第16話 赤い女
朝なのか、昼なのか、または夜なのか。変化の無い、暗雲立ち込める曇天では分からない。何日経過しているのかも分からない。
そもそも時間感覚など、この世界に住むものは自然と失われている。
彼らにとってそれが当たり前であり、むしろ太陽というものを知らない。天文学書という“学者”が作った書物を見て知識はあるけれど。つまるところ、彼らの知識は“学者”の遺した書物から得た上辺だけである。
原理や成り立ちなど、知る由もない。彼らは知っているようで、知らないのだ。
【宇宙外生命体の観測より】
♢
ティアとルカが翁の元へ向かって、ルカの新たな右腕を製造している頃。
情報屋はティアの依頼を受けて更なる情報を求めて、聖樹教会の近くに潜伏していた。
赤い
何時もの彼の装いだが、仕事着でもあるのだ。
「吸いてぇなぁ…………」
葉巻を吸いたい気持ちを抑え、情報屋は物陰から静かに聖樹教会を見ていた。
何も動きは無い。むしろ、聖樹教会は静まり返っていた。
─────中を覗けたら楽なんだけど。
外からの情報は余りにも少ない。なにより、聖樹教会には窓が存在しない。あるのは色硝子を組み合わせたり、色を塗ったりして模様や絵を表した板硝子のみ。それでは中を覗くことも出来ない。
中を覗く方法があるとすれば、聖樹教会正面の扉のみ。危険を伴う。入口が正面の扉のみということは、教会関係者もそこから出入りしているということ。
「一か八かか?」
情報屋は賭けに出ようと物陰から、一歩前に脚を踏み出した。
「待て…………そこのお主」
「!」
刹那、情報屋の背後から麗しい声が聞こえた。
情報屋は急いで振り返り、後ろを見て驚愕する。
そこには女性がいた。女性が此方へ歩いて来ていた。
「誰だ?」
情報屋は構えて、最大限の警戒をしながら問うた。内心は驚愕しているが、平常心を装う。
もしかしたら、聖樹教会の関係者かもしれない。
──────
思考をぐるぐると巡らせる情報屋を他所に、高貴な女性は影から徐々に姿を見せる。
「うむ。妾を権力者と見たようじゃな?ハズレでもあり、当たりでもある。じゃが、安心せい。妾は教会の者では無い」
「!」
思考を読まれた情報屋は、目を大きく開き驚く。しかし直ぐに目を細め、警戒を強めた。
コツコツと石畳を蹴って、高貴な女性は情報屋に近付いた。
光が当たり、高貴な女性に色がついた。
赤い高貴な
目が奪われる程の美貌であった。情報屋も例外では無い。他に人がいれば、全員が高貴な女性に視線を持っていくだろう。
高貴な女性は腰に手を置き、真っ直ぐ情報屋を見つめた。
その視線に情報屋は、一瞬ドキッと胸を高鳴らせる。
絶世の美女に見つめられたら、誰でも胸が高鳴るだろう。不可抗力であり、生理的現象だ。
「さて、質問に答えてやろうかのう?妾は…………ニ҈̡̲̬̪̆͗̀̉͝ャ҉̡̗̘͖͎̝͂͊͒́̀̿͡………うむ。お主の助言者とでも名乗ろうかのう?」
情報屋は首を傾げた。
─────なんだ?一瞬、聞き取れない部分が。いや…………違う。身体が震えるような。そう、恐怖のような感覚…………なんだったっけ?
