第2話 記憶喪失の少女[中]

 黒いコルセット長洋袴ロングスカート、白い襯衣シャツを身に付け、その上に黒い帽子フード付き長外套コートを着ている。顔を覆うように黒死仮面ペストマスクを装着し、帽子フードとマスクの側面から伸びる白い髪が垣間見えた。背中にはクレイモアを背負った女性。


「··········ティア··········貴様、何の用だ?」


 金髪の男は不愉快そうな口調で、彼女の名を呼んだ。


「ティア··········って誰っすか?」


 黒髪の男は仲間の二人が不快そうにしている様子に戸惑いながら、二人に問うた。

 すると、赤毛の男は僅かに肩を竦めさせて呆れた様子で黒髪の男を見た。


「傭兵狩りのティア··········俺達、傭兵を殺す奴だ」

「え?」


 黒髪の男は再び、ティアを見た。

 金髪の男が前に出てきて、ティアの前に立った。


「おいおい、まさか俺達を殺すつもりか?何もしてねぇだろ!?」

「少女を殺すつもりだったのだろう?なら、お前達を殺すのは必然だろう?」


 背筋が凍るような冷たさが含まれる、暗く沈んだ声で答えた。

 ティアは背中に背負ったクレイモアを抜いて、金髪の男に剣先を向けた。


「こっちは三人だぞ?勝てるとでも思ってんのか?」


 金髪の男はティアに剣先を向けられながら、直剣をティアに向けて問う。


「化け物でなければ、人の域を超えることは無い。ならば、殺す事は可能だ」

「舐めるなッ!」


 金髪の男は怒声を上げて、直剣を振った。

 ティアは一歩後ろに下がって避けた。

 ティアを追い掛けて金髪の男は、一歩前に脚を踏み出した。


「お前らも戦え!死ぬぞッ!」


 ティアと剣を交えながら、金髪の男は後方にいる仲間に喝を入れた。


「分かったッ!」


 赤毛の男はティアの方へ走って向かった。

 金髪の男と剣を交えていたティアは、仮面越しに赤毛の男がこちらに来るのを把握した。

 ティアは直剣を弾いて、金髪の男の横腹を蹴り飛ばした。


「ぐはッ!?」


 金髪の男は蹴られ、灰の積もった地面に転がった。

 近くに来て直ぐに、赤毛の男の直剣がティアに振り降ろされた。


 ガキン!


