第28話 水と油
アルカナは地面を蹴って、距離を縮めた。
ルカとティアは同時に構えて、アルカナに備える。
アルカナの片刃剣が振り下ろされたのは、ティアであった。
金属同士の衝突による音が鳴り響く。
「く…………ッ!」
クレイモアを横にして、片刃剣を受け止めたティアは声を漏らす。
だが、あちらは一人で此方は二人なのだ。
ルカは大剣をアルカナに振り下ろした。確実に当たれば、身体を真っ二つにする勢いだ。
しかしアルカナは、すっと後退して回避する。
カツンと、ルカが振り下ろした大剣が、石畳を小突く。
あまりに大きい隙を、アルカナは逃すこと無く片刃剣を突き出す。
「ティア」
「あぁ!」
ルカを守るように、ティアはクレイモアを突き出す。
片刃剣がルカに当たる前に、クレイモアがアルカナの身体を貫くだろう。それぐらいの長さの差があるため、アルカナは後退して回避するという選択しか無かった。
予想通りと言えようか。
突き出した片刃剣を戻したアルカナは後退した。
ルカは直り、右手で大剣を握り締める。その横にティアが背中を合わせて立った。
「背中は任せる」
「任せて」
背中合わせになったルカとティアは、お互いを肩越しで見てからアルカナを見据えた。
「隙を無くす動き…………連携の取れた関係…………これは一筋縄では行きませんか」
アルカナは二人を見て賞賛する。
賞賛するだけ、あちらは余裕なのだろうか。まだ、何か隠している手があるのでは無いのか。
ルカはアルカナを見て、そう思う。
「随分と余裕そうだな?」
「そう見えますか?」
見えるな。ティアは気に食わない様子で吐き捨てる。
その隣でルカも頷いた。
その姿が面白かったのか、アルカナは微笑した。
ルカはこてんと首を横に傾けた。
「いえ、失礼。一応聞いておきましょう。貴女達はなぜ··········聖樹教会を敵に回すのですか?ましては、堂々と乗り込んでまで··········」
「なんで··········か。··········
生まれた時から枯れているんだぞ?ティアは信じられないとばかりに、アルカナに言う。
それにはアルカナも同意なようだ。
ふん。とティアは鼻を鳴らす。
「お前が本当に、情報屋を殺したのか?」
アルカナは情報屋を磔にして遺体を晒すような非人道的な事をする人物なのか、ティアは懐疑的だった。
なるほど、確かにそう言われれば、彼女の行動は此方を案ずるような感じだ。到底、同一人物のようには感じられない。別人のようだ。
「えぇ··········殺しましたよ」
アルカナは淡々と真実を伝えた。
その言葉に嘘偽りは無いように思う。
けれど─────…………。
「殺意を感じない」
ルカはボソリと呟いた。
「そうだな」近くにいたティアは、当然その言葉を聞いており頷いた。
「お前からは殺意を感じん。聖王国に関わるなってか?」
「··········えぇ、その通りです。聖王国とニール王国は、教皇と枢機卿の洗脳を受けて、今や下僕のようになっています」
アルカナは身体をガタガタと震わせて、顔に恐怖が表れる。
「そういうお前は··········」
ティアは虚空に言葉を探した。
そして絞り出すように疑問を口にする。
「洗脳されていないのか?」
アルカナはゆるりと首を横に振った。否定であった。その顔は血の気が引き、蒼白している。
「枢機卿の言葉には、従えません。抗いたくても、身体が··········心が··········勝手に反応します。私は彼から逃れる事は出来ないのです」
「つまり、今こうして対話が出来るのは枢機卿と言う奴がいないからと?」
「えぇ··········その通りです」アルカナは頷いた。「今は彼が不在ですから··········」
彼女は何処か安堵している様子だった。
だから、警戒を解くかと言われれば答えは
それで警戒を解くのは、間抜けか馬鹿だ。
そうティアはいつしか語っていた。ならば、そうなのだろう。
「どうやらそちらの子は、警戒の色が濃いですね?」
アルカナはルカを見て微笑する。
当たり前だ。敵が前にいるのに警戒しない馬鹿が何処にいる。
口に出そうとしたが、言葉を呑んだ。
なぜなら─────··········。
「それは··········そうだろう?私達を殺さなければならないと言ったのはお前だぞ?」
何を言っているんだ?ティアはルカの言いたい言葉を代弁してくれた。
アルカナは砕けたように笑った。
「確かにその通りですね。貴女達を排除する為に、此処に導いて対話とは滑稽にも程がありますよね」
少女のようにアルカナは、笑みを浮かべていた。ふふふ、と。思わず声を漏らしてしまうほどに。
「こんなに笑ったのはいつぶりでしょうか」
アルカナは懐かしむように呟いた。
「貴女達と違う形で出会っていたら、私はこのような事にならなくて済んだのでしょうか?」
何も無い天井を見上げ、アルカナは語る。
救いを求めるように。
「無理だな」
ティアはキッパリと切り捨てた。
「お前の事情は知らんが、子が親を選べないように、出会いも選べん。偶然の産物だ」
「そう…………ですね。これがアルカナという人物の運命」
どれほど嘆いても、現状が変わることは無い。抵抗するか、しないかのどちらかだ。選択肢というものは絞り込めば結局二つなのだ。
