第19話 アルカナVS情報屋

 石階段から降りてきたアルカナは、無表情で情報屋を見据えていた。

 再び地下墓地へ戻した情報屋は、背中の疼痛を片目を閉じ、歯を食いしばって堪えていた。


「な、何をした!?あんな速さ…………人の範疇では不可能!貴様は何者だ!?」


 情報屋ははぁ、はぁと浅く呼吸しながら声を荒げて問う。

 アルカナの速さは人の範疇に収まらない。その速度はまさに光の如し。


「はは──────私が何者か?さぁ、なんでしょうね?」


 背筋を凍らせるような嘲笑をしながら、アルカナは自嘲ぽく呟く。

 無表情の美しい顔とは裏腹に、今のアルカナは悪魔のような薄気味悪い表情をしていた。

 情報屋は真っ直ぐ此方を見て、答えを待っていた。


「私は…………人…………ですよ。人でありたいのです」


 切実な願いを懇願するように、アルカナは顔を俯かせて繊細な声で呟いた。


「人でありたい?恰も自分が人では無いと言っているようでは無いか?」


 情報屋は鼻で笑って蔑む。

 アルカナはムスッと拗ねた表情を浮かべた後、直ぐに無表情に戻す。


「…………貴方には関係ありません。なぜなら、ここで死ぬからです」


 アルカナは決定事項を堂々と告げ、黒い片刃剣を握り直した。


「死ぬ?ふっ、まさか自分が勝てると思ってんの?まだ戦いは始まったばかりだろう?」

「いえ、貴方は確実に死にます。なぜなら、私に天啓が降りたからです!」

「ほざけ!」


 アルカナは地面を蹴って、駆け出した。

 情報屋の右手に再び、鎖武器が出るのを確認する。

 情報屋は長外套コートの袖から垂れ下がった鎖を持って、くるくると回転させる。

 アルカナは真っ直ぐ、情報屋へ向かって行く。


 ─────遠距離武器しか持たないのでしたら、近距離に対応出来るものは数少なるはずです。


 相手の武器を封じれば、此方が有利になるのは必然。アルカナは作戦を瞬時に立てて、実行に移した。


「ふっ!」


 情報屋は遠心力で鎖を飛ばす。

 アルカナに向かって、鎖が一直線に向かって来る。

 アルカナは首を傾げて、飛来した鎖を避けて情報屋に迫る。


「なるほど、先程と同様の…………」


 アルカナは鎖を避けた現状に既視感デジャブを感じて、その場に停止した。横を通り過ぎる鎖に手を伸ばして掴む。


「な──────…………ッ!?」


 前方で情報屋が驚く声が聞こえる。

 素早く流れる鎖を掴んだことにより、掌が焼けたように熱くなる。

 それでもアルカナは表情を一切変えず、鎖を掴んで情報屋の攻撃を止めた。


「これで…………貴方は何も出来ません、ね!」


 今度は此方の番だと言わんばかりに、アルカナは手に持った鎖を引っ張った。

 グッと引っ張られた鎖は、情報屋の長外套コートの袖口から流れるように出て来る。情報屋はその鎖を掴んだ。グンッと引っ張られた情報屋は、上半身が前に傾き転び掛けそうになるが、両脚を広げて堪える。


