第5話 ルカの修行①
翌日、ルカ達は修練場にいた。
翌日とはいえ、次の日になっているのか分からない。というのも、曇天から変わることがないから感覚が分からないのだ。
更にティア曰く、夜が訪れる事は無いという。
ルカは今一休まったとは言い難い身体を動かして、修練場を走っていた。
ティア曰く、体力は何時だって役に立つ。それに、この世界を生き抜くためには剣術や武術は必須だ。だから、鍛えておいて損は無いらしい。
「はぁ─────はぁ──────」
「よし、そこまでだ!」
ティアの合図と共に、ルカは地面に倒れた。
天は相変わらずの、曇り空だ。
ルカは荒い息を整えながら、視線を巡らせる。
円形型の修練場は、四方に岩のような大きさの護石が置かれていた。
その護石により、外に晒された修練場でも灰の影響を受けない。だから、二人とも
──────本当…………かな?
まぁ、ティアが言うのだからそうなのだろう。何も知らない自分が気にする必要は無い。
ルカは立ち上がって、身体に着いた砂を払う。
「ほれ」
ティアは木剣を投げて、ルカに渡した。
それを受け取ったルカは、木剣の柄を握る。
硬く、何度も打ち合った痕跡が残る木剣。
「次は剣術だ。まずは動きが見たい。私に一発でも入れたら、走るのは無しだ。行くぞ」
ティアは端的に内容を伝え、攻めてきた。
素早く、そして力ある縦振りがルカを襲う。
ルカは木剣を横にして、受け止めた。
木剣同士が衝突し、振動が手まで届く。ビリビリと痺れる感覚。
どこか懐かしく、血が騒ぐ。
ルカは口角を吊り上げて、木剣を払った。
「そんな表情するんだな。お前…………本当に、何者だ?」
ティアの呟きに耳を傾けず、ルカは木剣を振るった。
カンカンカンカン。
木剣同士が衝突する音が、修練場に響き渡る。とても、聴き心地の良い音。
ルカの剣戟は、打ち込むほどに精度が上がっていく。
素早く、鋭く、重い攻撃へと変化していく。ティアの攻撃に初見で対処出来ずとも、二回目で確実に対処してくる。
ティアだって、様々な鍛錬を重ねてきた。剣術、武術、暗殺、槍術など多くの術を学んだ。
けれど、ルカは今日初めて木剣を持って戦っている。だというのに、あっという間に差を埋めてくる。先天性の戦闘能力。生まれながらにして、戦闘特化の少女。つまるところ、天才なのだ。
「ははっ─────」
ティアは思わず、笑いが溢れた。
剣術に関しては、ルカの方が上なのかもしれない。
だから、ティアは他の術で差を広げた。ただの我儘。天才に負ける事が、気に食わないからという理由で剣術のみに頼らない卑怯な手を出す。
何回目の剣戟の末、ティアはルカの木剣を受け止めた。そしてルカの横腹を、蹴り飛ばした。
「カハッ!?」
ルカは苦痛の表情を浮かべて、地面に転がった。
「残念だったな」
暗く沈んだ声をしているが、何処か楽しげな口調でティアはルカへ向かっていく。肩を木剣で叩きながら、歩いて来る。
ルカは側位になって横腹を抑えながら、苦痛な表情でティアを見上げる。
─────卑怯。
ルカは藍色の瞳で訴えた。
ティアはルカの前にしゃがみ込んだ。
「何言ってんだ。命掛けた戦いに卑怯もクソもあるものか」
さもありなんといった様子で、ティアは戦いを説いてきた。
「…………大人げない」
ルカはじとっと目を細めて、頬を膨らませていじける。
「安心しろ。ルカの戦闘能力は高い。何処かで習ってたのか?」
「…………分からない」
「そうか。そうだったな」
ティアは立ち上がって、ルカと距離を取った。木剣を捨てて、身体を伸ばしていた。
ルカは横腹を抑えながら、ヨロヨロと立ち上がる。
「よし、次は武術だ」
「武術…………」
