第15話 新たな右腕
「ん…………」
重い瞼を開けて、藍色の瞳を覗かせた。目に映ったのは曇天の空では無く、木の天井であった。見慣れた天井。
ルカはいつも通りに身体を起こそうと、左手を着いて半身を起こす。そして右手で身体を支えようとした瞬間、身体が傾いて再び仰向けになってしまった。
「?」
何かが変だ。
ルカは右腕を持ち上げて、顔まで持っていく。そして、目を大きく開けて驚愕した。
ある筈の右前腕部から手に掛けて、欠損していたのだ。
「いっ!」
失った右前腕に、あたかもあるような痛みが走った。刃物で裂かれるような、電気が走るような疼痛だ。
「あっ…………うっ…………」と痛みに耐える声がルカの口から漏れた。
「ん…………ルカ?」
隣で寝ていたティアが目を覚まし、目を擦りながら身体を起こした。
ぼやけた視界が晴れると、そこには横になったまま右前腕を抑えているルカの姿があった。
「大丈夫か?」
「いっ、痛い…………」
ルカは苦痛な表情を浮かべて、ティアを見た。痛みに耐えるように、もぞもぞと動いていた。
「その痛みは
ティアは淡々とルカに伝える。そしてルカの身体を持って、起き上がらせた。
「放浪騎士に腕を切られたんだ。利き手が無くなって…………不自由だと思うが…………な、慣れてくれ」
ティアはなんと言葉にしていいのか、分からなかった。辛うじて出た言葉を告げるが、
一方でルカは、ティアの言葉を素直に受け取っていた。ルカの意識は直ぐに失った腕より、他に向けられていた。
「武器…………持てるかな?」
「え─────」とティアはルカの突拍子の無い発言に驚愕する。
─────もう、闘うことについて考えているのか!?
ティアは戸惑いを隠せなかった。余りにも早い切り替えに、此方の感情が追い付かない。
「あ、それなら…………あの翁に義手を作って貰おう」
「義手?」
「失った腕の代わり装着する人工の腕のことだ」
「…………うん」
ルカはティアから提示された案を、頷いて肯定する。
そこからの行動は早かった。
ルカは寝台から立ち上がって、支度の準備を進める。流石に片腕だけとなると、時間が掛かるし不格好になってしまう。だからティアに手伝って貰いながら、支度を進めた。
特に苦戦を強いられたのは、大剣を背中に背負う事であった。身体に固定する
そうこうして準備が整った二人は、早速翁の元へ向かったのであった。
♢
「ったく、いきなり来たかと思えば…………嬢ちゃんの義手を作って欲しいだぁ?」
翁は開口一番、悪態を吐いた。
要件だけ述べたティアは「そうだ」と頷いて、腕を豊満の胸の下で組んで翁を見ていた。
「
「なんだ?」
「俺は義手を作るのは初めてなんだ。上手くできるかわからん」
「それでも…………いい。貴方に…………作って…………欲しい」
ルカは翁に真っ直ぐ藍色の瞳を向けた。
藍色の瞳を真っ直ぐ向けられた翁は「うぐぐ…………」と唸った。
当の本人から言われたら、何も言い返せない。なにより、依頼されたのならそれに応えてやるのが職人ってものだ。
「畜生め!作ってやらァ!その代わり、不格好になっても文句言うなよ!」
「あぁ…………何も文句言わない。な、ルカ?」
「うん!」
ルカは元気良く頷いた。
その隣にいたティアも、微笑ましい顔をして翁を見ていた。表情筋が固く、然程変わらないが…………。
二人から向けられる表情が、翁にグサグサと刺さる。顔を歪めて、溜め息を吐いた。
「おい、嬢ちゃん!こっち来い!
翁は片手でルカに手招きしながら、散らばった道具の中から必要な道具を探していた。
ルカは「うん!」と頷いて、ティアの顔を見た。
「ティア…………行ってくる」
「──────行ってらっしゃい」
ルカから向けられた笑顔に応えるように、ティアは少し口角を上げた。
ティアの言葉に背中を押されるように、ルカは翁の元へ駆けて行った。
ティアは身を翻して、壁に向かって歩く。そして壁に体重を預けて、ルカの様子を眺めていた。その姿はまるで、母親のようであった。それを当の本人が理解しているのかは、いず知らず。
「まったく、ティアの嬢ちゃんも不器用なこった」
尻目に様子を伺っていた翁は呟いた。自分の事は自分がよく知っていると言うが、それは認識していれば分かると言うだけのこと。認識してない無意識な事を、どうやって知るというのだ。
翁は意識をティアからルカに移して、欠損した右前腕部を計測し始めた。
計測が終われば、次は義手の土台となるモノを制作する。その制作が終了次第、前腕部から手を造る。
鍛冶師という職業故に、機能性を考えない。着け心地やら何やらを気にする暇は無い。そしてやはり鍛冶師だからこそ、遊び心を加えたいのは性というもの。砲撃したり、矢が射撃できたり、通常では無い機能を付けたい。
だから、その辺が取り付けられるか否かは翁の好みであった。
「うし!出来たぞ!」
翁が額の汗を手の甲で拭いながら完成を告げるまで、数十時間経過していた。その間、ずっと待っていた二人はそれぞれで居眠りをしていた。
ルカは金床に突っ伏して寝ており、ティアは壁に体重を預けて立ち寝していた。
「
ガンガンと近くにあった金槌で、炉の側面を叩いて二人を起こす。
ティアは静かに瞼を開けて、深紅の瞳を覗かせる。そしてルカの近くへ歩いて向かった。