 直剣とクレイモアが衝突し、金属音が響いた。一回、二回と剣同士が交わって火花を散らす。


 そして何回目か剣同士が交わり、ティアの斜め下からの振りが赤毛の男の上段に振り上げた直剣に当たった。


「っく!」


 衝突により手が痺れ、赤毛の男は直剣を手放してしまった。

 ティアは手首をクイッと背中の方に動かしたと同時に、クレイモアを手放した。


 重いクレイモアは、ティアの背後に落ちて地面に突き刺さった。

 突き刺さるクレイモアと同時に、ティアは赤毛の男の懐に侵入して右手で胸倉を掴んだ。

 自身の身体を相手に限りなく近付けさせて、左手で相手の右腕を持って背負い投げをした。


 意図も容易く投げられた赤毛の男は、ドサッと灰の積もった地面に投げられた。


「カハッ!?」


 背中を強打した事により、肺の空気が一気に放出された。横隔膜が麻痺し、一時的に空気が取り込めない状態となった。

 灰が砂漠のように積もってるとは言え、受け身も無しに落下すればこのような状態になる。


 その隙を彼女が、逃がさない。

 ティアは突き刺さったクレイモアを抜いて、倒れた赤毛の男の胸部に剣先を向けた。


「させるかァァァァァッ!!」

「む!」


 金髪の男は地面から起き上がり、ティアに向かって数歩走って体当たりした。

 ドンッと大柄な金髪の男が衝突した。その衝撃は凄まじく、ティアは吹き飛ばされて灰の積もった地面に転がった。

 灰が舞い上がって、ティアの姿を消す。


「ふぅ··········大丈夫か?」

「あ、あぁ··········助かった」


 金髪の男は、倒れている赤毛の男に手を伸ばした。

 赤毛の男はその手を取って、礼を述べながら立ち上がった。


「おい!何をボサっとしている!?お前も戦え!」

「え!?彼女、二人よりも強いじゃないっすか!?」


 黒髪の男は腰を抜かしているのか、地面に座り込んでいた。


「だからこそ、数で戦うんだろうが!!死にてぇのか!」

「い、嫌っすよ!」


 座り込みながら、黒髪の男は首を横に振って否定した。


「だったら────!」

「おい!避けろ!」


 黒髪の男に金髪の男が咎めようとした刹那、赤毛の男は何かに気が付いて叫んだ。


「!?」


 金髪の男はその声に直ぐに反応し、ティアが吹っ飛んだ場所を見た。

 刹那、粉塵立ち込める場所がキランと輝いてクレイモアが飛び出してきた。


 勢い良く飛んできたクレイモアを、金髪の男は首を傾けて何とか回避した。クレイモアが横を通り過ぎる時に、横髪を少し切って後方へ飛んで行った。


「は─────武器を捨ててどうする!?」


 金髪の男は額から冷や汗を掻きながら、嘲笑した。

 クレイモアが飛び出して、粉塵からティアが飛び出てきた。

 その姿に金髪の男は、面食らった。

 それはティアが、丸腰の状態で出てきたからである。


 ────武術か?いや··········まだ、他に何か武器を所持しているのか?


 金髪の男は此方に走ってくるティアを見て、思案する。

 思案している内に、徐々にティアとの距離は縮まって行く。


「ふん!武器を捨てた事を後悔するんだなッ!」


 金髪の男は直剣を構えて、ティアに攻めて行った。直剣を上段に振り上げて、振り降ろした。

 ティアは腰から一本の小刀ナイフを左手で素早く抜いて、くるりと回転させて逆手持ちにした。そして身体を少し横に移動して、直剣を避けると同時に、金髪の男の横を通り過ぎるように小刀で彼の右腕を切った。