経験のしたことのない感覚に襲われた情報屋は、その感覚が何か考えようとする。しかし情報屋は、既にその感覚を忘れていた。
それよりも、彼女の正体について情報屋は疑問に思った。
「助言者とは?」
「お主を導く者とでも、思ってくれ。だから、お主を導いてやるぞ」
「俺を…………導く?」
「うむ。早速じゃ、導いてやろう。お主は教会の情報が欲しいんじゃろ?」
此方が求めているものを、あちらは知っているようだ。
高貴な女性は、情報屋が求めているものを確認するように問う。
────ならば、嘘は必要ない…………か。
情報屋は「あ、あぁ…………そうだ」と戸惑いながらも応じた。
「うむ。今現在、あの教会はもぬけの殻じゃ。侵入するなら今やぞ?」
「なんだと!?なぜ分かる!?」
予想外の発言に、情報屋は驚愕する。思わず、感情が表に出てしまうほどであった。
情報屋は緩んだ警戒心を再び強めて、助言者を見た。何か怪しい動きを見せた時に直ぐに対処できるように、袖口から鎖武器の先端の刃を覗かせる。助言者には見えないように。
情報屋とは対照的に、助言者は肩の力を抜いて悠々としていた。
「はははは!威勢が良いのは嫌いじゃないぞ?じゃが…………こんな下らない話をする暇があるなら、さっさと侵入したらどうじゃ?」
ケラケラと愉快そうに笑っていた助言者は、雰囲気を変えずに声を低くした。
「あ、あぁ…………そうだな。俺は侵入させてもらう」
圧せられた情報屋は、静かに頷いた。
情報屋は踵を返して助言者に背を向けて、一歩脚を前に出した。
「あ、待て。言い忘れておった」
歩き出した情報屋を、助言者はまた呼び止めた。
情報屋は肩越しに振り返って助言者を見た。
「入って身廊を真っ直ぐ進んだ先に、像が置かれてある。そこを右に曲がるのじゃ。そこにお主の求めるものがある」
「なぜ、聖樹教会の内部構造を知っている?そもそも、なぜ俺に接点した?俺が侵入する前に聞かせてくれ」
詳細の内部構造を知っている助言者に、情報屋は疑いの目を向ける。
「言ったじゃろ?妾はお主の助言者と。それ以上でも、それ以下でも無い」
高貴な女性は首を傾げて、さもありなんといった様子であった。
「そうか。じゃあ…………俺は行く」
「うむ、気を付けるのじゃぞ?」
情報屋は視線を前に戻して、歩いて行った。
一方、助言者は彼の道行を案ずるように呟くが、その表情は全くの別物であった。両端の口角を吊り上げて、邪悪の笑みを見せていた。人の口角のそれでは無かった。
「クククク…………」
喉を鳴らして、邪悪に笑う。
彼は気にしていないだろうが、その後ろでは黒く、或いは赤く蠢く何かが影へと消えていく姿があった。誰も見ていない。見ていたとしても、それを認識出来るものがいるのだろうか。そもそもここには、外出する人が居ない。
─────何の疑いも無く、素直に行きおった。愉快、愉快。やはり、人間は面白い、御しやすい。
─────トプン。
影に蠢く何かは、水の中に潜るように影へと沈んで行った。
♢
情報屋は聖樹教会へ吸い込まれるように近付いて行く。後ろを振り返らず、ただ一点を見て。その一点とは、聖樹教会の扉だ。
静寂に包まれたアガルタ王国では、自分の足音しか聞こえない。それは今も昔も変わらない。外に出る人が居なくなってから、ずっと変わらないのだ。
その影響なのか、情報屋は孤独感に襲われていた。
重々しい重圧感のある聖樹教会の扉の前にやってきた情報屋は、生唾をゴクリと飲み込んだ。
その扉から感じられるものは、神気のように神々しいものでは無く、もっと禍々しいように感じ取れた。
教会から放ってはならない、邪気のようなもの。
─────教会…………なのか?ここは、本当に…………。
情報屋は目先にある建物が、教会なのかどうか疑いの目を向ける。しかしここは紛うことなき、聖樹教会の入口である。
これから侵入する場所は地獄か天国か、或いは深淵か。
─────行くしかない!俺の求めている答えが、そこにあるのだから。
不安と恐怖、孤独を抱きつつ、聖樹教会の扉に情報屋は両手で触れた。
そして一呼吸置き、心を落ち着かせてから情報屋は両手で聖樹教会の扉を開けるのであった。
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