ルカは身体をゆらりと起こして、片手で目を擦りながら翁を見た。
「出来たぞ」
「本当!」
翁は義手が出来たことを改めてルカに伝えると、直ぐにルカは目を輝かせて椅子から立ち上がった。
「着けてやっから…………」
翁はルカの前腕部に義手を取り付けて、
そうして出来上がった義手は鉄の燻んだ色をしており、重厚感のある作りとなっていた。欠損部位は前腕部だというのに、肘まで義手に覆われていた。
「不格好にも程があるだろ……………ましては女の子だぞ?」
「あぁ?そりゃあねぇよ、ティアの嬢ちゃんよぉ!文句は無しって話じゃねぇのかよ!」
翁の出来に文句無しという契約の元、義手を製作したというのにティアに文句言われれば喧嘩が起きよう。
「そうは言ったが─────」
「かっこいい!…………凄く…………良い」
そんな二人を他所にルカは、新しくなった右腕に目を輝かせていた。
それを見た二人は、お互い顔を見合わせてから「はは」と笑い出した。
本人が気に入っているのだ。他が口出すのはお門違いだろう。
「一つ機能を付け足しておいた。此処を押して…………」
義手の手首にある
ガチャガチャと金属音を奏でながら、義手が変形した。前腕が開いて、中から大きな管のような物が飛び出す。
「それは?」
ルカより先に、ティアが翁に問うた。
翁は鼻先を擦って、自慢げな表情を浮かべた。
「こいつはなぁ…………本来の殴りより数倍、いや…………数十倍威力を跳ね上げてくれる装置だ」
推進剤が内蔵されており、推進力を利用して爆発的な威力が出せる。それは文字通り、怪物ですら粉砕できるかもしれない程の威力。
怪物と戦う彼女には、必要な火力だ。
「数十倍だって!?ルカの身体が持たないんじゃないか?」
強力となるその一撃は、大きな代償を得る。何にも因果関係があるように、力を得るのにはそれ相応の代償が必要なのだ。
それを理解している翁は、ティアの疑問に静かに頷いた。
「そうならねぇように、日々の訓練は怠らずに…………だな。まぁ、嬢ちゃんなら大丈夫だと思うがな」
ティアは物言いたげな目を、翁に向ける。
翁はティアに視線を合わせないようにしながら、誤魔化すように義手を弄って元に戻した。
「注意する点が幾つか存在する」
翁は険しい表情をして、低い声で二人に言う。
その雰囲気からか、二人とも真剣な表情に変わる。
「一つ目、扱いづらいが威力が桁違いに高い」
翁は指示を一本立てる。
それを見ながら、翁の言葉に二人は頷く。
「二つ目、衝撃が強く仲間に被害を及ぼす可能性が十分にある事。それと自分にも被害が及ぼす可能性がある。例えば…………爆発とか」
翁は中指を立てる。現在指が二本立っている。
二人は真剣な表情を浮かべて頷く。
「三つ目、段階が分かれているが…………最大火力での攻撃可能までに
翁は環指を立てる。現在指が三本立っている。
ルカが頷く。自分の事だからだろう。
「四つ目、実用性が低いことと、至近距離でなきゃ意味を成さない」
翁は小指を立てる。現在指が四本立っている。
「最後に五つ目、一回しか使用できないことだ」
「は?それはどういう意味での一回だ?」
ティアは眉を寄せて、険しい顔を向けながら問う。
確かに彼女の問いには頷ける。一回と言っても、戦闘時に一回なのか。打ったら最後、文字通りそれ以上永久的に打てないのか。その二つが存在する。
翁はしっかりとその事を伝えるべく、ティアの問いに答えた。
「最大火力で使った場合だけは、一回だけしか使えない。熱が冷めるのに、時間が掛かるからだ。後は壊れたり、中に内蔵されてある推進剤が不足したらそれで終わりだ。永久的に使えない。ただの義手になる」
翁はしっかりと二人に注意事項及び、ティアの質問に応えた。
ティアは腕を豊満な胸部の下で組み、強調させながら真っ直ぐ此方を見る。
「不足したらって事はまた、その…………なんだ?」
「推進剤」
「そう!それを付け足せば良いのでは無いのか?」
ティアは先程の説明の中で、疑問に思った事を翁に迷い無く問う。
なんでも分からない事は分からないと正直なのはいい事だ。翁はティアを内心褒める。
それとは裏腹に翁は溜め息を吐いた。「それは無理な話だ」
「どういうことだ?」
翁の呆れた表情を受けながら、ティアは首を傾げた。
「今入れた推進剤が、最初で最後の一本だからだ。製造方法は知らん」
翁はさもありなんと言った調子で答えた。
それを受けたティアは軽く唸る。何かを考えた後に、ティアは肩を下げて溜め息を吐いた。
「それにしても、欠点多過ぎるだろ?」
その通りであった。火力は三段階で分かれているとはいえ、欠点が多過ぎるのは自分でも分かっていた。だが、辞められないのが男の性というもの。なにせ、
─────師匠。俺は初めて義手を作って、それに浪漫を付け足したぞ!
翁は拳を握って天に向けて掲げた。
突然摩訶不思議な行動をした翁に、ティアとルカはビクッと身体を跳ねらせて後ろに一歩後退した。
「な、なんだ?ど、どうした?」
ティアは危ないものに触れるかのように、恐々と問う。
「気にするな!男の浪漫を詰め込んだ傑作だ!だからそれ以上欠点が多いなど言うな!」
翁はティアに向けて親指を立てた。
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