14 神剣果てのハテナギ
さて本部の向かいに造られたイベントステージだが、もとはと言えばオロチ神楽のためのものだった。元来路上で行われていた行事だったが、観光客が押し寄せるようになり、よく見えず、場所取りが大変だのという問題が深刻化してきた。そこで会場のどこからでもよく見える360度対応のプロレスのリングを大きくしたような舞台が設置されたのであった。今日もパレードが出発し、オロチ歌舞伎の時間が近づくと、舞台の正面には、来賓席や高齢者席、有料席等も設置され始めた。やがてしずしずと神社から雅楽隊が、そして勇壮なリズムを刻む大太鼓が舞台の周囲に陣取る。
来賓席に各町会長や実力者たち、外部からの招待客などが入場してくる。舞台の四方に設置された顔認証のカメラが、一瞬で登録された人かどうかを選別する。やがてその後ろに一般の観光客が少しでもいい場所をとろうと集まり始める。
そしてついにパレードが到着、ステージのすぐ手前で、大ブラスバンド隊が疲れも見せず、渾身の最後のファンファーレを高らかに響かせた。
「ありがとうございました、パレードは順次ここで解散に鳴ります」
歓声と拍手の中、ブラスバンドと七福神たちが、本部の裏、SKDセンターへと手を振りながら去ってゆく。踊りやダンスのメンバーから、バトンガールやチアガールたちが大きく手を振りながら解散して行く。そして小学生武将隊を、家族や同級生たちが迎える。
「大塚レイちゃん、おつかれ、最後までよく頑張ったね」
「今年は、日も出てたけどここは曇りだったし、鎧兜が軽くて着心地も良かったから楽だったわ」
有賀徹君も長槍を持ちながら誇らしげだった。
そして山車がイベントステージのそばまで来ると、いよいよ準備完了だ。
今度は趣を変えて神々しい雅楽がステージに響き渡った。だが驚いたのは、その時、会場が一瞬完全に静まり返ったのだ。ツクシもステージを診て驚いた。
「いと美しの人…箕子さんを連れてるわ…」
そう、神社の神職、真加田宮夏が、箕子さんの菱姿田千代を引連れて、しずしずと舞台に上がってきたのだ。千代の鳴らすお清めの鈴の音が響く。夏は祝詞を唱えながら、舞台の四方をあの白い房のついた棒、ヌサを振って清めたのだった。そして静かに舞台を降りると一斉に観客がどよめきだす。
いよいよ始まる。
まずは翁の仮面をかぶった仙人風の男が、たくさんの白い布をまとった童役の小さな子供たちを連れて入場、山の幸の舞いだ。
翁は山の紙、童たちと楽しそうに舞うと、童たちは師方に分かれてしゃがみこむ。
「かわいいつぼみたちよ、季節は巡る、今こそ花と酒」
そして雅楽に合わせて東西南北、四つの方位にひしゃくで水を巻く。すると白い布をまとってしゃがみこんでいた童たちが、順に回りながら、布を裏返し立ち上がる。
「おお、花が咲くようだ!」
初めて見る観光客からどよめきが起こる。童たちがまとっていた真っ白な布が取り払われるとその下はあでやかな衣装で、かわいい童たちの踊りもあいまって、東西南北に、それぞれ彩り鮮やかなお花畑ができたようだった。
「ドン、ドドーン!」
「キャーッ!」
その時大きな太鼓が鳴り響き、驚いた童たちは散る花のように舞台の下へと逃げ込んで行く。
「ドドドドドンドド、ドンドドドドド!」
あっちでも、こっちでも一斉に太鼓が勇壮なリズムを叩きだす。
「オ、オロチだ。でかいぞ!」
今までステージの裏の幕屋の中に隠れていた龍が雄叫びを上げる。そして幕が一斉に取り去られると、三つの頭を持つと言う、三頭龍が体をくゆらせながら飛び出し、舞台の上へと昇り龍となって上がってくる。
