き動かされるなんて思ってもみなかったが、気がついたらルカスの静止する声も無視して、自然と足が異母弟アーネストの部屋へと向かっていたのだった。



「アーネストっ!!!」


いつもフラフラしていて所在が分からないことが多い異母弟だったが、幸いな事に珍しく、今日の彼は自分の執務室で仕事をしていた。


なので、鬼のような形相でノックもせずに怒鳴り込んできたレナードを目の当たりにして、あまりのことにアーネストは呆気に取られて驚いたのだった。


「一体どうしたんだよレナード。君らしくも無い。」

「これは、お前の差金か?!」

レナードは一気に詰め寄ると、アーネストの机の上に、届いた脅迫状をバンッ!!と叩きつけた。


そこには、こう書かれていた。


——

レナード殿下は、王太子に相応しくない。

アーネスト殿下こそが、王位を継ぐべきだ。


レナード殿下の大切なその侍女は、こちらで丁重にお預かりをしている。

もし、生きた彼女とまた会いたいのならば、王太子を辞する事。

それが無理ならば、第一王子派の領地を、アーネスト殿下へ帰属させる事。

領地が広く、王都への交通の便も良いバートラント侯爵の領地を差し出されると良いだろう。


一日猶予を与えますから、どうか、最良の選択を……

お心が決まりましたら、同封の魔法封筒にお答えをお記しください。


——


「……あの娘、誘拐されたんだ。」

差し出された手紙を読むと、アーネストはポツリとそう漏らした。どうやら、ここ最近レナードが側に控えさせていた侍女アイリスが誘拐されて、それで彼が取り乱しているのだという事は分かった。


「それで、何で僕の所に来たのさ。」

「お前、先日彼女を呼び出して接触したよな?」

「まさかそれだけの理由で弟を疑うの?!」

「……お前が、過去にやって来た事を思えば、疑われても当然だと思うが……?」


レナードは思い出していた。アーネストは過去に何度も何度も、レナードに悪戯と称して彼が嫌がりそうな事を仕掛けていたのだ。

だから今回も、自然とアーネストの所に向かったのだった。


本当の事を言うとここへ来た理由はそれだけではない。レナードは心の何処かで、これがアーネストのいつもの悪戯であって欲しいと願っていたのだ。

異母弟は、タチの悪い悪戯はするが、やって良い事と悪い事の分別はしっかりと出来る男だから。

だからこれの犯人がもしアーネストならば、彼女の身の危険までは心配しなくて済むのだ。

そうであって欲しかった。


しかし残念なことに、レナードの読みは外れたのだった。


「本当にやめてよね。誘拐だなんてそんなタチの悪い悪戯はしないよ。疑うなんて心外だなぁ。」

アーネストはうんざりした様な目を向けて、自分ではないと否定したのだ。


「しかし、アーネスト殿下が知らないだけで、殿下を支援する第二王子派の貴族はどうでしょう?貴方の支持者が、独断で行動されているのでは?」

レナードに同行してきたルカスが、話に割って入った。第二王子派だって一枚岩ではない。アーネストの預かり知らぬ所で事を起こした人間が居るかもしれないのだ。その可能性を指摘したのだが、それもアーネストはつまらなそうな顔で、あっさりと否定したのだった。


「……それは無いね。断言が出来るよ。」

「どうしてだ?!どうして断言出来る?!」


問われた質問には答えずに、アーネストは呆れた様にチラリとレナードを眺めた。それから、何故これに気付かないのだろうかと、内心少し馬鹿にしたような感じで、溜息を吐いて言葉を続けた。


「……君たちさぁ、少し冷静になったらどうだい?見方を変えたら、案外簡単に分かると思うんだけどね。」

「どういう意味だ……?」

「この要求、よく読んで。何を求められている?」

「アーネストを王太子にしようとしているな……」

直接的に王太子を辞するように言ってきている他、代替案として示されているのも、レナードの支持者側の力を削いでアーネストへ明け渡すような指示なので目的はレナードを王太子から下ろしてアーネストを担ぎ上げようとしている事に違いなかった。


「そうだね。文面通りに受け取れば、確かに僕を王太子に担ぎ上げたい誰かって読めるよね。……けどさぁ、急にこの名前出てくるのおかしいと思わない?!」


そう言って、アーネストは手紙の中のバートラント侯爵の名前を指さした。


「レナード。これが、君の支持者のバートラント侯爵の自作自演だったら?」

「えっ?!」

「あ、いや、少し違うな。実際にアイリス嬢は本当に誘拐されている訳だから自作自演は変か。うーん。まぁ、兎に角、これはバートラント卿が仕組んだ事だと思うよ。」


レナードは驚いて、改めて手紙を読み返したが、アーネストがそのように考える理由が分からなかった。

確かにいきなりバートラント侯爵が名指しされるのは不自然であるとは思ったが、だからと言って侯爵がこの手紙の差出人であるとまでは読み取れないのだ。


「何故……アーネストはそう思うんだ?」

「そうだねぇ……怒りで余裕がないレナードなんて珍しいものが見れたから教えてあげるけど……」


アーネストは勿体ぶるようにそこで一度言葉を止めると、ニヤリと笑ってレナードの顔を覗き込み、その考えに至った根拠を得意げに教えてくれたのだった。


「簡単な事だよ。僕の部下が、バートラント侯爵の怪しい動きを報告してくれていたからね。」


それを聞いて、レナードとルカスは思わず互いに顔を見合わせた。そのような所から情報を得ていたなどと、思っても見なかったのだ。


「な……何でアーネスト殿下はそんな事を……監視なんてしてたんですか?!」

「何でって、前から動きがきな臭いじゃんバートラント侯爵って。敵味方問わず、監視は付けておくものだよ。」

それがさも当然であるかのように、アーネストはさらりと答えた。彼は基本的に人を信用していないから、敵味方誰でも、少しでもおかしいと思った人物には監視を付けて警戒していたのだ。


