カミーユ・グスタフは恫喝する




 フェアルキアの水・二十節。


 到着をした魔導大隊は<灯台砦>に逗留をすると、ご多分に漏れず戦場を漁った。魔術師の骸を見出すと特に興味を持った様子で、砦の地下牢獄へ仮設の儀式場を準備し数日をかけ骸を調査するのだそうだ。

 敵であったにせよ死して骸となった者を冒涜するような行為にベルガルキー軍は反発をするが聞き入れらる筈もなく断腸の思いで儀式場とやらの準備を進めた。


 戦場に連れられた子供達の素性もはっきりとした。

 カミーユが考えた通りブレイナット公国出身の遺児であった。公王領公王都エイムズベリーの奴隷商で買われた彼らは何の理由も目的も聞かされず、ベルガルキーへ連れてこられたのだ。そして、命そのものを魔力の源とされた。

 随分と酷い仕打ちだ。それならまだ貴族にでも買われ慰み者のなっている方が幾分かはマシであったのではないかとカミーユは思ってしまう——命あっての何とやらだ。


 フェアルキアの水・二十一節。


 儀式場を急造する人員への配備を逃れたカミーユ・グスタフは上官と面会を果たすと、件の<光の学徒>の首飾りを渡し報告をした。私的な見解も求められたカミーユは魔術学院の関与ないしはブレイナットの関与を伝えると、上官は顔をしかめた。



「グスタフ。ではお前の見解では少なくとも魔術学院が関与していると? たかだか小国の内乱に魔術師が興味を持つほどの何かがあると?」

 カミーユは直立不動でその問いに「はい、なので魔術師共と暁を叩かなければなりません」と答え、執務室の簡素な机に肘をついた上官の少し上を凝視した。


 執務室の西側の窓は外に開け放たれており、昼下がりの心地よい風が緩やかに吹き込んでくる。レース仕立ての薄いカーテンが裾を軽やかに揺らした。


 あまりにも潔い回答に上官は目を瞬かせ、その続きを待ったが目の前の女戦士は胸を反らせ突っ立つだけで口を開く様子がない。それに、ハァと大きく溜め息をつくと上官は両腕を頭の後ろに回し「お前なー」とほとほと呆れたように云った。


「グスタフ。いいや、カミーユ。楽にしてくれ。お前の云いたいことは理解しているつもりだ。怒るのは無理もない。今回の暁の連中の動きには奇妙な点が多すぎる。監査官の報告によると砦が落とされた際にも魔術が使われている。まず、そこからおかしい。俺たち草原の民は魔術や魔導を嫌っていると云ってもいい。それは暁の連中だって同じだ」


「あの蟲野郎は連隊長の頭を吹き飛ばしました。同胞のはらわたえぐり出しました。それに、子供を生贄にしていました。我々草原の民はそんなクソなことをしません。聖霊に誓ってしません」

「そうカリカリするなよ、それもわかっている。子供達から証言も得られた。でもまだ本国への報告は待て。物証が少なすぎる」

「物証……ですか?」

「ああ、そうだ。首飾りだけでは駄目だ。暁を狩るのに本国は動かせん。ブレイナットなのか学院なのかは解らんが、その尻尾を捕まえなければ無駄足になる。それにだ。それを握ったとしたら大事おおごとだ。俺達の領分を遥かに超える」

「わかっています。でも魔導師達も薄々勘付いているのではないのですか? だからあんな頓珍漢な儀式場を造らせているのではないのですか?」

「ああ、そうだな。しかしそれを調べるのは俺達の仕事じゃない。俺達は敵の頸を敬意を持って斬り落とすことだ。調べるのは、魔導師と監査官の仕事。いいな、余計なことはするなよ」


 カミーユは上官が再び机に肘を突き云うと、ぎろりとそれを一瞥し再び上官の上のぼんやりとした空間を凝視した。


 空白無言の時間が流れた。

 外からは砦を修繕する木工師達の声と、トンタントンタンと杭を打ち付ける音が聞こえてくる。暫くすると開かれた窓の枠へ小鳥が二羽、羽を休めにやって来た。しかし外に向かって揺らいだカーテンに驚き、チチチと囀り飛びたった。


「なあ、カミーユ。返事は?」

「何に対しての返事でありますか? 敵討かたきうちに出るなと云う師団長代理のクソな命令に対してですか? それとも、師団長代理が連隊の女従者に手を出していることを知っているか? と云う質問に対しての返事でありますか?」

「な! お前今なんて——いや、え!?」

「それとも、あたしがそれを奥様に告げ口しようとしているのか? と、いう質問に対する返事でしょうか? それであれば答えは『はい』です」

「わかった! わかった! わかった! わかった! そんな事で上官を脅すな。お前、他の奴らに同じことはするなよ? 厳罰だぞ。それでどうしたいんだ」

「はい、叔父上。それでは、質問にお答えください。何をご存知なのですか? あの儀式場は何の為に準備をしているのですか?」


 叔父上と呼ばれたカミーユの上官。

 彼女の父、エストール・グスタフの弟ナレン・グスタフが現在は暫定的にエストールが率いた師団の長を勤める。兄の面影を残した姪のカミーユを溺愛するナレンは公私混同せぬよう気構えるのだが、こうやって二人きりで対峙してしまうと、からっきし、いや、めっぽう弱くなってしまう。

