第7話 買い物
修練場を後にしたティアとルカは、武器屋に向かっていた。
「…………人が…………見当たらない」
ルカは周囲を見渡しながら呟く。
街中の通路に人の姿は無く、静寂が広がっていた。
「あぁ…………皆、家に引き篭って
暗く沈んだ声でティアは答えた。
顔は真っ直ぐ向いているが、彼女の視線は果たして何処を向いているのか。
ルカには分からない。
暫く歩くと不意にティアは、一軒の前に立った。到着したのだろう、ティアは扉を開けた。
中に入ると、武器がずらりと部屋中に飾られていた。
短剣、直剣、曲剣、大剣、特大剣、盾、防具…………エトセトラ。
数多の武器や装備が飾られており、一つ一つ手入れもされている。
どうやら、相当の武器好きがここには居るらしい。
とはいえ店内を見渡す限り、店員は勿論のこと店主の姿が見えない。
──────カン、カン、カン。
すると、何処からか鉄を叩く音が聞こえる。
ティアは溜め息を吐いて、店内の奥へと進んでいく。ルカもその後を追従した。
奥へと進むに連れて、熱風がじりじりと肌で感じるようになっていく。
そして一際暑い部屋に辿り着いた。
先程店内の木造から一変して、ここは煉瓦や石灰を焼いた粉を砕いて、砂と水を混ぜて作られた石造建築であった。
その部屋の中央には巨大な炉があり、その中で火が猛々しく燃え上がっていた。
炉の前には半裸の翁が、鉄を叩いて加工していた。
「客だぞ」
「んぁ?」
暗く沈んだ声でティアは、翁に呼び掛けた。
翁は視線だけを移動させて、ティアを見た。
「客なんぞ珍しいじゃねぇかと思ったら、ティアの嬢ちゃんか」
雷が落ちたような胴間声が轟く。
翁は叩いた鉄を炉に突っ込んで、散らばった物を拾いながらティアの元へ向かった。
「マヌケしかいねぇこの国じゃあ、売れるもんも売れやしねぇ。で?何の用だ。武器か?」
「あぁ。此奴の武器を作ってくれ」
翁はティアからルカに視線を移動させる。
樽のような見た目の割に筋骨隆々で厳つい翁に見られ、ルカはビクッと身体を強ばらせる。
「ティアの嬢ちゃんが人を連れてるなんぞ、珍しいじゃねぇか。どういう風の吹き回しだ?」
「色々あるんだ。で、作ってくれるのか?」
「作るも何も
翁は一瞬でルカの本質を見抜いた。
「ほう?」とティアは改めて翁に関心した。
商売…………武器の話となれば、翁は饒舌になる。
「何が使える?直剣か?短剣か?見た目からしたらァ…………直剣辺りだろう」
「木剣を使って、鍛錬はさせていた」
「なら、直剣かねぇ?」
翁は近くにある武器の数々から、直剣を探す。そして見つかった直剣を、ルカに渡す。
初めて鉄の剣を手に持ったルカは、剣先を石畳にコツンと付けた。
「ハッハッハ!重いか?なら、短剣か」
翁は笑いながら、武器を探しに向かう。
今度は短剣を手に、ルカの元へ戻ってきた。
「これが短剣だ」
ルカから直剣を受け取り、その代わり短剣を受け渡した。
短剣を受け取ったルカは、重さで負けること無く軽々と持つ。
「それぐらいが、嬢ちゃんにはちょうどいいや」
「らしいな」
翁やティアは、ルカの武器が短剣で良いと納得していた。
しかしルカは首を横に振った。
「ルカ?」
「…………あれ」
ルカは指を差して、自分の武器を示した。
その指先を翁とティアは辿る。辿った先には、壁に立て掛けてある大剣であった。
「おいおい、手前には無理だ。ありゃあ、大剣だぞ?直剣より遥に重い」
「そうだぞ?」
ティアと翁は否定的であった。
しかしルカは、否定的な二人を他所に大剣を渡せと手を突き出す。
「ったく、我儘な奴を連れ来たなぁ」
翁は愚痴を吐きながら、大剣の元へ向かった。壁に立て掛けてある大剣を手に取り、えっちらおっちらと運んで来る。
「持ってみ」
翁から渡された大剣は、ルカからしたら特大剣とそう大差無い。だから、誰もが無理だと思っていた。
だが─────…………。
ルカは大剣の柄を握って、持ち上げた。軽々とは言わないが、それでもしっかりと持ち上げて地面から離れていた。
