第29話 戦闘
それは想像を絶する戦闘であった。
祈祷の恩恵を受けているアルカナと互角に殺り合うティア。
両者の身体には、複数の切り傷が刻まれていた。
ティアの
何回、何十、何百と繰り広げられる両者の剣戟の中に入り込む勇気ある者は何人いるだろうか。恐らく、多くの者は指を咥えて待っている事だろう。
しかしたった一人…………ルカは、その中に入り込み両者の剣戟に混ざる。
ティアの隙を埋める形で、大剣を振る。
だから、どれだけ祈祷の恩恵を受けていようと、防戦一方になるのは致し方あるまい。
「情報屋の時は、楽出来たんですが…………ねッ!」
ルカとティアの剣戟を受けながらも、その表情に焦りは無く、アルカナは話す。
それは祈祷の恩恵故だろうか。
二人には分からない事だった。いや、どうでも良かった。今はただ、目先の敵を殺す事だけを考えている。
「《大いなる
アルカナの身体の輪郭を沿うように、白い光が更に輝きを増して覆う。
次の瞬間、アルカナの動きが速くなり、防戦一方から反撃へと移り変わる。
「《灰たる大樹の怒り、その代行者たる私に、更なる力をお与えください》」
また一段とアルカナの膂力が上がり、形成が逆転した。
重く、鋭い一閃がティアやルカの身体を掠め、傷を刻む。
「これが、祈祷の力か…………ッ!」
ティアは苛立ち気に吐き捨てた。
心臓の音がやけに煩い。耳のすぐ隣にあるような感覚だ。呼吸も早く、息が上がる。
でも、この高揚感は悪くない。
牙を見せ、獰猛な笑みをティアは浮かべた。さながら、その姿は野良犬、或いは狼だろう。
身体のあらゆる血管に血が大量に流れ、動きを活性化させる。
「ルカ下がれ!私が殺る!」
その言葉を受けてルカは、後退して二人から距離を取る。
でも、と。否定しないのが、とても良い。
まったく、良き友人に出会った。
アルカナの攻撃を受けて、骨が軋んでも構うものか。そのまま反撃を狙う。
自分が
「とち狂いましたか!?」
アルカナは片刃剣を振りながら、命知らずのティアに正気を伺う。
ガンッとクレイモアを片刃剣に叩き込みながら、やはりティアは獰猛の笑みを浮かべていた。
「滾る滾る!」
身体に流れる血が炎の如く熱い。炉に石炭を詰め込んだようだ。燃え上がる。
心臓の音が跳ね上がる。
ティアは、重く鋭いアルカナの剣戟をクレイモアで受けながら、蹴りを繰り出す。
「く…………ッ!?」
アルカナは膝を持ち上げて、下腿部外側で受け止める。下腿部外側の疼痛により、苦悶な声が漏れる。そのため、片刃剣の振りが一瞬遅れる。
その隙をティアが逃す訳もなく、クレイモアを叩くように上段から振り下ろした。
アルカナは瞬時に攻撃から防御に変え、片刃剣を横にしてクレイモアを受け止める。
「ぐ、く…………ッ!!」
片刃剣とクレイモアが小刻みに揺れ動き、ギチギチと音が鳴る。
ティアは迷い無く、アルカナの腹部に蹴る。
「ぐ、うえぉ…………ッ!?」
アルカナはくの字に曲がり、吐瀉物を吐き出す。びちゃびちゃと石畳を汚しながら、膝を地に着けて四つん這いになる。
「お返しだ」
四つん這いになるアルカナを見下ろしながら、ティアは暗く沈んだ声で言い放つ。
クレイモアをアルカナの首元に近付け、位置を確認した後、クレイモアを持ち上げる。
これで決着が着く。
「《大樹の脚よ、今より顕現し、その力を知らしめなさい!》」
「なにを─────…………ッ!?」
それはティアの足元から現れ、ティアを絞め殺す勢いで巻き付いた木の根であった。
とはいえ、一時的な幻影に過ぎないのだが。それでも、相手の動きを封じるには効率的であった。
「うぎぃ…………ぃ…………ぐ、がぁ…………ッ!!」
メキメキと身体の骨という骨が軋み、悲鳴を上げる。
巻き付いた木の根から唯一自由な脚をじたばたと動かすが、意味を成さない。
息が詰まる。骨が痛い。軋む。悲鳴。
「ティア!」
「はぁ…………はぁ…………」
アルカナがよろよろと立ち上がり、ルカの目の前に立ち塞がる。
「邪魔!」
ルカはアルカナを睨む。
「なら、私を退けてみなさい!!」
腹を擦りながら、片刃剣を構えたアルカナが声を大にする。
ルカはすっと大剣を構えた。
「行くぞッ!」
◇
激しい攻防が繰り広げられた。
地下墓地からは金属同士の衝突音が鳴り響く。
あちらは人質を取ったように、余裕を────いや、先程までの余裕感は無い。感じ取れるのは殺意…………だろうか?