「それで、レナードはどうするの?」

「……バートラント侯爵を尋問する……」

とても怖い顔でレナードはそう言った。犯人が分かった以上、問い詰めてアイリスの居場所を吐かせて彼女を直ぐにでも救い出したいという思いが強かったのだ。


けれども、それは余りにも浅はかな考えで、レナードがそのように事を急いでしまうことに、アーネストはたいへん驚いた。普段の彼では考えられない事だったから。


「どうしたレナード?!君ってそんな馬鹿じゃないだろう?!証拠も無いのに尋問してどうするんだよ。」


彼が怪しい動きをしていると言うアーネストの部下の報告はあるが、バートラント侯爵が罪を認めざるを得なくなるような確実な物証はないのだ。

そんな状態で尋問などしても、彼を捕まえる事など出来ないし、それどころか、こちらが彼を怪しんでいると明かしてしまったら、下手をしたら侯爵の手の中にあるアイリスに危害を加えられてしまうかもしれないのだ。


こんな簡単な事も分からなくなっているのかと、アーネストは呆れ返って、レナードを戒めたのだった。


「しかし……それじゃあどうしたらいいんだ!こんな要求飲める訳が無いし……」

レナードは、再び苦悶の表情を浮かべた。

アイリスの事は無事に助けたい。しかしだからと言って、王太子を辞する事も出来ないし、犯人だと分かっているのに要求通りにバートラント侯爵の力を借りる事も出来るわけがなかった。


そんなレナードを見兼ねて、アーネストは王族としての立場から、彼がどうすれば良いのかを勧告したのだった。


「そう、だからそんな要求断れば良いんだよ。」

「しかし、断ったら彼女の命が危ないだろう?!!」

「君は王太子なんだよ?人の上に立つ以上優先順位を見極めて、決断するべきだと思うよ。」

アーネストは真顔になると、非情な声でそう言い放った。その指摘は、王太子としてならば当然取るべきであろう正しい判断だった。


「しかし、俺は……」


アイリスを見捨てる事など出来ない。

レナードは、その一言が言えずに口籠もった。

アイリスの命は何よりも大事だが、自分が王太子で無くなってしまったら、彼女や他の地域の地方住民たちとしたこの国をより良くするという約束を実現出来なくなるのだ。

一体何が最良なのか。答えを出さずにレナードは苦しんだ。


その時だった。


「ふっ……くくっ……、あーはっはっ。あー可笑しい!!」

場違いな笑い声が部屋の中に響き渡った。


悲痛な面持ちで悩んでいるレナードの様子を見て、アーネストは楽しそうに笑い出したのだ。


「ヤバイやばい。こんな苦悩するレナードが見れるなって思わなかったよ。いやぁ、面白い。」

「お前、こんな時でもふざけるのか?!人命がかかっているのに!!」

「ごめんごめん。でもそんな深刻になる必要はないよ。だって僕、レナードが知らない情報をまだ持っているんだもん。」

「……どういう事だ?」

レナードは、声を落とすとアーネストを睨んだ。

不敵に微笑む彼に対して苛立ちを覚えたものの、今はその情報を聞き出す事が先決だと思い、それ以上は何も言わず、アーネストからの言葉を待った。


するとアーネストは、全く悪びれる様子もなく、あっけらかんと、とんでもない事を言い出したのだった。


「僕はアイリス嬢がどこに閉じ込められているか大体予測がついているんだよね。だからさ、脅迫は断って、侯爵が何かする前に彼女を助けてしまえば良いんだよ。ね?実に簡単な事だろう?」


アーネストからの告白に、レナードは一瞬思考が停止して、言葉を失った。

確かに、アイリスの誘拐にはアーネストは一切関わっていなかった。けれども、アーネストはやはりアーネストであった。これは好機だと睨んでレナードが嫌がりそうな事をして、今日もまた、彼を振り回したのであった。


「お前……全部分かってたんなら、最初っから教えろ!!!」

「ふぅん。僕にそんな口の聞き方するんだ。いいの?情報教えてあげないよ?」

「ぐっ……。教えて下さい、お願いします……」

レナードは苦虫を噛み潰したような顔をして、アーネストに頭を下げた。


義母弟の戯れは、本当に本当に腹立たしかったが、今はアイリスを助けるの事が最優先だったのだ。


そんなレナードの態度に、アーネストは満足そうに、ニッコリと笑った。

「うん。いいよ、教えてあげるよ。僕もね、バートラント侯爵は気に食わなかったんだ。それじゃあ、兄弟で仲良く、お姫様を救出しに行こうじゃ無いか。」


こうしてレナードは、異母弟と共にアイリス救出へと向かった。

アーネストのペースにまんまと乗せられて釈然としない思いはあったが、アイリスの身の安全が何よりだったので、レナードはアーネストの力を借りる事にしたのだった。

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