直剣の時は初めて重いものを持ったから、身体が適応していなかったのだ。その経験を経て、今や大剣すら持ち上げる程適応している。とはいえ、まだ筋肉がしっかりついている訳では無いのでフラフラしている。
「マジかよ。これなら、持てそうだなぁ?ティアの嬢ちゃんどうするよ?」
「何故、私に聞く?」
「そりゃあ、
「好きにしろ。私はそこまで、面倒見てられん」
「ハッハッハ!気難しい女だ」
翁は笑った。
♢
翁はティアの変化に気が付いていた。
ティアはルカに、どのように接していいのか分からないのだ。だから面倒を見る時もあれば、自分を保つために突き放す時もあるのだ。初めて人とちゃんと接するからこそ、生じる問題。
『仲間』だと理解していても、本能で避けている己がいる。自分は非常だと認識しているが、一方思いやりが生まれて半端になってるのが気に食わない。
─────人間っていうのは、半端がちょうどいい。
善に振り切れている人間はいない。少なくとも、何処かで悪を知る事になる。どれだけ極悪人だろうと、善ある行動をする時がある。その逆も然り。その矛盾こそ、人たらしめる。
「おっと、考えに耽ってる場合じゃなかったな。嬢ちゃんは、大剣でいいか?いや、大剣がいいか?」
ルカはコクッと頷く。
それを見た翁は、鉱石を炉に投げ入れた。ずっと入れっぱなしだった、溶けた鉄とくっつき一つの塊へ変貌する。
そして炉から取り出した鉄を、金槌で叩いて広げる。
─────カン、カン、カン、カン、カン。
鉄を叩く音が部屋中に木霊する。
炉に入れては、叩いてを繰り返す。そうして、長くて太い剣が生成される。
数時間後、遂に大剣が完成した。
黒い大剣で、剣身には赤い線が描かれていた。柄は長く、持ちやすい形状となっている。大剣の大きさは柄を合わせて、ルカと同じくらいの大きさであった。太くもなく、細くもない
「どうよ!」
翁は腰に手を置いて、金床に置いてある大剣を眺めるルカに自慢げに言う。
ルカは柄を両手で握って、持ち上げる。
自分の手にしっくりくる柄、自分の身体と上手く均衡が取れるような重さ。そしてなんと言っても、かっこいい
「…………良い」
たった一言、ルカは呟くように褒めた。
「そうか。なら、鍛冶師としちゃあ満足だ」
翁は言葉に嘘偽りの無い、満足げな表情を浮かべて答えた。
「いくらだ?」
「銀貨五枚」
「分かった」
ティアは懐から革袋を取り出して、その中から銀貨五枚を手に取って翁に渡す。
受け取った翁は、
「まぁ、何処も金貰う奴いねぇだろ?」
「あぁ。宿も金は要らないって」
「だろうよ。農作業は出来ねぇし、川は汚染されちまって魚は取れねぇし。人は少なくなっちまったし、街から出なくなっちまったし。売れるもんが売れねぇ。鉱山で掘る人間も居なくなっちまって、鉱石も底が見えてきた。破滅しちまうんかねぇ?」
翁は不平不満をタラタラと述べた。
言ったところで、現状が良くなることは無いけれど。それでも言わずには居られない。
自然と翁の表情が暗くなる。
「昔もこうだったのだろう?」
「いんや。昔はもっと盛んだった。化け物狩りやらなんやらと、やって来た。今は衰退しちまったけどな。騎士や兵士は皆化け物になっちまった。見たろ?街の中の静けさを。ありゃあ、家に篭って神に祈ってんのさ」
「知ってる。
「そうだぜ。皆狂ったように祈りを捧げてらァ」
翁はくだらなそうに吐く。
「手前らも早くこんな、どうしようもねぇ国にいねぇで他所へ行け」
二人の身を案じるように、荒い口調で告げる。
翁は炉の前に再び、座った。
「世話になった」
ティアは翁にそう告げ、踵を返した。
ルカもその後ろをついて行こうと、踵を返した。大剣を逆手持ちにして、引き摺るように持って帰ろうとした。
「待ちな」
翁に呼び止められ、ルカは振り返る。
「大剣は背中に背負え、そこにかけてある
「…………うん」
ルカは頷いて、言われた通り大剣を背中に背負ってティアの後を急いで追従して行った。
翁は二人の背中を見送ってから、自分の作業に戻った。
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