 だからなのかナレンは再び両手を頭の後ろで組み天井を仰ぎ見ると「お前には、敵わんよ」と小さく溢した。









 フォラリシアの土・一節——灯台砦正門


 ナレンとカミーユの話から八日が経過した。

 月は変わりフォラリシアの土を迎えると北海からは冷たい風が吹くことも無くなった。風は穏やかで暖かく心地よい。


 カミーユ・グスタフは旅支度を済ませると、まだまだ修繕の喧騒が止まない砦の正門に佇んでいた。南に在る<サタナキア砦>に向かうためだ。

 暖かな風がカミーユを撫でつけ、頭の上で纏められたブロンドをふわっと揺らした。もう硝煙の臭いも、血と鉄の臭いもしない。少し前までは、あちらこちらに屍が寝転がっていたが、それはもうない。自分もそれを手伝ったが敵も味方も関係なく土に還すため砦の少し先にある岬へ埋めてやったのだ。


 死して円環に戻り再び命の糧となる。

 それが草原の民の心得だ。



 ナレンがあの日に語ったのはこうだった。

 魔導師達がこれから調べようとしているのは<灯台砦>から南南東に四日ほどの本国との境に在る<サタナキア砦>の動向だった。

 魔術師達の骸を利用し、鴉を飛ばそうと云うのだ。それが<サタナキア砦>に帰えるのであれば、そこに居るのが今回の首謀者だと断定できるのだそうだ。


 つまり首謀者は将軍オセということになる。


「なぜ将軍が境の砦なんかに?」


 カミーユの疑問は至極真っ当だ。

 ベルガルキー軍の全師団を統べる将軍閣下が何故にサタナキアなんて小さな砦に出向いているのか。

 彼は彼の故郷であるサタナキア砦にほど近いエドラスの村に蔓延した疫病騒動を収拾するためサタナキアに出向いたそうなのだ。それもどうも不自然な話ではあるのだが、とにかく出撃記録にはそう記されていたようだ。


 そして<灯台砦>が襲撃された日を同じく、<サタナキア砦>からの定時連絡が途絶えた。何度か斥候が砦に向かうも帰還した斥候は居ない。


 それにあわせ、これも不自然な話ではあるが偶然にもベルガルキー首都クルロスへ逗留する魔導師大隊の入れ替えを行うといった名目でオーロフを出た大隊が魔術師達の気配を<サタナキア砦>から感じると報告をしたのだ。 それはあまりにも計算されたような偶然で、ナレン達は本国からなにかしらかの鎌をかけられているのではないか? と勘ぐってしまう。



 先ほど飛び立った小鳥達が舞い戻り、チチチと顔を見合わせた。

 レースのカーテンは、今度は小鳥達を驚かさないようふわりと内側に体を揺らした。


「カミーユ。お前のこの度の働きは見事なものだった。だから休暇を取れ。休暇を取ってエドラスで湯治でもして来い」


 ナレンは苦虫を噛み潰したような顔で唐突に云うと、机から何やら書類を取り出し何やらしたためるとカミーユに手渡してこう付け加えた。


「サタナキアを調べてこい。鴉が東に飛んだら大事おおごとだが、南に飛んだら——将軍には何か考えがあるはずだ。それが判る前に真意を掴んでこい。好きなのを二人連れて行け。いいか、お前の怒りもわかる。だがな、命を粗末にするなよ。落とし前を付けさせるのは全部わかってからだ。いいな」









「グスタフ先輩、お待たせしました!」

「遅くなりました!」


 過日に想いを馳せたカミーユの元へやってきたのは、三頭の馬を連れた二人の女戦士だった。先日の激戦を見事に生き残った優秀な草原の民だ。

 カミーユの馬も連れた小柄の女戦士はカミーユに手綱を渡すと「先輩の馬は、何でこう云うことを聞いてくれないんです?」と頬を膨らませた。すると、それを分かってなのかカミーユの愛馬は鼻を大きく鳴らし、小柄の女戦士の背中を小突いて見せた。


「ほら、もう! さっきからこうなんですよ」

「キシリアのことが好きなんでしょ? 嬉しいんだよきっと」

 キシリア・アズポートはカミーユにそう云われても尚、憮然と頬を膨らませ「そうなんですかねぇ」と背負った弓に絡まった栗色の髪を整えた。


「自分もさっき、その子に小突かれましたよ」

 淡々と云ったのはキシリアと一緒にやってきたクロエ・ドラシエルだ。

 彼女はそう云うと鉄製のあぶみに足を掛け颯爽と騎乗をした。キシリアとは正反対に長身のクロエ。騎乗する様子は赤茶色の長髪も相俟って、まるで眉目秀麗なアークレイリ人の男性を彷彿させるのだが、なめし革の軽鎧の上からでもそうだとわかる胸の双丘を見れば、彼女が歴とした女性であることがわかる。


 カミーユはそれに自分の胸に両手をあて「クロエの方が大きい?」と、小さくキシリアに訊ねた。童顔な顔の双眸を丸くしたキシリアは飴色の瞳をくりくりさせ「そんなの知りませんよ!」と、しとやかな胸を片手で抑えそっぽを向いてしまった。


 表向きは休暇でエドラスでの湯治に向かうという名目だ。だからカミーユはこの二人を連れて行くことにしたのだ。キシリアとクロエはカミーユの少し後に入隊をしてきた戦士であったが、年齢も近いことから随分と仲が良い。

 尤も師団長の娘であると云う事実もあり、同期からは煙たがられていたカミーユは、気兼ねなく「先輩」と自分を慕ってくれるこの二人と一緒に居るのが楽であった。


「それじゃ行こうか。人の金でいく旅は最高に気分がいいわ」


 カミーユは手綱を器用に捌き馬を回頭させると、颯爽と馬を走らせた。

 三頭の栗毛の馬は砦を下り南に伸びた街道へ合流すると、土煙をあげ、ぐんぐんと速度を増して行った。


 <サタナキア砦>にほど近いエドラスの村へ到着するのは、それから四日後のことだ。



 

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