第6話 ルカの修行②

「え?この世界の事を知りたい?」


 修練場から帰還した二人は、酒場で夕食を取っていた。

 そして夕食を取ってる間に、ルカはティアにこの世界について問うたのだ。記憶が無いからこそ、知りたいのだ。


「うん…………わ、分からない…………こと、だらけ」

「そうだな。私の知る範囲を教えてやる」


 ティアは杯に入っている残り少ない葡萄酒を飲んで、喉を潤す。


「前も説明した通り、世界の中心には世界樹、宇宙樹、或いは世界樹ユグドラシルと呼ばれる巨木が生えている。この世界に生きる全てのものはこの世界樹で生まれ、世界樹に還ると言われている。そしてかつて、四つの国が存在した」


 ティアは麺麭パンを齧って、話に区切りを付ける。

 ルカもティアの話を聞きながら、食事を取る。


「一つは今現在滞在している国、アガルタ王国。比較的、まともな王が統べている。二つ目は私の目的である聖樹教会の本拠地、聖王国。三つ目はニール王国。あそこには絶対に行くな。腐っている。そして四つ目はサリウス王国。既に滅ぼされた国だが、難民が移住して新たに暮らしている。古代では人間以外に種族が居たらしいが…………私の友人以外他種族は知らないな」


 ティアは再び、麺麭を齧った。


「こんなところか?私の知ってるこの世界のことは」


 もぐもぐと咀嚼しながら、ティアは自分の知ってる事をルカに話した。


「灰…………を吸うと、なんで…………怪物に?」

「分からん。世界樹ユグドラシルの影響か、聖樹教会の仕業か。そのどちらかだと思うが、分からんな」


 ティアは素っ気なく、即答した。

 食べ終わったティアは、席から立ち上がった。


「部屋に戻るぞ」

「うん」


 ルカも席を立って、ティアの後を追従する。

 木の階段を登り、二階へ向かう。二階の廊下の窓からは、外の景色が見える。

 ルカは窓から外の景色を眺めて、自室を目指す。


 夜だと言うのに昼間のように明るく、曇天の空模様が何処までも続いていた。今の時刻は本当に、夜なのだろうか。ここに住まう人達は、それが当たり前なのである。ただ一人、ルカを覗いて。


 とはいえ、夜が無く昼間しかないと言われても、特に慌てふためくほどの感性は今のルカは持ち合わせていない。

 だからルカは、何も感じずに部屋の中へ入って行った。


「先に身体洗え、砂まみれだろ?」


 そう言ってティアは、寝台ベットに腰を掛けた。その横に、自分の外套コートやら仮面マスクやらを置いた。

 ルカは頷き、その場で服を脱ぎ始めた。女性同士だ。何も気にする必要は無い。

 裸体になったルカは、部屋の横にある扉を開けて風呂場に行く。


 四畳くらいの広さの風呂場は、タイルが敷き詰められていた。その風呂場には手押しポンプと、木の桶だけが置かれていた。

 使い方は昨日習った。

 ルカは習った通りに、手押しポンプで押して水を汲み上げる。

 手押しポンプの口から、水が勢い良く桶に流れる。地下水の水底に、護石が置かれているらしく汚染される心配は無いらしい。

 桶に入った水を頭から被るようにルカは、桶を上に上げて水をぶち撒けた。ザパーッと冷たい水が、ルカの全身を隈無く流れた。


 あまりの冷たさに、ぷるぷると身震いをする。


「…………冷たい」


 拗ねるようにルカは呟く。暖かくならないのだろうか。

 もう一度手押しポンプで、水を汲み上げて桶に水を貯める。その中に布を入れて濡らす。濡らした布で、身体や髪を拭く。最後に水を頭から被って終了だ。


 ルカは乾いた布で身体を拭き、風呂場を後にした。

 ぺたぺたと愛らしい足音を立てながら、風呂場から出てきたルカは木の机で何やら遊んでいるティアの姿が目に映った。


「…………何、してるの?」

「ん?操り人形さ。暇だったから遊んでた」


 ティアは糸で人形を巧みに操っている所を、裸体のルカに見せた。

 空中でカタカタと人形が踊るように、動いている。右へ行ったり、左へ行ったりと左右を踊るように舞っている


 ティアの指に視線を移せば単調な動きにも関わらず、人形は複雑怪奇な動きをしていた。素人のルカには、分からない芸当であった。


「おっと、私も身体洗って来なくてはな」


 ティアは操り人形を辞めて、指から糸を外した。

すると、どうだろうか。先程まで可憐に舞っていた人形は、ただの人形に成り代わってしまったではないか。

 感性の薄いルカでも、少し残念そうな表情を浮かべていた。そんな表情をティアが見ている訳も無く、服を着たまま風呂場へ向かって行った。


「くしゅん」


 ルカはくしゃみをして、初めて自分がまだ裸体でいることに気が付いた。即座に服を着て、身体を暖めた。まだ、濡れた髪の毛を布で拭きながら寝台ベットに腰を掛けてティアを待つ。


