第14話 目覚め

「ルカ!───────いっ」


 ティアは名前を呼び、バッと勢い良く起き上がった。勢い良く起き上がった影響でズキッと左側腹部に痛みが走り、ティアは苦痛な表情を浮かべた。片手で左側腹部を抑えながら、周囲を見渡す。

 そこは怪物と対峙していた場所では無く、いつも泊まっている宿であった。

 ティアの対面にある寝台の上には、ルカが眠っていた。


 ─────確か…………あの騎士を倒して…………それから…………。


 それから…………─────記憶が無い。

 放浪騎士を倒した後の記憶が皆無であった。


「誰かが運んだ?」


 ティアの残っている最後の記憶は、外であった。なのに、目が覚めたら外では無く室内だった。そこから導き出される答えは、誰かが運んだ以外思い当たらない。


 ──────いや、それよりも…………。


 ティアは寝台から降りて、ルカに近付いた。そして布団を捲って、容態を見る。

 見る場所は右腕。ルカの右前腕部は欠損しているが、処置した後のようで包帯が巻かれていた。


「誰かが治療したのか?」

「お、目が覚めたか?」

「!」


 突然声がしたので、ティアはバッと振り返って扉の方を向きながら警戒した。

 そこには扉を開けた男の姿があった。赤い帽子ハットに赤い外套コート、伊達眼鏡を着こなした青年という印象を与える。


「いやぁ…………君達二人を運ぶのは骨が折れたよ」


 男は何食わぬ顔で、ズカズカと部屋に入って寝台に腰掛けた。

 警戒しているティアは、ルカを背中で守るように男と向かい合う。


「おいおい、そんなに警戒すんなよ。君達二人共…………特に後ろの子なんて死ぬ寸前だったんだぜ?こっちは助けてやったんだぞ?敵意を向けるのはお門違いだろ?」


 男は両手の平をティアに見せて、ティアを落ち着かせる。

 ティアは男の言葉に納得し、警戒を緩めた。


「…………そうだな。助けてくれてありがとう。だが、女性の部屋にノックも無しでズカズカ入って来るのはどうなんだ?」

「いやぁ…………それはそうだな。起きているとは思ってなかったんだ!」


「すまん!」と男は頭を下げた。

 ティアは男の言葉に、何処か引っ掛かりを感じた。


「待て、ここに運んで何日経過している?」

「あ?そうだなぁ…………三日程かな?」

「三日だと!?」


 ティアは驚愕の表情を浮かべて、声を荒げた。ハッとティアは我に返り、ルカが寝る寝台に腰を落ち着かせる。


「お前がルカの治療をしたのか?」

「まぁ、そうだな。止血と消毒ぐらいだが、治療したとも。こう見えて、知識くらいはある。師匠に嫌という程教わった」


 男は何処か懐かしむような声色で応えた。懐から葉巻を取り出して、口に咥える。


「吸っていいか?」

「外で吸え」

「…………死ねってことか?」

「ここで吸うくらいならな」

「チッ、つれねぇなぁ。せっかくの美人なのに、もったいねぇ」

「お前は優美デリカシーが無いな」

「オマケに痛い所を突くあたり、人が良くねぇ」

「お前にだけは言われたくない」

「チッ!ああ言えばこう言うだ!畜生め。分かった分かった、ここでは吸わん」


 男は葉巻を口から外して、懐にしまった。ガシガシと後ろ髪を掻いて、寝台に倒れた。


「もうちょっと性格が良けりゃあ、惚れそうなんだがなぁ…………」

「恋愛は興味無い。それより、お前は何者だ?」

「ん?名乗ってなかったっけか?」


 男は起き上がって、ティアを見た。

 ティアは頷いて、男の言葉を肯定する。


「情報屋だ。お前…………俺に依頼頼んだろ?聖樹教会の件」

「あー…………そういえば頼んだな。忘れてた」

「おい、忘れんな。まぁ…………それはいい、結論から言うが分からなかった。聖樹教会について、詳しい事は分からなかった」


「だが…………」と情報屋は言葉を区切った。男は表情を固くし、真剣な表情を浮かべる。


「幾つか、情報を手に入れた」

「ほう…………」


 ティアは豊満な胸の下で腕を組んだ。それにより、豊満な胸がより強調された。

 情報屋はその胸に視線を一度持っていき、直ぐに視線を外してティアの顔を見る。

 ティアはじとっとした目で、情報屋を見ていた。

 胸を見ていた事がバレた情報屋は、不自然に笑みを作って誤魔化す。さらに意識を逸らすように、得た情報を提示する。


「あ、え、そ、それはな!大司教が孤児を連れて、教会の中に入って行ったんだ!」

「どういう事だ?それの何処が問題なんだ?」


 さらに、情報屋はそれから意識を逸らすように得た情報を提示した。

 案の定、情報に食い付いたティアは詳細を求めた。

 予想通りことが運んだ事に情報屋は安堵しつつ、心を落ち着かせて真剣な表情をした。


「アガルタ王国の聖樹教会を仕切る大司教は知ってるだろ?」

「勿論、それくらいなら…………」

「その大司教は親を失った孤児を、大事に育てているんだ。だがな、そんなこと欺瞞なんじゃないかと疑ったよ。なぜなら、無理矢理襟元を掴んで教会内に連れていく大司教の姿を見たからだ」