一方ルカは焦燥感に駆られていた。
焦り、焦り、焦り。
呼吸が浅く、心臓の音が早い。身体中が暑く、汗が流れる。脚や手が震える。
早く助けなきゃ。ティアが死ぬ。
気持ちが先走ってしまい、上手く攻撃に繋げられず防戦一方となっていた。
「先程の威力と威勢はどうしたんですか?」
片刃剣を振りながらアルカナは、ルカを心配するような口調で問い掛ける。
「うる、さい…………ッ!」
それどころでは無いのだ。アルカナの言に耳を傾けるほど、此方には余裕が無い。
──────力があるように思っていただけ?
ルカの焦燥感は更に増して、心身を侵食して行く。
はぁ、はぁ。呼吸が先程より浅く、早くなる。
──────早く助けなきゃ…………行けないのに。
なにを自分はしているのだろう。ティアを守ると言ったのは自分だろう?なのに、このザマ。
バカバカしいにも、程がある。
「つまらないですね」
アルカナは見捨てるように、隙だらけのルカの身体を蹴る。
力無く石畳を転がり、倒れた。
「ル··········カ··········」
「ティア?」
ルカは身体を持ち上げて、締め付けられているティアに視線を向ける。
口端から血が流れ、ティアの深紅の瞳は色濃く虚ろになっている。それでもその瞳は、ルカへ向けられていた。
「私··········の、事は··········気に、するな」
やるべきことをしろ。ティアはそう言い、力無く首を倒した。気を失ったのだろう。
彼女の言った言葉は、いつしか自分が言った言葉であった。
ルカは立ち上がり、深呼吸を一度。
義手を展開させ、起動させる。
もう一度深呼吸。
早かった心臓の音が、静かになる。凪のように静かになる。脳が
それらが均衡し、
ダッ、と。ルカは石畳の地面を蹴ってアルカナに迫った。
ルカは大剣を横に振るった。それに対して、アルカナは片刃剣で防御を取る。
「お?··········おぉぁ··········ッ!?」
重い。ただただ重い一撃が、アルカナに襲い掛かる。
「はぁぁぁ··········ッ!!」
脚に力を入れ、義手を起動させる。
ルカは吹き飛ばしたアルカナを他所に、世界樹の根を切り裂いた。拘束から解放されたティアは、そのまま落下する。
ルカは落下下に行き、ティアを抱き留める。ゆっくりと石畳に下ろして、寝かせる。
「あとは··········任せて。あと、ごめん」
ルカは意識を失っているティアに優しく話し掛けてから、立ち上がる。
大剣を握り締めて、振り返る。
ルカが振り返る頃には、吹き飛ばされたアルカナが復帰し、スタスタと此方へ歩いて来ていた。
「助けたのですね?」
「··········」
ルカは黙っていた。黙って、真っ直ぐアルカナを見据える。
「言ったでしょう?これは命のやり取り。例え貴女の友人であろうと、私は殺します」
「··········分かってる」
──────ティアに怒られるかな?
でも、仕方ないよね。ルカは義手の制限を解除した。火が吹き出す勢いで、義手が起動する。
「さっきは…………焦ってた。もう、つまらない事はしない」
「はは…………敵だと言うのに、憎めないのは何故でしょうね」
アルカナはどこか遠い目を向けながら、ルカを見ていた。その表情には、哀れみが浮かんでいた。
「《全ての母たる世界樹よ、私に生命力をお与えください》」
アルカナの傷口が塞がって、綺麗になる。服が切れた場所の傷口も同じように、回復しているのだろう。
祈祷は何度も制限無く発動できるのか不明だが、自分がやらねばならないことには変わりは無い。
ルカは大剣を握り締めて、姿勢を低くする。
「一対一の殺し合いです」
「うん…………行く…………ッ!!」
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