第26話 鈴の音

「あの鈴の音が鳴ったおかげで、強い眠気に襲われたけれど一度目が覚めたんだ。音が止んだら直ぐにまた眠気に襲われて眠ってしまったけれども、おかげで舞台袖に移動する時間は稼げたよ。本当に有難う。」

「いえ……、その……とんでも無いです。」


帰りの馬車の中で、レナードは熱い眼差しをアイリスに向けると、心の底からの感謝の言葉を伝えていた。

壇上で眠るという醜態を避けることが出来たのは、アイリスのお陰だと、彼は感極まっている様だった。


けれどもアイリスは、そんなレナードからの賞賛を素直に受け取れなかった。先程自覚してしまった想いのせいもあるが、自分の魔法に寄せる彼の期待が想像以上だったので、思わずレナードから気まずそうに顔を背けて曖昧に返答したのだ。


まさか、「鈴の音が鳴って呪いの邪魔をしたのは偶然です」なんてとても言える雰囲気ではなかったので、それについては、アイリスは黙っていることにした。


「行きの馬車の中でかけたおまじないの効果ですかね?あの鈴の音は。」

「はい。そうだと思います。あれは、”よく無い事が起こりませんように”そう言うおまじないなんです。」

ルカスの質問に、アイリスは行きの馬車でレナードにかけたおまじないについて、もう少し詳しく説明した。

あのおまじないは、対象者が何事もなく平穏無事な一日を過ごせるようにという祝福の一種であると。


「良くないこと……つまり呪い発動を察知して、おまじないが一時的にそれを防いだのか……なるほど、コレは使えそうだな!」

アイリスの説明を聞いて、レナードの顔が明るくなった。

「そうですね。急に倒れられるより、大きな音を鳴らして裏に引っ込む方がまだ面目を保てますね。その方が殿下の体調に変な噂も立たないかと思います。」

ルカスもアイリスの説明から、このおまじないに大きな期待を寄せたのだった。


「音が鳴ってる時間、もう少し伸ばせないのですか?」

「ど……どうなんでしょう?私もこの魔法がこのような具現化をして発動したのを見るのは初めてですので……もっと魔力を込めるようにしてみたら或いは……?」


今日、鈴の音が鳴り響いていたのはだいたい三十秒程だった。三十秒でも対処する猶予が与えられるのは有り難いが、少し短い気もするのだ。


「時間を延長出来る可能性があるなら、それを試して欲しいのですが、殿下の呪いが発動しないことには試せませんしね……。でもまぁ、三十秒でも助かる事には変わらないので、これから殿下が人前に長い間出なければならない時には、あのおまじないを毎回掛けて下さい。」

「承知いたしました。時間延長の件も、次に試してみますわ。」


ルカスからの指示を、アイリスは快く承諾した。

これでレナードが悩まされている眠る呪いについて、彼にとって少しでも状況が良くなる対処法が増えたのだから喜ばしかった。

呪い自体はまだ解けないし、誰が呪いをかけたのかも分からないままであったが、このアイリスのおまじないの効果に、三人の抱えていた不安が少し軽くなったのだった。

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