第60話 二人で歩む未来へ

「しかし、アイリス様の家格は王太子の婚約者としては本当にギリギリですよ。伯爵家だけど、由緒があるから多少はなんとかって所なんですからね。」


城に向かう帰りの馬車で、ルカスは難しい顔で頭を悩ませていた。突如として決まった、レナードの婚約者候補を、いかにして周囲に認めさせるかは中々の難題なのだ。


「分かっている。父上は自分で説得するよ。散々婚約者選びを急かされたんだ、絶対に認めてもらうよ。」

「陛下もですけど、それより問題なのは、王太子派の上位貴族たちですよ。こんな、殿下にも自分たちにも何のメリットも無い婚約を、すんなり認めてくれはしないでしょうね。」

「そちらについても……善処する。」

「……分かりました。こちらもなるだけ根回しをしておきます。」


ルカスは大きなため息を吐いてそう答えると、覚悟を決めたようだった。

彼は目の前に座るレナードとアイリスから視線を外し、難しい顔でこれからの事を考え始めたのだ。


「それにしても意外でした。私はルカス様はもっと反対するかと思っていましたわ。」

余りにも真剣に自分たちの今後のことをあれこれと思案してくれるルカスに、アイリスは驚いていた。

だって彼ならば、レナードの利にならない貧乏伯爵令嬢と婚約など絶対に認めないのではないかと思っていたのだ。


けれどもルカスはアイリスの事を一瞥すると、なんでそんな事も分からないんだと言った感じで、めんどくさそうに返答したのだった。


「殿下の決めたことに、私が口出しする訳ないでしょう。それに、アイリス様が殿下の呪いを解呪出来るのであれば、きっと貴女が殿下の運命の人なのだから反対などしませんよ。」


「それは一体、どういう意味でしょうか?」

ルカスの言っている事の意味が分からずアイリスは思わず小首を傾げた。運命の人などとは、ちょっと大袈裟さ過ぎやしないか。そんな風に戸惑っていると、ルカスは構わずに、淡々と事実を告げたのだった。


「あの魔術書に書いてあったのですよ。

“この呪いを受けた者はずっと眠り続けることになる。目覚めさせるには、術者が口付を送る事でのみ、呪いから目覚めることができる。”

“ただし、真の運命の人の口付けであれば術者でなくてもこの呪いは一時的に解呪される”ってね。」


アイリスはルカスのその言葉に目を丸くして驚いた。俄には信じられなかったのだ。

確かにそれならば自分だけが解呪できたことにも説明が付くが、レナードの運命の相手だなんてそんな烏滸がましい事があっていいのかと、彼女は隣に座るレナードの方を見たが、どうやら彼は既に魔術書の内容を知っていたようで、目を細めて狼狽えるアイリスを見つめていたのだった。


「俺は君が運命の人だと思っているよ。だって君にしか俺を起こす事は出来なかったしね。運命の人の口付けで目を覚ますなんて、中々素敵な事じゃないか。」

そう言って微笑みかけるレナードに、アイリスは顔を真っ赤にしてしまった。ストレートな言葉は、時として心臓に悪いのだ。


そんな二人の仲睦まじい様子を真顔で眺めながら、ルカスは呆れ気味に二人に釘を刺したのだった。


「一応言っておきますけど陛下がお許しにならなければ婚約できないのですからね、そういうのは人前では控えてくださいね。当面はアイリス様は殿下の侍女のままですからね。」

そう大真面目にルカスは注意したのだ。


そんなルカスからの忠告に、アイリスは身を引き締めると力強く「大丈夫です」と高らかに宣言してみせたのだった。

「えぇ、心得てますわ。任せて下さい、今まで通り立派に勤め上げてみせますから。」


それからアイリスは視線をレナードに移すと、彼の目を見ながら敬愛の念を込めて微笑んで、自分の決意を改めて口にしたのだった。


「この先何があっても、どんな形でも貴方のお側に居ますわ。」

レナードの側にいること。それは、アイリスの心からの願いでもあったのだ。


「あぁ。よろしく頼むよ、私の月の女神様。」

アイリスの言葉にレナードも嬉しそうに顔を綻ばせると、彼女の目を見つめながらアイリスの髪を一房掴んで、そっと口付けを落としたのだった。


それから二人はお互いを見つめ合い、微笑みあった。


陛下のお許しが無ければレナードの正式な婚約者にはなれないし、そもそも、彼の呪いだってまだ解呪出来ていないのだ。

前途は多難だけれども、それでもアイリスは真っ直ぐに彼を見て、晴れ晴れとした顔をしていた。


レナードの側に居ることが出来るのならば、どんな困難も、きっと乗り越えられる気がしたからだ。


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##本編はこれで完結です。この後、閑話が少しあります。

##カクヨムコンに応募しているので、よかったら☆で応援して貰えると嬉しいです。

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