 通り過ぎたティアはポイッと小刀を捨てて、地面に突き刺さったクレイモアを抜いて構えた。


「後悔するのはどっちだろうな?」


 暗い沈んだ声で金髪の男に問い掛けた。

 金髪の男の右腕からは、血が流れていた。


「ああぁあぁああ!ちくしょう!」


 突如金髪の男は右腕を抑えて、大声を上げながら膝から崩れるように倒れた。


「どうした!?」


 赤毛の男は驚愕し、金髪の男の元へ向かった。赤毛の男が金髪の男の元へ辿り着いた頃には、金髪の男は息絶え絶えの状況であった。

 汗を掻き、仮面マスクの隙間から吐瀉物が溢れ灰の積もった地面を汚す。


「はぁ··········はぁ··········く、そ··········神経毒だ」

「神経毒だと!?」


 息絶え絶えの状態である金髪の男から告げられた言葉は、衝撃的なものだった。


「オ゛エ゛エ゛エ゛」


 何回目か分からない嘔吐が、金髪の男を襲う。


「何の毒だ!?」

「トリカブトだ。即効性のある猛毒だから、時期死ぬ」


 ティアは暗く沈んだ声で、淡々と真実を告げた。


「私の好きな花でね。良く使うんだ」


 狂気とも言えるその言葉には、何処か優しさが混じっていた。それは声からも伝わって来て、暗いながらも暖かさを感じさせた。

 赤毛の男は苦虫を噛み潰したように、眉間に皺を寄せた。


「くっ、悪魔め!」


 赤毛の男は立ち上がり、直剣を構える。

 彼の足元には、既に息絶えた金髪の男が横たわっていた。

 ティアはクレイモアを構えて、赤毛の男と対峙する。


「お前の目的は何だ!?何故、俺達を襲う!?」

「目的··········か。そこの少女を殺そうとしたから?まぁ、のらりくらり歩いて偶然見つけただけだが」

「な··········じゃ、じゃあ!彼奴は偶然で殺されたって事かよ!」


 ティアは溜め息を吐いた。


「言っただろう?少女を殺そうとしていたんだから、殺されるのは必然だろう?」

「狂人め··········」


 ティアの余りにも自分勝手な言動に、赤毛の男は言葉を失う。

 一方、ティアは赤毛の男から、少女の方を向いた。


 ─────··········助けたのは偶然、気まぐれだ。だから、どうって訳じゃない。


 ティアは自分に言い聞かせる。決して、間違いを犯さないように。

 自分は誰にも必要とされないのだから。だから、自分自身も己を必要としない。


 ────いや、一人いるな。私を必要としてくれる友人が。


 ティアは首を振って、考えを捨てた。

 目先の奴を殺す。ただそれだけ、考えていればいい。


「よくも、よくも…………」


 ティアは黒髪の男に視線を向ける。

 黒髪の男は身体を震わせ、内から込み上げる怒りに耐えていた。


 黒髪の男は身体を持ち上げて、立ち上がった。

 直剣を鞘から引き抜いて、力強く握り締める。カチカチと手が震えている。

 恐怖を抱いているのだろう。


「許さないっす!はぁぁぁぁぁッ!!!」


 怯えていた黒髪の男が直剣を構えてティアに向かって走って来た。


「やめろ!」


 赤毛の男は叫んで、呼び止める。

 しかし黒髪の男には聞こえていないのか、脚を止めない。真っ直ぐ、ティアに向かって行く。


 ティアはクレイモアを構えて、斜め下から振り上げた。

 直剣よりもリーチさがあるクレイモアは、黒髪の男の仮面を捉えて真っ二つに切った。顔面も切れ、血が溢れて地面を汚す。顎から眉毛に向かって、一閃の切り傷が出来ていた。


「あがァッ!」


 黒髪の男は痛みを庇うように、顔を手で覆って地面に倒れた。

 仮面が切られたことにより、息をする度に灰が体内に侵入する。


 ティアはクレイモアを背中に背負い直して、少女の元へ走って行く。


「あがァッ!あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」


 黒髪の男が悶え、地面を転がる。

 赤毛の男は黒髪の男に視線を外し、ティアを目で追う。


!」


 赤毛の男は叫んだ。

 しかしティアは気に止めること無く、少女の元に到着した。


 ティアは黒いフード付きコートの懐から、黒死病仮面ペストマスクを取り出した。そして棺の中を漁って、透き通った石を取り出して黒死病仮面の中に入れた。


「これを被れ。灰の効果を無効化してくれる」

「わ··········かった?」


 少女は疑問に思いながらも言われた通りに、黒死病仮面を顔に装着した。


「お前が何なのか、何処から来たかは後で聞こう。取り敢えず、今は逃げるぞ」

「な··········んで?」


 透き通った声の少女は、途切れ途切れの言葉を紡ぐ。まだ、言葉を発する事が不慣れのようであった。


「彼奴を見れば分かる。行くぞ」


 少女は立ち上がって、棺から灰の積もった地面に足をつけた。

 少女は不思議そうに、深靴ショートブーツで灰の積もった地面を踏んでいた。

 柔らかく、踏み付けると硬くなる。この不思議な感覚が、少女にとって初めてなのだろう。


「この場から早く去るぞ」


 ティアは少女の手を引いて、走り出した。

 突然動かれて、少女は体勢を崩してドサッと粉塵を巻き上げて倒れた。


「チッ」


 ティアは舌打ちをする。少女の元に寄って、身体に手を伸ばした─────··········刹那。


「あギャァッ、ギャッガァァァァァァッ!」


 バキバキと木の枝が折れる音と化け物のような叫び声が轟く。

 倒れた少女は半身を起こしながら、黒髪の男を見た。

 少女を起こしながら、ティアも黒髪の男へ視線を向けた。

 黒髪の男の身体が、不気味に蠢いている。徐々に身体が肥大化していき、影が大きくなっていく。


 そして────黒髪の男は化け物へと変貌した。


























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