第4話 アガルタ王国を目指して
「出てきていいぞ」
ティアは屋根の中から出て、外を警戒した後ルカに合図を送る。
合図を送った数分後に、屋根の中からルカの手が出てきた。次に銀髪の頭が飛び出した。
そして地面を四足歩行で這って出て来たルカは、腰ら辺まで外に飛び出していた。
「!?」
ルカはビクッと身体を跳ねらせて、片手で倒立してそのまま前転宙返りをして見せた。
上手く着地したルカは、自分の脚をキョロキョロと見渡す。
「ど、どうした?」
それを知らないティアは、慌てふためいているルカに戸惑いを見せながら問う。
それ以外の点、彼女の身体能力の高さに驚きを隠せないが、今はルカの慌てふためいている様子の原因が気になる。
「な、何…………か!ゾワッ…………て!」
少し滑らかになった口調で、ルカは答えた。
「虫でも落ちたか?」
ティアはしゃがみ込んで、ルカの脚を観察した─────が、見つからない。
「特に何も─────」
刹那、ルカが尻餅を着くように倒れて靴を脱ぎ捨てた。
青ざめた表情をして、カタカタと震えている。
─────此奴…………大の虫嫌いか?
ティアはそんな事を想像しながら、ルカが脱ぎ捨てた
しかし何も落ちて来ない。
再度降ってみるとどうだろうか。
灰の積もった地面にポツンと、何かが落ちたでは無いか。
その正体は奇っ怪な動きをする、芋虫のような生き物。
「────!」
ティアは急いで、その虫を潰した。
ぐりぐりと足を左右に動かして、念入りに虫を潰した。
「噛まれていないか?何処か、痛みは?」
「…………大丈夫…………」
「そ、そうか…………」
ティアは安堵する。
ルカは首を傾げて不思議そうに、ティアの顔を見る。
勿論、
「あれは…………寄生虫だ。人を最終宿主として、自分の好みに改造する害虫だ。傭兵達のような化け物にしたり、繁殖を目的とした性交を行えるように仕向けたりする」
「…………気持ち…………悪い」
「そうだな」とティアは周囲を見渡しながら、ルカの意見に賛同した。
「取り敢えず、ここから離れるぞ?お前を王都に送らくてはな?」
「お、送る?ティアは、一緒…………じゃ、ないの?」
「…………行くぞ」
「あ…………うん…………」
ルカはティアから渡された深靴を履き直して、急いで立ち上がってティアの後を追った。
♢
それ以降、会話は続かず沈黙が流れる。
灰の積もった地面、曇天の空模様。灰色の世界を、二人が歩く。
人の営みや動植物の営みは無い。いや、それらの生きた痕跡は過去の産物となっていた。例えば人の営みならば、遺跡のように残りそこで生きていた証として残る。動植物なら、骨や枯木などが生きた証だ。
そこから生成される静寂な空間。まるで、時間が止まったような静けさが何処までも続いている。
音があるとすれば、風の音や彼女達の足音くらいだろう。
遥か彼方に見える巨木は、靄がかかって見えずらくなっている。それでも見える当たり、相当の大きさなのだろう。
巨木と言っても、葉が生い茂ってる訳では無い。枝が天を這うように伸びているだけだ。枯れていると言っても良いだろう。
最小限の視界で、ルカは最大限にこの世界を味わっていた。
視覚、聴覚、触覚、嗅覚の四つの感覚で感じ取る。目覚めて数時間で、沢山の事を経験した。
「王都…………って、なに?」
静寂の空間を、先に突き破ったのはルカであった。
「ん?あぁ…………アガルタ王国の事だ。比較的、まともな王が統べる国だ。他にも国があるが、一番安全な国だな」
「ティアは…………行かない…………の?」
ルカは先程の会話を思い出しながら問う。
右を左も分からないルカは、不安になっているのだ。さらに言えば、ルカが最初に見た化け物が周辺を彷徨いているというのなら、王都が襲われる事もあるだろう。その時に、果たしてルカは何が出来るのだろうか。
「行くけど…………情報を得る為に行くだけだし、長く滞在する予定は無い」
「あの、人達を…………殺す、ため?」
ルカはティアが殺していた傭兵達を思い出しながら問うた。
ティアは静かに首を振った。
「まぁ、確かに傭兵を殺すのは復讐のためと言ったが…………別に何もそれが目的な訳じゃない。聖樹教会…………奴らの秘密を暴くのが目的だ」
ルカは首をこてんと傾げた。
「巨木が見えるだろう?」
ティアは腕を前に突き出して、指で遥か遠くに見える巨木を差す。
その指の先にある巨木を、ルカは藍色の瞳に映す。
「
「…………秘密を暴く?」
かなり滑らかになった口調で、ルカはティアの目的を言及した。
