第18話 情報屋VS大司教と枢機卿
微か光源に照らされた二人は、情報屋の前に立ち塞がった。
一人は黒い髪をオールバックにして、黒い聖職者の装束に身を包む。首からは十字の
もう一人は
どちらも位の高い人物のようだ。
「聖樹教会の者か…………」
「いかにも。とはいえ、ここを管理するのは彼女だがね」
男は視線を横へ移動させ、隣の女性を見る。
「だから…………まぁ、害虫駆除は私の管轄外なのだよ。私自身、見逃す見逃さないの判断はしない。ここで彼女が君を見逃す判断をしたのならば、後に殺すだけの事だからね。どちらも…………ね?」
男はペラペラと
一方隣の女は、彼の発言にビクッと身体を震わせた。
「管轄外?…………なら、大司教はアンタでは無いのか?」
「私は枢機卿です。大司教は隣のアルカナ」
情報屋は鎖武器を構える。
枢機卿の発言からして、アルカナ大司教がどの選択をしても自分を逃すつもりは、あちらには無いらしい。であるならば、やる事は一つ。抵抗し、脱出するまで。
「アルカナ…………どうしますか?」
枢機卿は隣にいるアルカナに問う。
アルカナは逆手持ちした黒い片刃剣を、持ち直した。剣先が後ろから前へと変わる。
「逃がすつもりは…………ありません。聖樹教会の名の元に、侵入者には天罰を与えます」
「それは素晴らしい。では、私は階段付近で待っているよ」
「分かりました…………では、そのように」
枢機卿は身を翻して、コツコツと石階段の方へ向かって行った。
情報屋の前には、枢機卿を見送って、此方へ視線を移すアルカナが立ち塞がった。
「聖樹教会はなぜ、こんな非人道的な事をする?何が目的だ?」
「…………。侵入者にお答えするものは、何一つとしてありません。貴方に待ち受けるのは死です」
凛とした静かな声で、アルカナは情報屋に答えた。
「そうか、答えないか。なら、俺はアンタを殺してここから生きて帰る!」
「そうですか。どうぞ、お好きに…………私のやる事は変わりませんので…………」
情報屋は鎖を持って、回転させる。ぶんぶんと、空を切る音が聞こえる。
「ふん!」
身体の横で回転させた鎖を、頭上に持っていく。そして片脚を前に出して、鎖の先端に着いた刃をアルカナに向けて飛ばした。回転の遠心力が乗った刃は、一直線にアルカナへ飛来する。
アルカナは横に首を傾けるだけで、十字の刃を避けた。ビュッと鎖が風を切る音が、耳元で聞こえる。顔の隣で伸びる鎖により風が生じ、アルカナの髪が揺れる。
「ふっ!」
情報屋は右腕を右に持って行く。すると、その動作に相応するように鎖も右にズレて湾曲する。そして身体を捻って、右腕を左側に持って行く。
湾曲した鎖は鞭のように波打って、その威力を利用した刃は、アルカナの左側頭部を目掛けて飛来する。
アルカナは両膝を曲げて、しゃがみ込んで飛来した十字刃を回避する。
アルカナが身体を下にズラした瞬間、その頭上を十字の刃が通り過ぎた。
アルカナは地面を蹴って、低姿勢で情報屋に迫った。そして情報屋に近付いたアルカナは、踏み込んで跳び上がる。
情報屋の左側がガラ空きなため、アルカナは片刃剣を左手から右手に持ち替えた。
そして鎖武器は当分帰って来ないと見て、黒い片刃剣を振るった。
──────ガキンッ!
「!」
何も持っていなかった筈の情報屋の左手には、十字の刃があった。それも手の甲に。
アルカナの振るった片刃剣は、手の甲にあった十字刃に弾かれたのだ。
情報屋は仮面越しにニィと笑った。
「危険だが…………その分帰ってくる恩恵がデカイ!」
それもその筈。小さい面積の十字刃に当たらなければ、腕が切れていた。まさに諸刃の剣。
今のアルカナは隙だらけの状態。
情報屋は右手の鎖武器を巧みに操る。まるで鎖が生きているかのように動き、アルカナの持つ黒い片刃剣と、その右手に何回転もして絡み付いた。
「おりゃああああ!」
外したくても外せないアルカナは、そのまま情報屋の思うがままに回転し始めた。
アルカナはぐるんぐるんと回転し、数回転してからアルカナを投げ飛ばした。
ドゴォォォォン!!
