第2話

 帰宅して、自室に入るとベッドに腰かけ…頭を抱えた。

「連絡先交換しておけばよかった…っ!」

そう、『またな』と言ったものの、これではまたいつ再会できるか分からない。

藍澤の学科も何組かも知らない。藍澤も母親に呼ばれて急いでいたのもあるが。

「いや!大丈夫だ!」

今更そう考えても仕方ない。大丈夫、きっとすぐ会えるはずだ。なにせ、数年ぶりに奇跡(と言いたい)の再会を果たしたのだから。

そこで、ふと疑問が出てきた。

「なんで、藍澤はあんなに嬉しそうだったんだろう…」

俺達は友人というほどには接してないし、ただのクラスメイトという言葉が正しい。俺が、もっと勇気を出して話しかけたりしていれば友人という間柄になれたと思う。

あまり接点がなかったクラスメイトと再会したからといっても、あんなに嬉しそうにないだろう。

「……もしかして、俺の事が好きだったとか…?」

声に出してみたが、すぐにそれを否定する。そんな事はありえない。

なにせ、藍澤に好感を持たれるような事をしていない。そのような事も言ってない。最初に話した事なんてそれこそゲームの事だ。授業で頭が良いところを見せてないというか頭がよくない。体育やクラブ活動で活躍していない。

言ってて虚しくなるが、藍澤が俺に惹かれる要素が全くないのである。ありえないのである。だからこそ、あの笑顔の理由がわからなかった。

「ぐおおお…いったいなんなんだよぉ…」

また会いたい気持ちをあれど、どう接するべきか悩み、頭を抱えながら天を仰いだ。見えるのは、部屋の無感情な天井だけだった。




 転校生こと藍澤百合香は、1日クラスの女子に引っ張りだこだったようだ。転校生への校内案内は恒例行事のようなものだが、藍澤さんの人柄なのかクラスの女子から印象が良かったようである。そんなわけで、俺を含めて男子が話す機会がなかった。

一目惚れしてしまった俺ではあるけど、できる限り見ないようにしていた。というか、それが当たり前だった。

だけれど、話してみたいという欲求はあった。

2日目からは、クラスの代表みたいな男子達も話しかけれるようになっていた。が、妙に女子達の目が鋭い。まるで、警戒するかのようだった。それを察してか、男子達は話しても一言二言で切り上げていた。その状況がなんなのかがわかったのは、藍澤が転校してきてから1週間経ってからだった。

 簡単に言うと、純粋に良い子だったからである。ほんわかしていて、笑顔が可愛い。が、自己主張が強くないらしく、クラス女子達が悪い虫がつかないかのように過保護気味になってしまっているのだという。

多くの転校生がいじめの対象になってしまう事があるのに対して、逆に過保護に守られるというのは凄く珍しい。

ちなみに、俺達は同時、小学5年生。小学生らしからぬ展開である。

そんな中なので、藍澤に話しかけられる事がさらに遠ざかってしまったのである。


 けっきょく話す機会がないまま1ヶ月が過ぎ、この想いを諦めようかと思っていた時に、唐突にその時がやってきた。

 体育の授業での見学で一緒になったのだ。

俺は前日まで2日間、高熱で休んでいて病み上がりの為。藍澤は当日の朝に足を挫いたらしい。

グラウンドでの授業。俺達は日陰の位置で、少し距離を取り見学していた。

「…………」

「…………」

話したい。何か話したい!ひたすら俺はそれを考えた。かける言葉は1つ。ゆっくりと挫いた右足を引きずるように歩いていた姿は痛々しかった。俺は藍澤の方を向き、声をかけた。


「藍澤さん、ゲームってやってる?」

「…えっ?」


両者して固まる。俺は、この時初めて自分が重度のゲーム好きである事を悔いた。頭ん中では、ひたすら『違うだろ』『他に言う事があるだろ』と自分を叱咤するが、口がぱくぱくと動くだけで肝心な言葉が出てこない。顔から背中から汗だくになる。

藍澤は目を丸くして驚いている。まさか、初めての声をかけられた事がゲームについてなんで思いもしなかっただろう。


だが、彼女の言葉に今度は俺が目を丸くして驚く事になる。

「うん、やってるよ!デリシャスクエストってゲーム!」

にこっと笑顔。俺はそれが聞き間違いでないと確信するのに、数十秒かかったのである。



 入学式の日の夜、私、藍澤百合香は小学校の卒業アルバムを見ていた。懐かしい。自分の写真は見るのが恥ずかしいけど。クラス名簿で、1人の男子に目が止まる。今日再会した長谷一真君だ。

偶然…奇跡の再会。こんな事が現実にあるのが本当に驚きである。初めて話した当時を思い出す。

 「藍澤さん、ゲームってやってる?」

朝、飛び出してきた猫を避けようとしてバランスを崩して転んでしまい、足を挫いてしまった日。その日は体育の授業があり、見学する事になってしまった。風邪で休んでいた彼は登校してきたが、大事をとって見学だった。そこで、彼は意を決したように私を見て、そう聞いてきた。

「…えっ?」

あまりに突然でとても驚いてしまった。ゲーム?ゲームって言ったの?

長谷君の事を友達に聞いた事がある。

『長谷君?あ〜…ゲームが大好きなオタクなんだよね。友達とひたすらゲームの話をしていて、なんか、引いちゃうんだよね〜』

一瞬、長谷君と話してみたいという気持ちがすぐにブレーキをかけさせられてしまった。

だけれど、彼は私にゲームで遊んでいるかを聞いてきてくれた。その事が嬉しくて、汗をかきながら固まっているのに、

「うん、やってるよ!デリシャスクエストってゲーム!」

と笑顔で返した。長谷君は今度を目を丸くして驚いてしまったが、ちょっとして笑顔を見せた。

「ほんとに!?俺も今やっててさ!」

声が弾んでいた。デリシャスクエストというのは、先月に発売されたRPGで、世界の美味しいものを全て自分だけのものにしようとする悪者をやっつけに行く若者達の物語。システムも良くてとても面白い。

そう、私はゲームが好きな人間である。とはいっても、話題作を少し遊ぶくらい。でも、今までゲームについて話せる友達は誰もいなかった。みんな、『ゲームで遊ぶ人は引いてしまう(キモいという人もいた)』ので、そう言われる事が恐くて、友達を失う事になりそうで恐かった。気楽に話せている男子達が羨ましかった。

「まさか、藍澤さんもやってるなんて思わなかったけど、嬉しいなぁ!今、どのあたり?」

「えっとね、四部隊の最初の部隊長をやっつけたところなの」

「あいつか〜。最初なのに妙に厄介だったよね。こちらの攻撃力とか頻繁に下げてくるし」

「うん。こちらも上げていたらMP無くなっちゃうし、大変だったわ」


…楽しかった。友達とのいつものお話もとても楽しかったのだが、ゲームの話がこんなに楽しいだなんて思わなかった。だけれど、この直後、やる事が終えた友達がこちらに来たので、長谷君は離れた場所に行ってしまった。友達は、『大丈夫だった?変な事言われたりしてない?』と心配してきたが、私はそんな事は言われてないと否定した。むしろ、もっと話したかったのに…と残念だった。

 

この後、長谷君とはお話する事が何度かあったのだけれど、ゲームの話は全然できなかった。あの時、小学生の時に言えなかった言葉を伝えようと決心して、卒業アルバムを閉じた。

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