第24話 見せしめ

 アルカナが情報屋の目の前に立った。

 白い髪、白い瞳、整った顔立ちの女性。


「最後に言い残す事はありますか?」


 アルカナは何とも言い難い表情を向け、情報屋を見下ろした。


 ─────言い残す事··········ねぇ··········。


 情報屋は言葉を探す。特に何か言う事も無ければ、言い残す事も無い。

 結局、何か言ったところで自分は何も得しない訳だし。

 それでも、まぁ、言い残す言葉があれば格好が付く。


「··········犬畜生の言いなりになるなよ?お前さんの信念を貫け··········」


 情報屋は掠れた声で、アルカナに伝えた。

 相棒に視線を向ければ、既に事切れているのか、石畳の上に倒れていた。


 ─────思った以上に、傷口が深かったらしいな。


 自分の胸元を赤く染める切り傷を眺めてから、アルカナに視線を戻した。

 アルカナはやはり、何とも言い難い表情をしていた。


「··········分かっています。分かっているつもりです」


「でも」アルカナは多少の笑みを見せる。「ありがとうございます」

 アルカナは礼を述べてから、片刃剣を持ち上げた。


「··········ふ」


 そんな表情するんだな。と、情報屋は感心する。

 そしてアルカナは、片刃剣を振り下ろした。







 ♢








「やっと、終わったか」


 枢機卿は肩を回しながら退屈そうな表情を浮かべ、アルカナへ近付いた。

「えぇ」アルカナは頷く。「終わりました」


「この方はどうしますか?」

「依頼主がいるのだったね?でしたら、この遺体を使って異端者として皆に知らしめましょう。そうすれば、依頼主が出て来るかも知れない」


 アルカナは言葉を失った。

 遺体を晒すなど、非人道的だ。それを躊躇うこと無く提案するとは、思いもよらなかった。

 しかし枢機卿の案も否定出来ない。

 依頼主が何者かは分からないが、聖王国に関する事を調べさせたと言うことは、聖王国を敵対視する者。或いは、聖王国────聖樹教会の謎を知ろうとする者だということ。

 そうであるならば、枢機卿の案は良案と言えよう。

 枢機卿の案は容認出来るものでは無いけれど、敵対視を向ける者なら仕方あるまい。


「分かりました。でしたら、そのように致します」

「助かるよ。しばらくの間、私は教皇様へこの事を知らせに向かう。その間、ここを頼むよ」


 アルカナは頷いて応じた。

 今回の件は類を見ないものだ。

 まさか、聖樹教会に敵対するものがいるとは思いもしない。恐らく、教皇ですら予想外だろう。

 早速枢機卿は地下墓地の出入口である、石階段へ向かった。

 アルカナも早速仕事に取り掛かる事にした。

「あ」アルカナは仮面マスクが外れている事を思い出した。


 仕事の前に仮面をつけなければ。

 アルカナは仮面の置かれている場所に向かい、仮面を手に取った。

 仮面には特に目立った傷は無い。帯革が切れているだけ。聖女に修繕させればいいだけ。

 アルカナは情報屋の遺体に戻る。情報屋の遺体の脚を持ち上げて、引きずって石階段へ向かった。


 石階段を一段ずつ上がって行く。その度に情報屋の身体が、石階段にぶつかるが関係無い。

 そうして地下墓地から右翼廊へ出て来たアルカナは、中央へ向かった。色付き硝子を見上げる。

 外の光を受けるのは、久しぶりのように感じた。


「そこの貴女」

「はい?何でしょうか、大司教様?」


 あっち行ったり、こっち行ったりと忙しなく動き回る聖女を呼び止める。

 聖女は首を傾げ、アルカナを見る。

 なんと説明したら良いか一瞬迷うが、アルカナは素直に事情を説明した。


「え!?侵入者が居たのですか!?」


 聖女は酷く驚いていた。

 当然と言えば、当然の反応だろう。

 何しろ自分も枢機卿に教えて貰わなければ、分からなかったのだ。


「他の者にも伝達をよろしくお願いします。それと侵入者を磔するので、十字の板を持ってきてください。あと、この仮面マスクを修繕してもらってもよろしいでしょうか?」


 アルカナは聖女に押し付けるように言う。

「はい」聖女は健気に返事をして、駆け出した。

 まったく、良い子達である。

 聖女を待つ時間、アルカナは様々な形や色をした硝子を組み合わせた色付き硝子を見上げて時間を潰す。





 ♢





 暫くして、三人のが戻って来た。

 十字の板を運ぶ二名と、先程仮面の修繕を頼んだ聖女の三名だ。

 とはいえ、一人見かけない聖女がいた。まだ幼さがある聖女。恐らく、聖女見習いだろう。


「ありがとうございます」


 聖女から渡された仮面マスクを受け取り、早速装着する。

 帯革を締めて、尾錠びじょうで固定する。

 黒死病仮面ペストマスクを装備したアルカナは、聖女に指示を飛ばす。


「侵入者の遺体を十字の板に貼り付けて下さい」

「はい!」


 聖女達はせかせかと動く。

