第20話 情報屋VSアルカナ
情報屋は地面を蹴って駆け出す。道中で鎖武器を拾って、手に巻き付ける。左は鎖を腕に巻き付け、盾のように腕を保護する。右手を鎖で保護して、アルカナとの距離を更に縮めた。
アルカナは鋭い眼光を此方へ向けながら、黒い片刃剣を振った。
「おりゃ!」
情報屋はアルカナの振った片刃剣を、左腕で防御する。そして鎖を巻いた拳を、アルカナの腹部に打ち込む。
アルカナはその拳を左手で掴んで防御し、拮抗状態になった。
ガチガチと互いの武器が震えて音が鳴る。
「《灰たる大樹の怒り、その代行者たる我に力を与えたまえ》」
アルカナは聞こえるか、聞こえないかの境の声量でボソッと呟く。
しかし近くにいた情報屋は、はっきりと確かにその言葉を聞いた。聞いた事の無い言葉。
聖樹教会の教えの言葉だろうか─────情報屋は思う。しかしそれは間違いだと、直ぐに知った。
なぜなら、アルカナの身体の輪郭を白い光が沿った矢先に、アルカナの膂力が増したのだ。
「な──────…………ッ!?」
アルカナに情報屋の右手を、上に持ち上げられる。情報屋は力を入れているというのに。先程まで拮抗状態を作れていたというのに、突如として覆ったのだ。
右手が上に持ち上げられた事により、情報屋の腹部はがら空きとなった。
アルカナは迷い無く、情報屋の腹部を蹴り上げた。
「うぐ…………げぇ…………ッ!」
腹部に強い衝撃が与えられた事により、胃の内容物が食道を駆け上り口の中が苦くなる。とはいえ食事を取っていないからか、吐き出されるのは唾液と多少の胃酸であった。
蹴り上げられた情報屋は、身体が地面から離れて天井へ上がった。そして天井に背中から衝突した。
「カ…………ハッ」
肺が痙攣し呼吸が一時的に出来なくなる。目の前がチカチカし、情報屋は力無く落下する。
ただ落下する事をアルカナは許さないのか、跳躍して情報屋の元へ向かった。情報屋に近付いたアルカナは、情報屋の顔面を回し蹴りした。
アルカナの靴が顔面に当たったことにより、情報屋の鼻から血が飛び出る。情報屋は後方へ蹴り飛ばされた。
「が…………ッ!」
蹴り飛ばされた情報屋は、石柱に衝突して地面に落ちた。
地面に落ちた情報屋は、四つん這いになって肩を激しく揺らした。石畳に赤黒い血がポタポタと滴り落ちる。その他に冷や汗が垂れて、石畳を濡らす。
「ハァ─────ハァ──────なんだよ…………何なんだよッ!それは!」
情報屋には分からなかった。アルカナのした事が、全くと言っていいほど分からなかった。未知の力なんて言う、都合の良い物では無い。もっと、荒々しいもの。この世界から逸脱している。
だから、情報屋は声を荒らげて叫んだ。彼女の脅威に怖気付く。
未知という言葉で、片付けて良い代物では無かった。なぜなら、それは人の枠組みから外れてしまっているからだ。
女性が男性に勝ってもなんの不思議は無い。それは情報屋も理解していた。しかしもし子供もアルカナと同じ事を行ったのなら、大人であろうと容易に負ける程の力を有していた。つまるところ、自分と彼女とではそれ程の差があったということだ。
コツコツと石畳を蹴って、悠々と歩いて来るアルカナを、情報屋は四つん這いになりながら睨む。
「何かって…………可笑しな事を聞くのですね。貴方々では理解出来ない力です。先程の言葉は神の教えでは無く、詠唱です」
真に力ある言葉の事を詠唱といい、神に加護を授けて貰う為に必要な言の葉だという。そして神に加護を授けて貰うことを祈祷。
アルカナは情報屋へ向かいながら、饒舌に語る。
「神を信じない貴方では、到底理解出来無い代物です。祈祷の他に、魔法というものがあります。学者の書物で、貴方も一度は目にしたことがあるのではありませんか?」
「…………魔法なんて、机上の空論では無いのか!?」
「いえ、実在します。正確には実在していたと言って良いでしょう。少なくとも、学者の書物に書いてあるのだからそうなのでしょう」
驚愕する情報屋を他所に、アルカナは淡々と述べた。
