キミに幸せを
路威
第1話
一目惚れだった。
彼女から目を離す事ができなかった。普段からゲームの事しか頭になかったのに、その時はずっと頭が真っ白だった。
思考が戻ったのは、大きな拍手音でだった。俺も慌ててそれに倣う。それでも、まだ目を離せなかった。
彼女は指定された場所に足早に行き、着席した。周りから注目され一言二言交わす。
ようやく目を離せたのは、それを見届けた後だった。
小学生の時のとある朝の教室。
彼女は、転校生だった。
時は流れ、あの時からの5回目の4月。高校生として始まった新たな春。入学式を終え、新たな一年を過ごす教室に移動してきた。
中学までとは違い、知った顔がいない。緊張こそするが、嫌ではなかった。まさに、新たなスタートに相応しい。
担任教師が入ってきて、挨拶。そして、クラスメイトそれぞれの自己紹介。ガチガチに緊張している者。緊張のきの字もない者。皆個性が出ていて良い。
---いや、本性を曝け出すのはこれからだ。これから、ゆっくりと明らかになるだろう。そして、色々な問題が起きるのだ。何もない学生生活など、ありはしないのだから。
ちなみに、俺の自己紹介は名前と好きな教科を言ってよろしくお願いしますと簡潔で終わった。
もちろん、趣味なんて言わない。言えるわけがない。
俺こと、長谷 一真(はせ かずま)は、変わらずゲーム好き人間なのだから。
初めてのホームルームを終え、校舎を出ると外は在学生による部活勧誘が行われていて賑やかであった。
まだ入部できる時期ではない為、見学前提の勧誘なのだが、この熱は昔も今も変わらないのだろう。部によっては新入生入らないと廃部の危機だろうし。
かくいう俺もどこか部に入ろうかと考え中である。
……本当は、帰宅部でゲーム三昧といきたいところなのだが、両親に『高校から先の進路に向けて少しでも有利な事をしておくように』とさんざん言われたので、仕方ない。だからといって、焦って決めるべきではないのでしっかりと考えたい。
とりあえず、今日のところは帰宅しよう。
ーーーーと、ふと桜の木が見えた。大きい。この学校にあんな大きな桜の木があったとは。
気がつくと、桜の木に向かっていた。まるで、引き寄せられるように。
ーーー桜の木の前に誰が立っているのが見えた。
女子だ。歩いて行くにつれ、特徴が見えてくる。
はっきりと見えた時、俺の足はそこで動きを止めた。
胸が高鳴った。
体が固まったように動かない。
目が離せない。
こちら見て、目が合う。
あの時、一目惚れした少女、藍澤 百合香(あいざわ ゆりか)がそこにいた。
俺と藍澤は小学校こそ同じだったが、それは互いの家から中間地点にあったからだ。中学校は互いの近い位置、正反対にあった為通う学校は違ってしまった。藍澤だけではない。クラスメイトも数人別の中学校に行ってしまった。
つまり、藍澤と会うのは小学校卒業以来となる。
そう、俺は小学生で一目惚れしたクラスメイトに何も言えずにいたのである。
何故か。勇気が出なかった、この一言につきる。情けない、実に情けない。
しかし、こうして藍澤はまた俺の前に現れた。一瞬、似た人かと考えた。だが、間違いはなかった。長い黒髪、小学生では眼鏡をかけたりコンタクトにしたりしていた少し細い目、清楚という言葉が似合う雰囲気。たった3年でここまで大人っぽくなるのかと思うくらい、美人になっていた。
お互い、目を逸らさない。声をかけようか。いや、俺の事なんて忘れているかもしれない。だが、そんな事はないと次の瞬間思わされた。
「長谷……君……?」
声色はちょっと大人びたが、懐かしい響きだった。鼓動が高鳴る。
「藍澤…」
ふり絞るように声を出し、その名を呼ぶ…。藍澤は目を丸くして驚き口元を両手で覆う。そんな大袈裟なと思うが、本当に、本当に全くの偶然である。元クラスメイトというだけで、共通の友人もいない。
ましてや、こんな場所で再会するなんて誰が予想できただろうか。
互いに歩み寄り距離を縮める。人1人分開いた距離で俺は口を開いた。
「…小学校の卒業式以来だな、久しぶり」
「うん!久しぶりね!」
ニッコニコという言葉が相応しい笑顔だった。
「まさかこんなところで再会するなんて思わなかったよ!」
嬉しそうな藍澤にそうだなと相槌をうつ。
「……その、よく、わかったな?俺だって…」
目を逸らしながら、当然の疑問をぶつけた。俺の場合、惚れているという補正が働いているのが明らかだが、藍澤は違う。俺も彼女同様(若干)成長しているし、髪型も変えていた。眼鏡だって変えてる。
「わかるよ。だって、雰囲気そのままだもの」
微笑みながら即答された。さすがに驚いた。雰囲気が小学生から変わらないという事に喜べばいいのか悲しめばいいのかだが、藍澤は俺という人間を外面だけでなく雰囲気でも、つまり全体を理解していた事になる。話した回数だって数えられるくらいだ。
ーーそこで、ふと思い出した事がある。
藍澤が教室内で友人達と話している時、『百合香はよく人を見てるよね』と言われていた事に。
藍澤はそんな事ないと否定していたし、聞こえた俺も俺で小学生の会話じゃないなとぼんやりしていた。
「あっ、変わらないと言っても、小学生のままでっていう事じゃないのよ!?その、根っこというか本質というか!そう!オタクっぽい!」
笑顔だが焦ったようにわたわたとフォローしてくるが、最後で台無しになる。やっぱり、俺は雰囲気からしてオタクっぽいのか。実際そうだから、そうショックではないが。
「…オタクっぽい?」
いや、聞かれても。……ああ懐かしいな。藍澤はこういう天然気質なところがあるんだった。つい苦笑して、こう返した。
「ああ。変わらずゲームオタクやってるよ」
そっかと微笑んだ藍澤。その笑顔に嫌味は感じなかった。変わらずにいた事が微笑ましかったのだろうか。
と、その時、藍澤からスマートフォンからであろう通知音がした。いまや使っていない若者はいないのではないかと思うくらいの大人気会話アプリのやつだ。藍澤は、ごめんなさいと一言告げスマホを取り出し、画面を見る。が、すぐにこちらを見る。
「お母さん、迎えに来てくれたみたい。行かなきゃ」
ごめんなさいと申し訳なさそうな表情をする。別に気にする事ないのに。
「わかった」
たったったっと俺の横を走り抜けて行く。
…あ、そうだ。
「あ、藍澤!」
足を止め、くるりと振り返る。それだけでも、嬉しさを感じた。
「ま、またな!」
情けない事に肝心なところで声が裏返る。なんてこった…。だけれど、言いたかった。言っておきたかった。
きっかけを逃したくなかった。
そんな俺の心中を察してか。
はたまた、本心からか。
「またね!」
笑顔でそう言って手を振ると、再び校門に向かって走って行った。
俺は、両手をぐっと強く握った。
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