第25話 自覚2
「何だと……?君の目には俺はそのように見えているのか?!」
「あっ……、いえ、その……」
アイリスは怒りで睨みつけるセブールにたじろいでしまった。自分の失言で撒いた種ではあるが、あまりにも恐ろしい剣幕だったのだ。
「ふん、良いだろう。そっちがそう思っているのならば、その通りに振る舞ってやろうじゃ無いか。」
セブールは怯えるアイリスの手を取ると、自身の方へ引き寄せて、下衆な笑いを浮かべながら、高圧的に告げたのだった。
「今は王太子に気に入って貰えているのかも知れないが、どうせすぐに飽きられるんだ。田舎の貧乏伯爵をいつまでも侍らせておく訳が無いからね。そうしたら今度は俺が君を買ってあげるよ。」
「離してくださいっ!!」
「俺はね、色白の女性が好みなんだ。君は中身は気に喰わないけど、外見だけならば申し分無いからね。」
そんな風に褒められても、ちっとも嬉しくなかった。アイリスはセブールの手から逃れたくて必死に抵抗した。
「貴方との婚約は正式にお断りしたはずです!!」
「伯爵のくせに年々貧乏になっているサーフェス領にそんな事を言う余裕はあるのかな?」
レナードとの援助の契約は向こう十年間なので、そんな事を言う余裕は十分にあるのだが、そんな事を知らないセブールは、傲慢にサーフェス領を見下した。爵位的には伯爵の方が身分が高いと言うのに。
「それとも何か?君は本気で王太子殿下に輿入れ出来るとでも思っているのか?君はただの田舎の貧乏伯爵令嬢なんだよ。そんな事を夢見るだけでも不敬すぎるし愚かだよ。」
「そんな事、考えておりませんわ!」
けれど、アイリスはセブールからの指摘に、一瞬ドキリとしてしまった。
レナードとの関係は呪いの解呪が終わるまでのビジネスパートナーで特別な関係などでは無い。仕事が終われば領地に戻ってアイリスは元の穏やかな暮らしに戻る。だから自分が輿入れするなどとあり得ないと分かっているし考えたこともなかったが、役目が終わったらレナードと会えなくなる事を寂しく思った自分に気づいてしまったのだ。
「一体何を揉めているんだい?」
セブールとの押し問答の落とし所が見えずに困っていると、急に横から声がかかった。
アイリスの異変に気づいたレナードが、主催者との挨拶を切り上げて、こちらに来てくれたのだ。
「彼女は今は私の侍女なんだ。手を離しなさい。」
レナードは、アイリスの手を掴んでいるセブールに眉を顰めると、その手を離すように命令した。
すると、今まで固執していたのが嘘のようにセブールはあっさりとアイリスの手を離したのだった。
「それで、何の話をしていたのかな?」
レナードはニッコリと笑いながらセブールに話しかけた。顔は笑っているのに、その威圧感は凄まじかった。
「いえ、知り合いに挨拶をしていただけです。殿下のお耳に入れるような事は何もございません。」
レナードに気圧されたセブールはそう言って頭を下げると、そそくさとこの場を後にしたのだった。
彼は、自分より目下の者への態度は最悪だが、立場が上の人間に対しては、とことん弱腰になり一目散に逃げ出すのだ。彼の人間性の卑しさは、こういう所にも現れていた。
「ルカス、あいつの事調べておいて。」
「はい、承知いたしました。直ぐに調べます。」
「あの、彼はあらぬ誤解をしていたようなので、早急に釘を刺した方が良いかと思います。殿下の不名誉な噂を流しかねません。」
「成程……そちらについても了解しました。直ぐに手を打ちましょう。」
ルカスの眼鏡の奥がキラリと光ったようだった。普段のアイリスとのやり取りがだいぶポンコツなので忘れていたが、本来のルカスはレナードの片腕をやる程の切れ者なのだ。彼に任せておけば、きっとこと件は大丈夫だろう。
「様子がおかしかったから割って入ったけど、アイリス嬢大丈夫だったかい?」
「はい。正直言って困ってましたので、助けて下さって有り難うございました。」
「そうか。直ぐに気付けなくてごめんね。」
「いいえ!十分ですから!殿下に助けていただけて嬉しかったですし!」
アイリスは自分を気遣ってくれるレナードに、なんだか心がソワソワしていた。
少し前から感じていたが、レナードが自分の事を気に掛けてくれると、嬉しいのは確かにそうなのだが、それとは別の何か感情が動いているようだったのだ。
それは決して、嫌な気持ちでは無いのだが、何という感情なのか、今まで名前をつけることも出来なかった。
「貴女は私に自分を犠牲にしてまでして尽くしてくれているんだ。だから私も、私に出来る範囲で貴女を報いたいと思っているんだ。何かあったら貴女を全力で守るし、私を頼ってくれないか。」
そう言ってレナードはアイリスの手を取って、優しく微笑みかけるので、アイリスは心臓がバクバクと大きな音を立てて早鐘を打っているのを自覚してしまった。
先程セブールに手を取られた時は嫌悪感しか無かったのに、レナードに同じことをされても、全く別の感情が湧いてくるのだ。
彼が側にいるだけで、嬉しいし安心する。けれどもそれと同時になんだかそわそわして落ち着かない。でも決して嫌じゃない。むしろもっと近くにいて欲しいと願ってしまう。
アイリスは、自分の中に芽生えたそんな感情を持て余して、酷く戸惑っていた。
名前をつけられなかったこの気持ちに、名前が付いてしまったのだ。
これが、恋慕の情だと言うのだろうか……
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