灰色の戦乙女

Neru

新人類誕生編

第一章 アガルタ王国を取り巻く闇

第1話 記憶喪失の少女[上]

「おい、見ろよ。こんな場所に棺があるぞ?」


 大柄な金髪の男は肩越しに振り返り、後方にいる仲間達に野太い声で言う。仮面マスクをしているため、籠った声をしていた。

 彼の前には、石で出来た棺が無造作に一つだけ置かれていた。


「一昔前のもんすよね?中は何が入ってるんすかね?」


 比較的華奢な身体付きの黒髪の男は、棺の中身が気になった様子で呟いた。やはり、仮面マスクのせいで籠った声をしていた。


「そんなもん決まってるだろう?死体か、宝かのどっちかしかあるまい」


 筋骨隆々な赤毛の男は、笑い話をするように喉奥をくつくつと鳴らしながら話す。

 怖がらすためか、或いは息抜きの冗談で言ったのかは分からない。まぁ、後者だろうが。そして、彼も仮面で籠った声をしていた。


「棺ですよぉ?死体しかないじゃないっすかぁ!」

「ハッハッハ!そうだな!中身は死体ってこった!だが、開けない理由にはならねぇなぁ?俺たち傭兵団にゃ、墓暴きなんぞ関係無ねぇからな!それに、もしかしたら宝かもしれねぇし?」


