第28話 夜の庭にて(レナード視点)
レナードは夜の中庭で一人アイリスが来るのを待っていた。
ルカスは今日も付き添うと言って聞かなかったが、空気を読んだカーリクスに彼を押しつけて、なんとか一人になることが出来たのだった。
この夜の、彼女と気兼ねなく会話を楽しめるチャンスは、誰にも邪魔されたくなかったのだ。
幻月祭で見た美しく舞う彼女が、話してみると領民のことを大事に思う思慮深い女性であると分かって、レナードはアイリスに強い興味を持ち始めていた。
もっと彼女と話がしたい。
それが、彼のささやかな願いだった。
暫く待っていると約束通りにアイリスはやって来て、そして昨夜と同じようにレナードの手を取ると呪文を唱えてレナードに加護を授けた。
相変わらずレナードには彼女から発せられる言葉の意味は分からなかったが、その涼やかな声は耳にとても心地良かった。
「それにしても、月の魔法というのは、色々と種類があるんだね。昼間の魔法と、今の魔法は別なんだろう?」
アイリスに月の加護の魔法をかけて貰うと、レナードは自分の手を不思議そうに眺めながら、ふと疑問に思ったことを尋ねてみた。
彼女と会話出来るのなら話題はなんでも良かったのだが、彼女の使う月の魔法というものにも興味が出てきて、詳しく話を聞きたいと思ったのだ。
「はい。夜にかけるこの魔法の方がより強力なんです。昼間のおまじないは効果も限定的ですし物理攻撃には対応できません。ですが、先程かけた魔法には、向けられた悪意を跳ね返す力があるので物理攻撃にも有効です。コレは、私自身も実証済みなのでその効果は断言できます。」
アイリスは誇らしげに、二つの魔法について説明して、それから、少し言いにくそうに懸念点を教えてくれた。
「……ただ、この月の加護の魔法は、呪いに対しても発動するかの実績は、実はまだ無いのです……」
アイリスは申し訳さそうな顔をして不安に思っていることを打ち明けてくれたのだった。
それは確かに、今のレナードの身を守るという観点から考えたら心許なく思ってしまう事なのだが、彼には彼女が自分の事を想って魔法をかけてくれる事の方が重要だった。
たとえその効果が期待通りのもので無くて、それによって自分が新たに呪われようとも、それはアイリスの所為ではなくて、呪いをかけた奴が悪いのだ。
だから、そんな事を気にしている彼女を安心させたくて、レナードは優しく微笑みかけるとアイリスに大丈夫だと伝えた。
「大丈夫。君の魔法を信頼してるよ。きっと月の加護は私を守ってくれるさ。それより、私自身で実証済みって言う事の方が気になったね。君は以前危ない目に遭ったって事なのか?」
そう、この話でレナードは月の加護の魔法の効果の真偽よりも、アイリスが、過去に何者かに襲われたかも知れないと言う事実の方が気になったのだ。
「はい。私一年位前に不届き者に襲われた事があったんです。ですが、この魔法のおかげで襲いかかってきた不届き者たちを、見えない力で跳ね返してくれたんですよ。その後直ぐに近くを通りかかった騎士様に助けていただいて難を逃れましたが、この加護が無かったら、騎士様の救援も間に合わなかったでしょうし……」
アイリスはその時の事を思い出したのか、膝の上に置いていた両手をキュッと握りしめると、少し俯いて、不安そうにそう語った。
「それは……本当に、無事で良かった。」
過去の彼女に対して自分が出来ることは何も無いのがもどかしかったが、彼女が無事だった事を聞いてレナードはホッとした。
「えぇ。あの日は領地の中だからと言って油断してましたわ。幻月祭の期間中は領外の人が多いから、不埒者もやって来ているのに……夜に一人で歩くのは迂闊でしたわ。」
「幻月祭の夜に……?」
その単語をレナードは思わず聞き返してしまった。何故なら、昨年の幻月祭の日は、レナードもルカスとカーリクスを連れて、サーフェス領を訪れていたから。
「えぇ。年に一度のサーフェス領の大きなお祭りなんです。この日は領外からも祭りを楽しみに多くの人が訪れるんです。私を助けてくれた騎士様たちも、平民の格好でお祭りを楽しまれていたみたいですが、多分領外の人だったと思いますわ。」
「それは……。怖い思いをしたんだね。改めて貴女が無事で良かったよ。」
「はい。あの時の騎士様たちには本当に感謝してもしきれませんわ。」
そう話すアイリスの表情は、先程の不安そうな顔から一転して、どこか嬉しそうに記憶の中の騎士を思い出しているようで、そんな彼女の横顔を見てレナードの胸中は複雑だった。
◇◇◇
あの日、ルカスとカーリクスを伴って幻月祭を訪れていたレナードは、祭りも終盤になった頃に中心部から離れた所の街の様子も見てみたいと、祭りの会場から離れて裏路地を散策していた。
そんな時に、悲鳴と共にドンっ!!!という大きな音が聞こえて来たので、何事かと思い音がした方向へ急いで向かうと、こちらに向かって走って来た少女とぶつかったのだった。
「失礼。大丈夫ですか?!」
体格差から少女を跳ね飛ばしてしまった形になったレナードは、地面に尻餅を付いている彼女に手を差し伸べて立ち上がらせようとした。
すると、彼女が走って来た方向から、数人の見るからに柄の悪い男達が、彼女を追いかけてやって来たのだった。
「このアマ!!妙な術を使いやがって!!」
「君の知り合い……な訳ないよね?」
「助けてください!酔っ払いに絡まれてるんです!」
少女は咄嗟に、目の前のレナードに助けを求めた。
迷惑な男達が、少女に絡んでいる構図は一目瞭然だったので、少女からの訴えにレナードは、即座にカーリクスに目で合図をした。
すると、主君からの指示にカーリクスは前に出ると、いきり立って殴りかかって来た一人を、上手くいなして、そのまま投げ飛ばして地面に転がしたのだった。
「な……なんだこのガキ……やんのか?!」
「それはこっちの台詞だ。向かってくるなら容赦しない。」
街の酔っ払いと、騎士として鍛錬を積んで居るカーリクスとではその力の差は歴然だった。何人かがカーリクスに突っかかったのち、この青年には敵わないと分かると、酔っ払い達は尻尾を巻いて逃げ出したのだった。
「あ……有難うございます。助かりました……」
一連の出来事を目を丸くして見ていた少女は、身の危険が去ったことが分かると、三人に向かって、深く頭を下げてお礼を言った。
「大丈夫?人が多い所まで送ろうか?」
「いえ、そこまでは大丈夫です。ほら、直ぐそこが大通りですからもう大丈夫ですわ。」
そう言って少女が指さす方向には、賑やかな往来の明るい通りが見えていた。
「そっか。それならもう大丈夫だね。気をつけてね。」
「はい。本当に有難うございました!」
少女はもう一度深々と頭を下げてそう言うと、大通りの方向へ消えていった。
◇◇◇
薄暗い路地だった為お互いの顔はハッキリと見えなかったが、あの時の少女はアイリスだったのだろうとレナードは理解した。
そして……
(もし本当にそうなら、アイリス嬢が言う騎士様って、カーリクスの事だよな……)
それが分かってしまって、とても複雑な気持ちになったのだった。
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