轟音と共に、アルカナは墓石に衝突した。
情報屋は砂塵舞う場所から、鎖を引っ張って鎖武器を回収する。回収した鎖武器を身体の線に沿うように、忍び込ませる。とはいえ肉体に直ではなく、
「よし!今のうちに!」
情報屋は出入口で待つ枢機卿の元に走り出した。
多少の隙が生まれればそれでいい。逃げられる時間を稼ぐ。
自分が狙っていたのは、勝ち負けでは無い。最初から逃げる事だけを考えていた。
─────墓石に衝突したんだ。そう簡単には、起き上がって来れないだろう。
怪物なら兎も角、ただの人ならば起き上がる訳が無い。例えどれ程強靭の肉体であろうと、数分は痛みで起き上がれない。
─────その痛みは経験済み。俺の場合は岩に、だが。
岩も墓石もどちらも硬く、強固なものだ。なにより、地下墓地の墓石は岩石で出来ている。
情報屋は出入口の階段前にいる枢機卿を視認する。元から階段前に彼がいることは知っていた。だから、どうという話では無い。
先程と同じ。隙を作る。ただ、それだけでいい。
「おやおや…………」
枢機卿は首を横に振って、やれやれと言った様子だ。しかし構える仕草をせず、ただただその場に立っているだけであった。
情報屋が直ぐ目の前まで来たというのに、一歩も動かない。
情報屋は最大限に警戒しながら、枢機卿の横を通り過ぎて階段を登って行く。
─────なんだ?なぜ、
情報屋は何も手出ししない枢機卿に疑問を抱きつつ、石階段を駆け上がる。
地上の明かりが、石階段の最終階段を照らす。
情報屋はその明かりを目指して、駆け上がる。
────脱出まであと少しだ!
自然と駆け上がる脚も早くなる。
刹那、情報屋の目の前が真っ白に輝いた。
情報屋は目を細めて、片腕で目元に影を作った。
──────なんだ?
真っ白に輝く中、黒い人影が此方へ向かって来るのが見えた。その人影が近付くに連れて、次第に輪郭がくっきりとなった。
「なっ──────!?」
情報屋は目を見開いて驚愕する。
その人影の正体は黒い片刃剣を持つ女性、アルカナであった。
──────墓石に衝突したばかりだろ!?もう復活したのか!?
驚愕する情報屋を他所に、アルカナは無言で蹴る。
アルカナの脚が当たる瞬間、情報屋は辛うじて腕で防御の姿勢をした。しかしその威力は凄まじく、情報屋は後方に蹴り飛ばされた。
「ぐあぁ!?」
蹴り飛ばされた情報屋は、階段の下まで落ちて石畳の地面に勢い良く衝突する。
「カハッ…………!」
背中から石畳の地面に叩き付けられた情報屋は、肺から空気が吐き出されて酸欠状態となる。目がチカチカする。
それでも情報屋は歯を食いしばって、後転逆立ちして姿勢を立て直す。その時に、情報屋の顔から
後方に跳躍して、石階段から距離を取った。
「はぁ…………はぁ…………」
情報屋は肩を激しく揺らして、荒い息を吐く。視線は真っ直ぐ、石階段の方へ向けた。石階段の隣には相変わらず、傍観者に徹している枢機卿の姿が映る。
一方、石階段の方からはコツコツと足音が響いてた。
アルカナが最後の段差を降りて、此方へ向かって来る。
その姿をよく見れば、
整った顔に、白い瞳を此方に向けていた。
♢
数刻前、墓石に衝突したアルカナは崩れた墓石に手を掛けて上半身を起き上がらせた。
カン、カラン。
上半身を前に倒した事により、顔を覆っていた仮面が地面に転げ落ちた。
劣化していたのか、仮面の帯革が切れたようだ。
──────身体の痛みは…………ありませんね。
アルカナは身体に触れて確認する。
そして隣にある黒い片刃剣を握って、立ち上がった。
砂塵が晴れて、周囲を見渡す。
──────む、侵入者の姿が見当たりませんね。
石階段の手前にいた枢機卿とアルカナは目が合った。
枢機卿が石階段の上を顎をしゃくって示す。
─────見逃した…………という訳でも無さそうですね。私への信頼…………ですか。
嬉しいのか、嬉しくないのか曖昧模糊な感情を抑えて枢機卿に頷いて応えた。
「彼は…………上ですか…………」
走って向かっては間に合わない。その前に右翼廊に出てしまう。つまり、その前に此方へ戻さなければならない。
アルカナは考えをまとめて、一呼吸する。
「《───────》」
アルカナはボソッと呟いた。その声は自分でも聞き取れない声量であった。
全身の輪郭を沿うように、白い光が足元から頭頂部までを覆った。
そしてスっと脚を前に踏み出したアルカナは、姿を消した。
実際は姿を消したのでは無く、視認出来ないほどの速度で走っているだけに過ぎない。
それは正しく光の如く。
光の線が、枢機卿の隣へ一瞬にして辿り着く。そして石階段を螺旋状に、光の線が駆け上がって行く。
情報屋をあっという間に追い抜いて、情報屋の前に出現したのだった。
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