 大柄な金髪の男は、どこか楽しげに告げる。それとは対照的に、怯える黒髪の男は身を震えさせていた。

 その横を通り過ぎて、赤毛の男は棺の蓋に触れた。そして、後ろを振り返り金髪の男を見る。


「おい、開けるぞ」

「あいよ」


 金髪の男は頷き、赤毛の男と反対側に行き棺の蓋に触れる。


「「せーの!」」


 筋骨隆々の二人は、力を振り絞って棺の蓋を開けようと試みる。しかし、棺の蓋はビクともしない。


「うぐぐぐ!」

「ぬおおおお!」


 更に二人は力を振り絞る。すると、どうだろうか。

 ガガッと石の蓋が、少し横に移動した。


「だはーッ!」


 金髪の男は、膝から崩れ落ちて灰の上に膝を着いた。そして棺を背もたれ代わりにして、休息を取る。肩を激しく揺らして、息を荒くする。

 その隣では、赤毛の男が棺の上に腰を下ろして休んでいた。彼は頭を下げて、灰の積もった地面を見ていた。


「まったく、開かねぇ…………じゃねぇか」

「それはサボってる奴が居るからだろう?」


 二人の顔が、黒髪の男に向けられた。


「お、俺のせいっすか!?俺はいやっすよ!墓暴きなんて、罰当たりっす!」


 黒髪の男は顔を左右に振って否定した。

 金髪の男は、短い髪を手でかいて溜め息を吐いた。

 身体を起こし、灰を払って黒髪の男の近くへ向かった。


「いいかぁ?俺達は傭兵団だろ?傭兵団は荒くれ者の集まり。だったら、何しても良いだろう?」

「暴論だな。だが、言いたいことは分かる。目の前に摩訶不思議な物があったら、好奇心が掻き立てられるだろ?」


 赤毛の男も立ち上がって、黒髪の男の前に立った。仮面をしているので表情は目元しか見えないが、獰猛な表情をしていた。


「つまり、好奇心や探究心が掻き立てられたから墓暴きするってことっすか?」


 黒髪の男は恐る恐る赤毛の男に伺った。

 赤毛の男は静かに頷いた。それは金髪の男も同じなようで、深く頷いて見せた。


 二人の眼差しが、黒髪の男に痛いほど刺さったのだろう。黒髪の男は「うっ」と唸る。そして観念したのか、溜め息を吐いた。


「やりますよ!やればいいんすよね!」


 ヤケクソ気味な黒髪の男は、石の棺に向かって行き蓋に触った。

 赤毛と金髪の二人は、顔を見合わせて頷き合って石の棺に向かった。

 両端を赤毛の男と金髪の男が持ち、真ん中を黒髪の男が持った。そして三人は、力を振り絞って蓋を動かした。


 ─────ガガガガガッ。


 石同士が擦れて、重そうな音を奏でた。


「あ、あと少し··········だッ!踏ん張れ!」

「うおおおお!!」

「ぬおおおお!」


 三人の傭兵達は、最後の力を振り絞って石の棺の蓋を開けた。


 ズドンと灰の積もった地面に、蓋が落ちて灰が舞い上がった。

 そして傭兵達は、棺の中を覗き込んだ。


「···············あ?」

「···············し、死体っすかね?」

「···············」


 三者三様、それぞれ異なる反応をしながら棺の中にいるものを見ていた。

 一人は首を傾げ、また一人は目にしたものを呟き、また一人は沈黙した。

 棺の中には人が入っていた。

 華奢な身体を、黒い洋袴スカートと白い外衣ブラウスで包んだ人形のような銀髪の少女が、静かに眠っていた。


 傭兵達が出会った女の中では、彼女は絶世の美女であった。あくまで、自分達の主観だ。


「美しい·········それに死体なのに、腐敗してないっすね?」


 棺の中で眠る少女は腐敗しておらず、綺麗な状態でいたのだ。

 完全に死んでいると思っている黒髪の男は、棺の中の少女を見ながら呟く。


「阿呆か、よく見てみろ。この娘··········生きてるぞ?」

「え?」


 黒髪の男は素っ頓狂な声を上げて、少女をもう一度目視した。

 彼の言う通り、棺の中にいる少女をよく観察すると腹部や胸部が、上下に動いているのが分かった。


 つまり、呼吸をしているということだ。


「ほ、ほんとだ··········驚きっす」

「驚くのはまだ早いようだぞ··········」

「ど、どういうことっすか?」


 驚きを隠せない黒髪の男の隣にいる赤毛の男は、まだ着目する点があると主張する。

 黒髪の男はおっかなびっくりしながら、赤毛の男に問うた。


仮面マスクをしてないのに、

「そりゃあ··········護石がありゃ可能だろ?」


 さりもありなんといった様子で、金髪の男は赤毛の男が言う言葉を聞き流した。そして金髪の男は、棺の中を漁り始めた。

 装飾の花も無ければ、遺品すらない貧相な棺。死んでないから当たり前なのだが、匿うと言ってももっとマシなものがあったろうに。何故、棺を選んだのか彼らには分からない。


 暫くして、金髪の男は棺の中から何かを引っ張り出した。


「やっぱ、あるじゃねぇか」


 金髪の男は、二人に見せるように手を開いた。彼の手掌には、三センチくらいの透き通った石が置かれていた。石を通して掌が見える程の透明度だ。


「護石··········だな」


 赤毛の男はその透明な石を見ながら呟く。


「だろ?今は必須な品目アイテムだ。これが無いやつから、化け物になって死ぬんだぞ?」

「そうだな。それで、どうする?貰っていくのか?」


 赤毛の男は少女に視線を戻して、少女を見ながら金髪の男に今後を問う。


「護石は貴重だから、貰っていくとしよう。それに────化け物になる前に殺せば、問題はねぇだろ」

「ん··········んぁ··········」


 棺の中に眠る少女が唸った。それに金髪の男は素早く反応し、腰に提げている剣を鞘から抜いて構えた。

 何時でも、殺せるように。


 むくりと起き上がった少女は、閉じていた瞼を開けて傭兵達に藍色の瞳を向けた。

 その瞳は、まるで深い水の中のような色合いであった。

 少女の下顎が動き、僅かに口を開けた。


「こ··········ここは─────ど··········こ?」


 透き通った声で呟いた少女の第一声は、自分のいる場所であった。

 少女はキョロキョロと周囲を見渡した。

 金髪の男も周囲を見渡して、現状の風景を改めて実感する。

 曇天の空模様、灰色に染まった荒野。遠くに見える森の木々は枯れて、葉は一枚も無い。冬の森のようになっていた。地面は灰が積もり、植物を隠して砂漠のようになっている。村だった場所では家屋が倒壊しており、屋根や柱ぐらいしか面影は無かった。そして、遙か彼方に見える巨大な樹木。

 自分の知らない場所だ。


「どうする?目覚めたぞ?殺すのか?」


 赤毛の男は、金髪の男に顔を向けて問うた。金髪の男は唸り、腕を組んだ。


「そうだな。殺すとしよう」


 金髪の男は直剣の剣先を天に向けて、振りかぶった。

 少女は藍色の瞳を、彼の持つ剣に向けた。これから何が起こるのか、予想は直ぐに出来る。だというのに、少女は避ける事も逃げる事もしない。その場から動こうとしないのだ。


「何をしている?」

「!?」

「誰っすか!?」


 突如、後方から凛とした声が傭兵達の横を通り過ぎるように聞こえた。

 傭兵達は驚愕し、振り返った。


「────お前は!?」


 誰かがその者に対して驚愕した。そう、思わず腰に提げていた剣を引き抜いてしまうほどに。


 

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