 十字の横の板に、両手を釘で打ち付けて固定する。更に足を十字の縦の板に乗せて、同じように釘で固定する。

 そうすれば、磔の完成である。


「これを外に運びます」

「はい!」


 聖女達は意気盛んに返事をし、磔を持ち上げた。

 彼女たちを誘導するように、アルカナが先頭を歩いて外へ向かう。

 聖女達はアルカナを追従する。

 重いだろうに一切不満を言わず、自分に従ってくれるのはとても楽だ。


 久方ぶりに、外に出る。街の立派な建物も随分と前に見た時以来、久しぶりに見る。

 城程ではないにしろ、気品のある建物はいつ見ても格好が良い。

 そして眩しくも無い、どこまでも続く曇天の空模様を見上げて一息。

 元から曇天だったのか、曇天では無い空があったのか知る由もない。


「大司教様」


 考え耽っていたら、後方から呼び掛けられ、アルカナは後方を振り向く。


「何でしょうか?」

「此方の磔は、何処に持って行くのですか?」


 一人の聖女が首を傾げる。

 外に運ぶとは言ったけれど、何処にとは一言も伝えていなかった。

 成程、確かにその疑問はもっともだ。

 アルカナは咳払いを一つ。


「中央広場です。あそこなら、良い見せしめになるでしょう」

「あぁ!確かに、愚か者を民衆に知らしめるには、最適な場所ですね!」


 聖女は嬉々として応じた。

 中央広場なら民衆が外に顔を出すだろう。聖樹教会によるものなら、尚更だ。


 アルカナは満足そうにしている聖女から、視線を逃すように前を向き歩き出した。

 複雑な気分だ。聖樹教会にとって得をすれば喜ばれ、損をすれば消される。

 自分が生きているということは、侵入者である情報屋を殺せたからだろう。

 権力者が二人いるのは、恐らく自分がいつ裏切っても消せるように保険を掛けているのだろう。


 ──────聖樹教会は何を隠しているのか。


 未だ掴めない尻尾に、アルカナは苛立ちを覚える。しかし悟らせてはならない。

 不本意だが、聖樹教会の犬になる他あるまい。


 そう思案しているうちに、中央広場に辿り着いた。

 がらんと静まり返った中央広場は円形になっており、その周囲を気品のある建物群が囲む。

 建物の中でも、広場の様子は伺える。だから遺体を晒して見せしめにするには、もってこいの場所なのだ。

 更に古の時代には、ここで処刑を行っていたようで、その名残とも言える木造の台がある。


「では、あの処刑台の上に··········いえ、その前に設置しましょう」

「わかりました!」


 聖女達はせかせかと磔を運び、処刑台の前に向かう。

 処刑台の前には、一箇所だけ石畳が外され土が見えていた。

 そこに磔を立てて、固定する。

 これも古の時代の名残だ。少し、灰が積もっているが難なく使えるようだ。


「では、戻りましょう」


 設置が完了したのを見計らって、アルカナは聖女達に伝えた。


「え?民衆に伝えなくても良いのですか?」


 聖女は疑問符を浮かべ、首を傾げた。

 うむ、アルカナは唸る。

 確かに、引き篭ってしまった信者達にどう伝えろと言うのか。考えていなかった。


「でしたら、一人だけに伝えてください。その人に広めて貰いましょう」

「?」


 聖女は疑問符を浮かべる。

 確かに全員に伝えた方が良いが、それにあたる労働人を考慮するなら一人だけに伝えた方が良い。というのは、建前だ。本質は他にある。


「悪事千里を走るというように、悪い噂というものは世間に瞬く間に広まります。ですので、一人で十分なのです」

「な、なるほど··········勉強になります」


 聖女はアルカナの言葉に感服する。

 ここで言う悪い噂とは、聖樹教会に対して敵対視する者が現れたこと。そして見せしめに遺体を晒すという

 信者達の信仰心を利用した伝言方法だ。


「では、伝えて下さい。私達は先に戻っています」

「はい!」


 一人の聖女は駆け出して、身近にある家を訪問しに向かった。

 アルカナはその背中を尻目に捉えてから、他の聖女と聖女見習いを連れて教会へと戻った。





 ♢




 それから数日後、伝言を携わった一家全員が吹聴して歩き、瞬く間に噂は広まった。

 とある男から友人や親友に伝わり、そこから恋人や家族などに伝わり次々に広まる。他の家族も同様にして広げる。

 人間関係の軋轢が無ければ、何処までも広がり続ける。樹木の根のように、何処までも広がり続けるのだ。


 勇者が魔王を滅ぼして、世界を救う英雄譚。

 武を極め、竜を討伐した武勇譚。

 これらの伝説や信仰などもまた、人から人へ紡がれる。世代を超えて広がり続けるのだ。

 これが噂と伝承である。

 一度流してしまえば、止まることは無い。必ず誰かの耳に入る。恐ろしいものであるが、有効に利用すればとても便利なものなのだ。


「は?」


 とある人物は、信じられない様子でその噂を耳にしたのだった。

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