「クソ!女の癖に、なんて…………力だッ!」


 情報屋は歯を食いしばりながら、悪態を吐く。

 女性に力負けする男性など、彼からしたら嫌な事だろうと─────アルカナは思う。

 とはいえ、女性より男性の方が強いという道理は無い。偏見は時に地獄を見る事になるだろう。彼のように。

 アルカナは黒い片刃剣を逆手持ちにし、引っ張った鎖を突き刺して地面に繋ぎ止めた。


「うぉ────…………ッ!?」


 張っていた鎖が、上からの圧力で押された事により、情報屋は勢い良く前方に引っ張られて地面に転んだ。


 アルカナは黒い片刃剣を手放して、情報屋の元に駆け出す。

 転んだ情報屋は顔を上げて、走って来るアルカナを見て舌打ちをした。

 情報屋は鎖を持って、袖口から鎖武器を取り出しす。

 使い道が無くなった武器を、隠していても意味が無いと判断したのだろう。

 アルカナは情報屋の動作に、そう判断して更に加速した。


 情報屋の長外套の袖口からは、輪っかの部分から左右二対に分かれた鎖が出て来た。

 アルカナはその武器に視線を送る。


 ──────なるほど、一本の長い鎖では無かったのですね。


 アルカナは認識を改める。長いように感じたのは、恐らく錯覚の類か何かだろう。詳しい事は分からないけれど。


 倒れている情報屋は黒い片刃剣によって封じられた鎖ではなく、もう一方の鎖を投げた。

 その間に体勢を立て直した情報屋が、拳を握って構える。

 勢いに乗っているアルカナは、姿勢を低くして石畳の地面を滑るように十字刃を回避した。その時に、手を伸ばして掴んだ鎖を頭上で一回転させて後方に投擲した。


 後方に勢い良く飛来した鎖は、黒い片刃剣の柄に絡み付いた。


「チッ!器用な奴だな!大司教は!」


 情報屋は苦虫を噛み潰したような表情を向け、アルカナに迫る。

 アルカナは身体を捻って、鎖を引っ張った。柄に絡み付いた鎖が引っ張られて、地面に刺さった黒い片刃剣が抜けてアルカナの元に戻ってくる。

 それとほぼ同時に、情報屋の拳がアルカナの顔面に向けて打ち込まれた。

 情報屋の拳がアルカナの目と鼻の先にまで来ていた。

 アルカナは両脚を前後に開き、自分の身体の柔軟性を活かして、情報屋の拳を避けた。


「嘘だろ!?──────うぐっ!?」


 当たる未来像ビジョンでも、見ていたのだろう。しかしその未来像が外れて、情報屋は目を見開いて驚愕する。

 彼女が避けた直後に後方から黒い片刃剣の柄にが飛来し、情報屋の顔面に直撃した。

 大きく仰け反った情報屋を他所に、アルカナは起き上がって黒い片刃剣を握った。


「はぁぁッ!!」

「あぎぃ!」


 アルカナは気合いを入れるように、力強く叫んで黒い片刃剣の峰で情報屋の側腹部を殴り飛ばした。

 殴り飛ばされた情報屋は、地面を滑って転がった。


「カハッ!ゲホゲホ────…………ッ!」


 地面に倒れた情報屋は、咳き込んだ。


 ──────この程度ですか。


 アルカナは冷めた目で、情報屋を見る。

 もう少しだったのに。アルカナは残念そうな表情を浮かべ、情報屋に向かって歩いて行く。

 そして咳き込んでいる情報屋を見下し、右手に持つ片刃剣を持ち上げた。


「今─────楽にしてあげます」


 アルカナは片刃剣を無慈悲に振り下ろした。

 情報屋は歯を食いしばって痛みに耐え、脚を持ち上げて片刃剣を蹴って着地地点を変動させた。

 アルカナが振り下ろした片刃剣は、情報屋の頭頂部直ぐ上に落ちた。


「む」


 想定外の出来事にアルカナは、ハッとした。

 情報屋は跳ね起きて、直ぐさま裏回し蹴りをアルカナに打ち込む。

 アルカナは左手で情報屋の裏回し蹴りをバシィッと防御する。

 情報屋の右足の踵が、アルカナの左手に衝突しビリビリと手が痺れる。


 情報屋は防御される事は想定内のようで、裏回し蹴りをした右脚を石畳に着地し、左脚をアルカナの腹部に突き出した。


「く────ッ!!」


 アルカナは苦悶な表情を浮かべ、くの字に上半身を曲げて後方に蹴り飛ばされた。

 その衝撃で右手から離れた黒い片刃剣を、情報屋が空中で拾い、アルカナに向けて投擲した。


 疼痛を堪える表情をするアルカナは、身体を仰け反らせて片刃剣を回避する。ゆったりと盛り上がった左胸部が、水の入った皮袋のように弛んで低くし、そこを片刃剣が通り過ぎた。その後、石畳に両手を着けて後方転回をする。

 数回後方転回をしたアルカナは、地面に着地して情報屋を目尻を吊り上げて睨む。


 一方情報屋はへっ、と鼻で笑って獰猛な笑みをアルカナに向けていた。


「そんな服装で随分と身軽なんだな」


 情報屋は回避したアルカナを見て、関心気に呟いた。


「だが、さっきのお返しが出来て清々する。お前に一発入れたかったもんでね」


 情報屋は饒舌にペラペラと話す。

 騒々しい。アルカナは苛立ちを覚える。


「一発入れたくらいで調子に乗っているようですが、貴方が死ぬ事に何の変わりはありません」

「俺が死ぬ?まだまだ…………これからだろ?」


 情報屋は拳を握って構えた。

 アルカナは後方に刺さった黒い片刃剣を引き抜いて、真っ直ぐ情報屋を見据えた。














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