情報屋は口を開け、呆けた表情を浮かべてアルカナの話に耳を傾けていた。
「私達の知識そのものは、遠い古の時代を生きた人達の産物により形成されています」
建造物や鍛冶、医療や学問など全て学者の残した書物によるもの。これらの書物が複写されて広まり、知識として身に付く。
そう、アルカナは語る。
情報屋は数回口を開け閉めして、言葉を探った。
「聖樹教会が隠すものは…………魔法や祈祷などの人を逸脱した力だと言うのか?」
情報屋から溢れた言葉は、無意識に近い疑問であった。
「違います。もっと他の何か…………はぁ、少し話が過ぎました。さっさと殺します」
アルカナは会話に飽きたように、溜め息を吐いて殺気を放つ。
十分に休んだ情報屋は、立ち上がった。鼻から垂れる血を拭って、構える。
「お前の言う事が本当なら、俺の依頼主にこれを伝えねばならん!」
「依頼主?依頼主がいるのですか?」
「それは黙秘させて貰うぜ?」
情報屋はへっと笑って誤魔化した。
アルカナはムスッと、目を細めて情報屋を見据えた。
「目的が変わりました。貴方から依頼主を吐かせます」
「やれるものならやってみろよ!」
情報屋はアルカナの四肢に視線を送る。アルカナの輪郭を沿っていた白い光は、既に分散して消えていた。
─────という事は、あの馬鹿力は出せない。
祈祷というものも使用していない。ならば祈祷を使用させる前に、決着をつける。
恐らく、判断は間違っていないだろう。
情報屋は地面を蹴って、駆け出す。
アルカナとの距離は一瞬にして縮まった。
アルカナは片脚を後ろに下げて、片刃剣を横振りする。
情報屋は左腕で片刃剣を防御し、弾く。すると、アルカナの腹部に隙が生じた。
情報屋はアルカナの腹部に、左脚を突き出した。
アルカナは難なく左足を受け止めた。
情報屋は左足を捻って、右脚を持ち上げてアルカナの横顔に蹴りを入れた。
「く──────…………ッ!」
蹴られたアルカナは右を向き、口内が切れたのか口端から血が流れた。
情報屋は後方転回をする。着地した瞬間に、地面を蹴って距離を縮めた。そしてアルカナの腹部を殴った。更に複数回腹部を殴り、最後に一撃手掌で腹部を殴り飛ばした。
「か─────…………ッ!」
アルカナは後方に吹き飛んだ。足から石畳に着地した。けれどそれでも勢いは止まらず、後方に下がった。
ようやく止まったアルカナは、肩を激しく揺らして情報屋を睨んだ。ぺッと血を吐き出した。
「貴方…………何をしたんですか?」
「何って…………俺の師匠から教わった武術だ。人体の内部に直接衝撃を与える」
「貴方の奥の手…………という訳ですか」
アルカナは情報屋の言葉に納得したように、片刃剣を構え直した。
情報屋は両手から鎖を解いて、中心にある輪っかに足を乗せて力を入れる。輪っかから鎖を外れて自由になる。再び左腕に鎖を巻いて、右手に鎖を巻く。
先程より動きやすくなった情報屋は、数回空虚を殴って構えた。
ドゴォォォォォン!!
互いが対峙していると、突如地面が揺れて爆音が轟いた。
「な、なんだ!?」
「なんです!?」
情報屋は兎も角、アルカナでさえ驚愕して周囲を見渡していた。
小石が天井からぱらぱらと降ってきた。
情報屋は石階段前に居る枢機卿に視線を移動させる。
──────彼奴は動いていない。という事は、彼奴の仕業では無い…………。たく、早く逃げなきゃってのに…………いや、今逃げられるか?でも、祈祷で追い付かれる可能性も…………。
情報屋は考えを巡らせながら、地下墓地全体を見渡す。
崩壊した墓石や苔の生えた墓石、石柱などがかつては地下墓地であったことを証明する。地下墓地の出入口はただ一つ。枢機卿が立っている石階段のみ。
「チ…………ッ」
どこにも逃げ場が無いことに、情報屋は焦燥感を抱く。結局、目先の敵を倒さねばならないのだから骨が折れる。
情報屋は眉を寄せて、アルカナを睨むのだった。
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