第19話 提案
(そして、あれから五日経つけど、有益な情報は未だに得られてないのよね……)
壁際の定位置に立ってレナードとルカスのやり取りを眺めながら、アイリスは得も言われぬ不安を抱いていた。
(本当にこのままで大丈夫なのかしら……)
呪いの方法も、呪いをかけた人物も、何も分からないままでは、余りよろしくない状況ではないだろうか。
護衛を強化したと言っても、呪いという目に見えない物に対する対策をきちんと取れているかもどうかも怪しいのでは無いだろうか。
そう考えると、今のこの現状はレナードにとって危険な状況に思えてしまって、アイリスは迷った末にある提案を持ちかける事にしたのだった。
「あの……、発言よろしいでしょうか。」
「アイリス嬢?うん、喋って良いよ、何だい?」
おずおずと手を挙げて呪いについて議論しているレナードとルカスに発言の許可を求めると、レナードは急にアイリスが話に割り込んできた事に驚いたものの快く発言を許可してくれたので、アイリスは一度深呼吸をしてから、先程思いついた事を二人に伝えたのだった。
「はい。あの、お二人の話を聞いて、呪いの方法も、呪いをかけた人物もあまり調査が進んでいらっしゃらないようで、そのような状況では、やはり殿下の御身は危険かと思いまして……。それで、よければ殿下に魔法を掛けさせて下さい。月の魔法です。おまじない程度の気休めかもしれませんが、新しく呪われる事を防げるかもしれないです。」
サーフェス家は代々月の魔力を受け継ぐ家系。アイリスも幾つかの月の魔法を使うことが出来るのだ。
呪いなどという目に見えないものには、魔法という目に見えない物で対抗するしか無いと思い、アイリスは自分が使える魔法について二人に説明をしたのだった。
「私が使える魔法の中に、悪意を跳ね返す魔法というのがあります。効果は大体一日位なんですが、この魔法がかかっている時に、悪意ある攻撃を向けられたら、一度だけ、向けられた攻撃をそのまま相手にぶつけ返します。」
「それは素晴ら……」
「そんな有益が魔法があるなら、何故もっと早く言わないんですかっ!」
アイリスの説明を聞いて、レナードは素直に感嘆の声を上げたようだったが、その声は同時に発せられたルカスの発言によってかき消されてしまった。
ルカスは興奮気味にアイリスに近づくと、肩を掴んで詰め寄ったのだ。
「そんな便利な魔法があるのに、どうして今まで黙っていたのです?!」
「別に黙っていた訳ではなく、言う機会が無かっただけです!」
「言わなければどっちも同じです!それで、その魔法は本当にそのような効果があるのですね?!」
「えっ……えっと……」
凄い剣幕で捲し立てるルカスにアイリスが気圧されて戸惑っていると、見かねたレナードが、彼女からルカスを引き剥がしにかかった。
「ルカス落ち着いて。アイリス嬢が困ってるじゃ無いか。」
柔らかい表情で穏やかな口調でそう言いつつも、レナードはルカスの肩を掴んで力強くアイリスから引き離した。
それから彼は、ルカスがたしなめられて大人しくなった事を確認すると、今度はアイリスに向き合って、貴公子の笑みを浮かべて優しく声をかけたのだった。
「アイリス嬢、そのような魔法があるのならば、是非お願いしたいな。」
そう言ってニッコリと笑うレナードのその笑みは、完全に物語の中の理想の王子様そのもので、この笑顔を向けられてときめかない令嬢はきっといないだろうと思った。
そして例に漏れず、アイリスも少しドキッとしてしまったのだが、それと同時に(流石王子様。この笑顔が多くの御令嬢を虜にしているのね……)などと少し不敬な事まで考えてしまった。
けれどその笑顔で、ルカスとのやり取りで苛立っていたアイリスの気持ちも癒されたのは事実であり、きちんと部下を嗜めて、アイリスの事を気遣ってくれるそんなレナードの為ならばと、アイリスはルカスの事は目を瞑ってこの件を快く引き受けようと思ったのだった。
「あっ、はい。承知いたし……」
「待ちなさい!そのような得体の知れないものを安全確認もせずに殿下にかけるのを許すわけにはいきません。先ずは、私にかけなさい安全性を確かめます。」
しかし、主君を思う気持ちが人一倍強いルカスが、レナードにたしなめられてもなお、職務を全うしようとアイリスのやるとこに口を挟んだのだ。
頭が固く人の気持ちなど考えないルカスの事は苦手だったが、レナードの安全を思って得体の知れない魔法の実験体に自ら買って出る、その忠臣ぶりは認めざるを得なかった。
(私への態度は釈然としないけど、言ってることは、確かにその通りなのよね。)
勿論、アイリスの魔法が危険な物のわけがないのだが、主君を思う気持ちを理解しアイリスはルカスの提案を受け入れたのだった。
「左様ですね。承知いたしました。それでは先ずはルカス様に魔法をかけます。ですが、この魔法を使うには条件がありまして、今すぐにかける事は出来ないのです。」
「条件とは?」
「はい。月明かりの下でのみ使える魔法なんです。」
「つまり夜か。」
「はい、そうなります。」
アイリスから提示された条件にレナードは少し考えるような素振りをみせて、それから何やらをルカスと相談すると再びアイリスに向き合って、改まって具体的な要望を伝えたのだった。
「よし分かった。それじゃあ今夜その魔法を試してみよう。アイリス嬢、夜半に私の宮の中庭を訪ねてきてくれないか。」
「……承知いたしました。」
そのレナードからの申し付けに一瞬言葉に詰まったが、一呼吸置いてからアイリスは承諾した。
夜に王太子の住む離宮を訪れるなど人に見られてしまったらあらぬ誤解は免れないが、これは自分で言い出したことだからと、アイリスは腹を括ってその命令を受け入れる事にしたのだった。
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