第20話 月の加護の魔法1
その夜、アイリスは約束通りにレナードの居住する離宮の庭園へ人目に触れぬように訪れた。
黒いローブを頭からすっぽり被り気配を消す魔法をかけて、更になるだけ人目につかない道を選んで慎重に慎重を重ねて進んだ結果、アイリスは誰にも見つからずにレナードの元を訪れる事が出来てしまった。
確かに人に見られたくは無かったのだが、まさか本当に、王太子の居住する宮へ、誰にも見つからずにたどり着けるとは思っても見なかったので、中庭の噴水の縁に腰をかけているレナードと、その横に控えるように立っているルカスとカーリクスの姿を見つけると、アイリスは開口一番に警備の甘さを指摘しながら詰め寄ったのだった。
「私が言うのもおかしな話ですが、ここの警備は大丈夫なんですか?!」
「アイリス嬢?来てたの全然分からなかったよ。」
アイリスから急に声をかけられた事にも、その彼女の剣幕にも、レナードはどちらにも驚いていた。
「はい。気配を消す魔法を使っていますので、今の私は視認されにくいかと思います。ですが、だとしても誰にも咎められずにここに来れてしまうのは、問題ではありませんか?!」
「あぁ。大丈夫。ここの宮の騎士や使用人には、君が訪ねてくる事を伝えてあるからね。君は怪しい人物じゃ無いから見咎められなかっただけだよ。」
そしてレナードの言葉に、横で控えるカーリクスが、補足するように口を開いた。
「アイリス様安心してください。ここの騎士たちは優秀ですから。本物の不審者は、一歩たりともこの離宮に踏み入れませんよ。」
「そっ……そうなんですね……」
レナードもカーリクスも、何も心配な事など無いという感じで平然としているので、取り乱した自分が馬鹿みたいに思えてアイリスは急に恥ずかしくなってしまった。
「ところで、何で貴女はこんな布を頭から被っているのですか?寒いのですか?」
アイリス達のやり取りを尻目に、空気を読まないルカスは彼女が頭からすっぽりと覆うようにして身に付けている黒いローブの端を不思議そうに摘んでいた。
「この黒布は防寒ではありません。人に見られた時に怪しまれないためですわ!」
布を摘んでいたルカスの手を払い除けると、アイリスは得意げに説明した。布で顔と身体を隠せば、誰かに姿を見られたとしても、それが誰なのかまでは露見を防げるという算段なのだ。
けれど彼女の説明とその出で立ちを見てレナードは、言いにくそうに、アイリスの努力を否定するかのような率直な感想を述べたのだった。
「……けれどもそれは逆効果じゃないか?侍女の姿のままなら、誰かに見られても言い訳出来そうな気がするが、そのような怪しい格好では……見つかった時にあらぬ容疑をかけられてしまわないかな。」
「……確かにその通りですね……」
アイリスはレナードからの指摘に、ハッとすると、次回からは布はやめようと思った。
「それで、さっそくその月の魔法というのをかけてもらいましょうか。」
「はい、承知しました。それではルカス様、お手を前に出してください。」
促されてルカスは素直に両手を前に差し出したので、アイリスは彼の手を包み込むように両手で握ると、そっと目を瞑り、聞き慣れない言葉を口にしたのだった。
それは、何かの詩のようであったが、彼女の口から発せられる言葉を理解できる者はこの場には居なかった。
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