「ふぅ…………」


 暫くしてティアは濡れた髪を布で乾かしつつ、風呂場からでてきた。ティアは襯衣シャツのボタンを中間まで閉めて、緩く着た状態だ。豊満な胸部の谷間が、襯衣シャツの間から垣間見える。

 ある程度乾いたので布を首に掛けて前を向くと、寝台に上半身だけ横にして寝ているルカの姿があった。


「…………全く」


 ティアはルカの元へ向かって、寝台からはみ出している脚を持って寝やすい格好にさせてあげる。最後に、布団を掛ける。


「明日も厳しい修行だからな」


 ティアはそう言って、窓の窓帷カーテンを閉めて部屋を暗くする。寝台に潜り込んで、ティアも意識を深い闇に落とした。














 翌日、二人は再び修練場にいた。

 最初に武術の組手を行っていた。昨日と比べると、かなり動けているルカに驚きつつ経験の差を見せるティア。互いがぶつかり合った。

 結局、ティアが一本取って組手は終了した。


小刀ナイフの扱い方を教えてやろう」


 ティアは腰から小刀を抜いて、手でくるくると回転させて遊びながらルカに言う。


「小刀は様々な使い方ができる。投げ、刺す、切るなど用途によって使い分けが可能だ。例えば、武器を投げて相手を油断させて毒を塗った小刀で切るといった戦法がある。私が傭兵を殺した戦法だな」


 ルカは出会った時のことを思い出して頷く。


「あー言った戦法の他に、投擲や暗殺する時などに最も使う武器だ」


「ほれ」とティアはルカに小刀を渡す。

 渡されたナイフを手に取ったルカは、ティアの指示を待った。

 ティアはルカから離れて、的用の薪を用意した。


「ここに投げてみてくれ」


 ティアはルカに大声で伝えた。

 ティアの声に頷いたルカは、小刀を振りかぶって投げた。

 ヒュッと風を切って投擲された小刀は、真っ直ぐ的へ向かっていく。


「ひっ!」


 ルカから投擲された小刀ナイフは、ティアの頬を掠めて後方にある壁に当たって地面に落ちた。


「…………あれ?…………ティアもう一回─────」

「するな!」


 どうやらティアは怒ってる様子であった。


 ────何かした?


 ルカは考えるが、思い当たる節は無い。


「次だ!次!次に移るぞ!」


 ルカは首を傾げ、疑問符を浮かべながらティアの指示に従う。


「次は槍術…………お前、槍使うか?」


 ルカは首を横に振った。


「…………剣」

「だな。お前は剣の方が向いている。槍術は辞めよう」


 ティアは武器庫にある槍を手放して、木剣を二本拾った。一本を自分に、もう一本をルカに投げて渡す。

 上手く手に取ったルカは、くるくると手首を回して構える。


「ふっ、いっちょ前になりやがって!」


 ティアは地面を蹴って、ルカとの距離を縮める。

 ルカも地面を蹴って、攻めに行く。


 木剣同士が衝突して、カンと高い音が響き渡る。

 その後、カンカンカンカンと連続して木剣同士が衝突する音が響く。


「ふっ!」


 ティアは木剣を振るふりをして、ルカを蹴る。

 しかしルカはギリギリで身体を仰け反らせて、ティアの蹴りを回避する。体勢が崩れる前にルカは、バク転をしてティアから距離を取る。地面に着地する瞬間に、前に踏み込んで再びティアとの距離を縮める。


 ルカは目を見開いて木剣を斜め下から振った。木剣同士が衝突した。

 一本の木剣が空高く飛んだ。その木剣の所持者は、ティアであった。


「おっ…………」


 感心したように、ティアは目を開いて驚きを露わにする。しかし直ぐに目を細めて、腕を前に突き出す。木剣を振り切ってるルカは、今ガラ空き状態であった。

 その隙を逃さず、伸びた手がルカの顎を捉えた。そのまま上に持っていき、ルカの顔が天を仰いだ。

 刹那、ルカの顔を握るようにティアの手が被さった。そのまま地面に叩き落とした。


 ルカは大の字になって地面に倒れた。


「隙が生まれた、上手く行ったで警戒を解くのは間抜けか、馬鹿かのどちらかだぞ?」


 ティアは笑いながら、ルカに手を伸ばす。

 その手を取ったルカは、立ち上がって服に付いた砂を払った


「今日はここまでだな。仮面マスクして準備しろ」

「?」


 ルカは疑問符を浮かべて、ティアを見る。

 まだまだ、時間はある。それにそんなに身体を動かしていない。


「お前の武器を買いに行くんだ。いつ、何が起こるか分からんからな。破滅しているこの世界で生き残るには必須だからな」


 ティアは準備をしながら、ルカに目的を告げた。

 取り敢えずルカは、ティアの指示通り支度を整える。支度とはいえ、仮面を装着するだけなので直ぐに終わった。


「行くぞ」


 二人は修練場を後にした。






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