するか、しないか。殺るか、殺らないか。
アルカナは片刃剣を握り締める。
だから、ルカとティアも武器を構えた。
「彼が帰って来ないうちに、終わらせます」
「それまでに、私達を殺すと?」
「出来れば、逃げて頂きたいですがね。聖王国に関わるとろくな目に会いませんから」
アルカナは心配するような表情を向ける。しかし直ぐに表情を変え、決意した表情をする。
「私は大司教アルカナ!聖王国の真実を探求する者達よ!真実を知りたければ、私を倒しなさい!」
アルカナは高らかに告げる。
明確に立場を分ける。それが、彼女なりの意思表明であった。元々彼女とは、対立関係にある。それはどう足掻いても、揺るがない事実。
「あぁ!」
ティアは地面を蹴ってアルカナとの距離を縮める。
ルカも颯爽に駆け出す。
「本気で殺しに行きます!」
アルカナは片脚ずつ、交代に飛び跳ねながら後退する。
その間にアルカナの口元がパクパクと開閉しているのが、見て取れた。
次の瞬間、アルカナの身体の輪郭を沿って白い光が覆い、白い閃光がルカに迫った。
「え」
眩い光がルカに激突した。
ルカは為す術なく─────文字通り、防御する暇なく─────後方に吹き飛んだ。
凄まじい速度で地下墓地の景色が流れていき、壁に衝突した。
「カ··········ハ··········ッ」
肺の空気が一気に吐き出され、背中に激痛が走る。石畳の地面に四つん這いになり、唾液が滴り落ちる。
「ルカ!?」
「他人の心配より、自分の心配をした方が良いですよ」
白い閃光から飛び出したアルカナが、隣にいるルカに片刃剣を横振りする。
「くッ!」
ティアは即座にクレイモアで防御するが、その膂力は一度対峙した時より数段上がっており、吹き飛ばされた。
石畳に転がり、直ぐに体勢を立て直して構えた。
すぅ、はぁ。
ルカは息を吸い直した。背中の激痛は気にしない。それよりも、アルカナを倒す事に集中する。
ルカは義手の手首にある
管からブゥゥゥンという起動音が、徐々に大きくなる。最大では無く、一番弱い威力の状態を維持する。
これをどう使う?一瞬に近付ける方法は?
ルカは思案を巡らせ、天啓の如く思い付いた。
槍のように大剣を構え、義手の
それと同時に駆け出す。
大剣は凄まじい速度────超高速に至り、一直線にアルカナへ飛ぶ。
ヒョウと風を切り裂く音が轟く。
その音の方へ、アルカナが向いた時には、大剣とアルカナとの距離僅か三フィート。
「は?」
誰が呟いただろうか。
無意識────脊髄反射でアルカナは身体を下げた。
次の瞬間、アルカナの頭上を凄まじい速度で大剣が通り過ぎた。通り過ぎた大剣は、ルカと反対の壁────世界樹の根に突き刺さった。その世界樹から、赤い液体が溢れた。
「な、何事ですか!?」
アルカナは戸惑う。後ろへ振り向き、世界樹に刺さった大剣を見る。
後ろを振り向いているアルカナは、ルカの存在に気が付いていない。アルカナに近付きながら、ティアに少し視線を移す。
仮面をしていてティアの表情は伺えないが、恐らく戸惑っているだろう。
ルカは視線をアルカナに戻し、右腕を引いた。義手を起動させ、加速を加える。
義手の稼働音にアルカナが反応し、前を振り向いた。
「貴女は────··········ッ!?」
次の瞬間、ルカの右手がアルカナに迫った。
ルカの義手が片刃剣に激突し、若干片刃剣がひしゃげた。それだけに留まらず、アルカナを吹き飛ばした。
吹き飛ばされたアルカナは、世界樹の根に衝突した。
「ティア、大丈夫!?」
ルカはティアに声を掛ける。
その声を掻き消す勢いで、ぷしゅーと蒸気を放出しながら、展開していた義手が元に戻った。
「あ··········あぁ··········」ティアは驚愕しつつ頷いた。「大丈夫だ」
「中々··········やりますね」
世界樹の根の方から声が聞こえる。
ルカはアルカナを見る。
アルカナは絡みに絡んだ根を支えにして、立ち上がる。
どうやら、たいした
軽々立ち上がるアルカナを見て、ルカは軽く唸る。
「あぁ··········これは返しますよ」
根に深く刺さった大剣を軽々と引き抜き、ルカに放り投げて返却する。
それを空中で受け取り、ルカはよろめいた。
おっとっと。ルカは体勢を崩さないようにする。
アルカナはかつこつと足音を奏でながら、根から離れた。
「まったく··········二人とも怪物なんじゃないかと疑いたくなる」
ティアは呆れながら、クレイモアを石畳の隙間に突き刺して背伸びをする。
その様子をルカは見ながら、首をこてんと横に傾けた。
「祈祷の恩恵ですよ」
「祈祷··········ねぇ··········?」
ティアは身体を伸ばしながら、疑問を含む声を漏らす。
「神の力を拝借するのです」
「そうかい」
ティアは心底どうでもいい様子で、身体を伸ばしていた。
そして伸び終えたティアは、クレイモアを抜いて構えた。
「次は殺しに行く」
「私もそのつもりで」
ティアとアルカナは同時に、石畳を蹴った。距離を縮めた二人の剣は、金属音を鳴らして激突した。
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