「奴らは何かを隠している。それが何なのか、までは分からないけどな。
「…………私も、手伝いたい…………。た、助けて…………貰った、から」
「死ぬかも知れんのだぞ?それでも、良いのか?」
「…………うん。私の事…………も、分かるかも、知れない」
自分が何者か。
何も分からないルカは、知りたいのだ。自分の過去を。自分の中にポッカリと空いた穴を埋めたい。
ルカの想いを汲み取ったティアは「そうか…………」と呟いた。
「なら、頼む。よろしくな?ルカ」
「うん」
ティアはルカの前に立ち、手を差し伸べた。
ルカはティアの差し伸べた手を取って、握手を交わした。
ルカはティアの『仲間』として、アガルタ王国を目指して歩き始めた。
♢
暫く歩いた二人は、遠方に外壁が見えてきた。
「アガルタ王国が、見えてきたな」
「アレが…………」
ルカは外壁を見詰める。
石を組み合わせて作った外壁。そして外壁の奥に微かに見える家屋の数々。
初めて見る街に、ルカは圧倒されていた。
─────はぁ。何をしているんだ私は…………。助けたのだって偶然だろ?それが、仲間として迎えるなんて…………馬鹿か私は。
ティアは天を仰ぎ見る。天は相変わらず、曇天だった。
自分の愚かさに反吐が出る。自分が人助けをして、人に頼るなんて烏滸がましいにも程がある。
ルカといると何故か安心する自分に、嫌気がする。知らない感情になるのが、恐ろしい。非情だというのに、思いやりを持つという矛盾。半端なクソ野郎になってる自分を嫌う。
圧巻されているルカに対して、ティアは今までの言動を振り返って自己嫌悪していた。
─────ポツン。
ティアの被る
「水?─────まさか…………ルカ!走るぞ!」
「え?」
ティアはルカの手を引いて、走り出した。
当然ルカは戸惑う。
「雨だ。ただの雨では無い!大量に浴びたら溶ける!更に、化け物になる!別名、死の雨だ!」
通常の雨に灰が混じり、皮膚などに当たれば強い酸性雨のように溶ける。とはいえ、数滴程度なら角質が溶けるぐらいだからなんの問題はない。洗い流せばの話だが。問題は雨量が増えたらの場合だ。
だから、雨量が増える前にアガルタ王国に到着して家屋の中に入らなければならない。家屋でも安全とは言い難いが、無いよりマシだ。
◇
走り続けた二人は、何とか雨量が増す前にアガルタ王国王都の門に辿り着いた。
門を潜り抜けて、街中を走って行く。
手を引かれているルカは、自分より高い建物に圧倒されながら一つ一つ見ていく。
煉瓦造り家屋や石造りの家屋が織り成す、美しい街並みが広がっていた。通路の上には、通路を跨ぐように廊下が家屋同士の壁に取り付けられていた。
気になる所はそれぞれの家の壁などが、色褪せたり磨かれたように平らに溶けていたりしていた。
その中を二人は駆ける。街だというのに、人が一人も見当たらない。
何回か目の角を曲がった二人は、駆け込むように突き当たりの扉を開けて中に入った。
一階の酒場で過ごしていた数人の客は、ティアとルカに視線を向けた。
「はぁ────はぁ─────ひ、一部屋借りられるか?」
ティアは肩を揺らして、荒い息をしながら受付にいる老婆に話し掛けた。
「良いとも。お代は要らないから使いな」
「助かる」
ティアはそう言い、ルカの手を引いて二階へと登って行く。
指定がされていない為、好きな部屋の扉を開けて中へ入る。
部屋の中に入って直ぐに、扉にある閂をかけた。
「腹は減ってるか?飯なら下に行けば、何か貰えるかもしれんが…………贅沢な物はないだろうな」
ティアは木の机の上に
部屋を見渡していたルカは、ティアに顔を向けた。
改めてティアを見ると、美しく整った体型をしていた。
白い
「ん?何か着いているか?」
「…………お腹…………空いた」
ティアは此方を見ているルカに問うが、ルカは誤魔化すように答えた。
「そうか、なら食べに行くか。あ、
そう言いティアは、
黒死病仮面から現れたのは、深紅の瞳を持った美しく整った顔であった。
「わ…………かった」
ティアの姿に見蕩れつつ、ルカも黒死病仮面を外した。
「よし、行くか」
「うん」
二人は扉を開けて、一階に降りて行ったのだった。
その部屋の窓から、一羽の鳥が飛び立った。雨が当たらない軒先を通りながら、羽ばたいて行った。そして、数軒離れた家屋の窓の縁に止まった。
「おかえり。さて、一仕事しに行きますかね」
葉巻に付いた火を消して、男は赤い
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