「武術と言っても、私も素人だ。殴る、蹴る、投げることぐらいしか出来ない。まぁ、それぐらい出来れば生きて行けるだろう」
ティアはそう言いながら、構えた。
それに習い、ルカも見様見真似で構えた。
ティアは地面を蹴って、ルカとの距離を縮める。
ルカは瞬時に右足、左足、右手、左手の四つを警戒する。
ティアは右腕を引く。それを見た、ルカは右の殴りが来ると判断する。
「判断が早いぞ」
ティアは素早く左肩を後ろに引いて、その反動で腰を回転させて左フックを打ち込む。
ゴッとティアの左フックが、ルカの右頬に打ち込まれた。
ルカは左足で踏ん張って、左フックを打ち込んで反撃する。
しかしティアは、上半身を後ろに反らすだけで避けた。
空振ったルカの左フックは、虚空を殴った。
ティアはルカの左腕を持って肩に担ぎ、背負うように投げた。ひょいっと軽々と持ち上がったルカの身体は、逆さになり背中から地面に叩き付けられた。
「カハッ!」
背中を強打し、肺の空気が一気に放出された。横隔膜が麻痺し、空気が取り込めない状態になる。チカチカと視点が点滅する。
「はぁ────はぁ─────」
横隔膜の麻痺は直ぐに治り、大量に息を吸った。新鮮の空気が、肺を一杯にする。そのためチカチカと点滅する視点も治り、藍色の瞳は曇天を映す。
「武術は私の方が上手のようだな」
ティアは大の字に倒れているルカの頭上で、高らかに告げた。表情は変わらないが、上機嫌だということは態度で分かる。
「相手の動きを予測するのはいいが、予測出来ない相手もいる。待つな。攻めろ。素人だが言えることはこのくらいだな。後は鍛えろ。筋肉量が少ない」
ティアは
だからこそ、教える事は
「という訳で、走って来い」
「む…………不公平」
「黙って、走って来い」
ルカは渋々立ち上がって、円を書くように修練場を走りに始めた。
◇
─────さて。
ルカが走っている間に、ティアは別の作業をする。ティアは修練場の出入口に向かって、歩いて行く。砂を蹴って、ただ前を見て歩く。
修練場の出入口は
「情報屋…………か?」
「いかにも」
情報屋と呼ばれた男は、葉巻に火を付けた。
「あー、この出入口は護石の効果が無いんだっけか」
情報屋は火を付けた葉巻を地面に落として、足で踏み付けた。吸わずに無くなった葉巻を惜しむように、舌打ちをする。
情報屋の独り言を他所に、ティアは硬貨を投げた。
情報屋はそれを上手いこと手に取る。
「依頼かい?何が欲しい?」
「聖樹教会についてだ。何か情報屋を持ってるなら売れ」
「聖樹教会については無いな。調べるのがおっかねぇからな。他に良い情報がある。それで、この銀貨分の情報と交換だ。どうよ?」
情報屋はカラッとした言い方で、商売する。その口調からも分かるように、彼軽々しい態度だ。
ティアは表情を一切変えることなく、銀貨をもう一枚影に指で弾いて投げた。
それを受け取った情報屋は唸る。
「それで、聖樹教会の情報屋が欲しい。取って来てくれ」
「この銀貨二枚でか?」
「そうだ」
「なるほど…………分かった。金に見合った働きはする。けど、期待はしないでくれ。あそこは秘匿が多すぎる。何処まで盗めるかは分からん」
「それでいい。少しでも欲しい。外面しか知らないのでは、意味が無いからな」
情報屋は手をヒラヒラさせて、修練場を後にした。
「ティア…………終わった」
走り終えたルカは、出入口にいるティアに伝えた。
「あ、あぁ…………」とティアはルカの方を向いて頷いた後、再び出入口を見ると情報屋の姿は消えていなくなっていた。
流石情報屋と言うべきか。
ティアは踵を返して、ルカの元へ向かった。
明日を生き抜くための修行を行う為に。
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