「何かの罰か?」

「俺も最初、そうなんじゃないかと…………ただの罰として教会に連れて行かれて、神の下で懺悔するのかと思っていた。でも、違った」

「違った?」

「あぁ…………連れて行かれた孤児は、帰って来ていないんだ。それも今日で二日だ」


 情報屋の声は少し震えていた。

 そんなに辛い罰なのか、或いは他の何かなのか。どちらにせよ、聖樹教会がより疑い深くなったのは明白だ。


 ──────やはり、何かがあるのか?隠さなければならないほどのものが?いや、そもそも元を辿れば、聖王国が謎多き国。教会の謎が多くなるのは必然か?


 ティアは顎に指を宛がって、思考を巡らせる。


「お前が見ていない間に帰ったという事は無いのか?」

「無い。孤児院まで見に行ったが、その子の姿が見当たらなかった」

「そうか。なら、本当に帰って来てないんだな…………」

「お前が知りたいなんて言わなれば、あんな恐ろしい場所になんぞ行きたかねぇよ!」

「お前…………情報屋だろ?情報屋が言って良い台詞じゃないぞ?」


 ティアは情報屋に呆れた口調で返した。

「怖いもんは怖いんだよ!」情報屋はティアに反論した。


「他に情報は無いのか?」


 ティアは更に情報を求めた。

「ある」情報屋はティアに呆れつつ応えた。


「聖樹教会の側面付近を探索していた時に、中から男の悲鳴が聞こえたんだ。聖樹教会の壁はかなり分厚いのに、外の人間に聞こえる程の叫び声。中に入れば耳を劈く程の声量だ」

「…………教会聞こえる声にしては、歪だな」

「そうだな。神の唄では無く、人の悲鳴なんてな」

「謎が増えた…………」

「俺の得た情報はここまでだ」


 情報屋はベットから立ち上がって、扉へ歩いて行く。

「もう行くのか?」ティアは情報屋を目で追いながら、その背中に告げる。

 情報屋は扉の前に辿り着くと、肩越しに振り返ってティアを見た。


「なんだ?まだ、情報を取ってこいとでも?」

「お前も気になるだろ?追加料金だ。受け取れ」


 ティアは母指で銀貨を弾いて、情報屋に渡す。

 情報屋は振り返って、ティアから飛んで来た銀貨を受け取る。


「まぁな、気にならないと言えば嘘になる。だか、怖いというのも事実だ」

「分かってる。だが、暴かなければならない」

「なぜ、そこまで真実を知りたがる?」

「…………分からない」

「分からない?」

「もしかしたら私は、この世界の価値を知りたいのだと思う。今まで価値を見出せなかったが、真実を知れば価値が生まれるやもしれん。私は半端者だからな、理由なんて直ぐに変わるのさ。だから、これが本当の理由というものが無い」


 ティアは暗く沈んだ声で応えた。ティアは両手を組み、前屈みになって床を眺めていた。

 その姿を情報屋は目に映す。彼が映し出す彼女は、何処か寂しそうであった。


「あーでも、ルカの正体を知りたいという気持ちは本当かな?」

「その少女の過去?」

「記憶喪失なんだ。何も覚えていない。ルカ自身も自分の事を知りたがっている。それに応えてやりたいというのも、あるのかもしれん」

「それと聖樹教会にどんな関係が?」

「知らん。でも、ルカが鍵な気がする。私の勘だがな。とはいえ、彼女の行く末を見たい」


 情報屋は銀貨を懐にしまった。そして身を翻して、扉の取っ手に触れた。


「半端者…………か。お前みたいのが、一番人間らしくて良いな」

「ん?何か言ったか?」


 ティアは顔を上げて、情報屋の背中に視線を移した。


「いや、何も言ってない。取り引きは引き受けた。追加の情報を得てみるよ」

「助かる」

「じゃあ、俺はここいらでおさらばだ」


 情報屋は別れの挨拶を済ませて、取っ手を捻って部屋を後にした。

 ティアはその背中を見送った後、ルカに視線を移した。

 ルカはまだ眠っており、スゥースゥーと寝息が聞こえる。

「もう一眠りするか」ティアはルカの横に身体を倒して瞼を閉じた。










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