直径130センチほどもある円筒状の布でできた龍の胴体を6人の男がかぶり、上下にうねるように進む。一糸乱れぬ動きは鍛錬のたまものだ。そして龍の大きな首と頭を抱えた舞い人が先頭に三人達、三つ首の龍を演じる。毎年同じ木型から作られる頭は紙製の張りぼてだが、口や目が動いたり、白い煙を吹く仕掛けがあり、それなりに重い。さらに鋭い爪をきらめかす右腕、光る龍の玉を振り回す左腕に一人ずつ付き、先が三つに分かれた巨大な尻尾を操る三人がいる。
これだけの人数がなければ6メートルの龍は動かない。ほかの登場人物、裏方まで入れると凄い人数になり、一時は後継者不足に悩んだが、吉宗先生のアイデアで、神社の氏子だけでなく、一般公募オーディション方式に切り替え、一般市民の力で盛り返し、勢いを取り戻したのであった。
胴体がリズミカルにうねり、大きな三つの首が伸びあがり叫び、白い煙を吐く、爪が空を切り裂き、玉が神秘的に光る。そして時々、尾がクジャクのように広がって威嚇する。
そんな龍と戦うのが、古代の英雄ハテナギだ。神剣を手に入れ、三人の従者を率いてやってくる。猪の突進力のイノオウ、鷹の神速のハヤブサ、そしてクマの怪力クロガネだ。
ハテナギと三人の従者が近付くと、龍が雄叫びを上げ、龍の鱗の服をまとった、9人の鱗人が大地から湧き出るように姿を現し、ハテナギと従者に襲いかかる。
そして巨大な龍の周りで、アクロバットアクションショーが始まる。鱗人たちは騎馬戦のように組み上がり、やられて崩れ、ピラミッドを組み、駆け上がって空中攻撃、回転、逆回転思いのままで、ハテナギ達を翻弄する。凄いアクションなのだが、要所要所に美しい舞いの型が入り、神楽として盛り上がって行く。
そして三人の従者がみごとな殺陣で9人の鱗人を追い払うと、ついに龍との戦いだ、
龍には大きく分けて三つのリズムと三つの型がある。
1:蓄力 ゆっくり複雑なリズムを刻む
体を縮め、左右前後に複雑なステップを踏みながら、敵を威嚇し、力を貯める。
2:稲妻 爆発的なリズム
縮めていた同夜首を一斉に伸ばし、三つ首の騎馬や腕の爪で相手を切り裂く。
3:嵐 鋭く叩きつけるようなリズム。
三つの首や、両腕、3本の尾が体から分離し、一斉に襲い掛かる。
大太鼓の怒涛のリズムに乗り、この蓄力で相手を威圧し、稲妻で襲いかかり、嵐でとどめを狙ってくる。これが順に繰り返し、だんだん激しさを増す。そして5回目の嵐で三人の従者がとうとう倒される。イノオウは大地にめりこみ、ハヤブサは翼を失い、クロガネは龍の腕に抑え込まれる。覚悟を決めた英雄ハテナギがこの世の果てまでなぎ払うと言う神剣果てのハテナギを取り出して三つ首龍に挑む。三つ首の威力は凄く、ハテナギは一度吹き飛ばされ、その牙にかみくだかれそうになる。
「神剣、果てのハテナギイイイ!」
だが、耐えに耐えた英雄ハテナギはついに神剣をさやから抜く、おおっと、どよめきが起こる。一振りで逆に龍をふっ飛ばし、次の二振りで右の首、左の首を順になぎ払い、最後の一振りで中の首をついに切り落とす。龍は打ちふるえながら舞台から落ちて姿を消し、翁と童が再び幸の舞いを踊る。
「すごーい、今年は一段とアクションが盛り上がったねえ」
観客も大拍手、興奮のうちにオロチ神楽は終了した。司会者の近藤多恵さんが、祭りの実行委員会の代表である村長にコメントを求めた。村長は感謝の心をこめてコメントを述べた。
「一時は人手不足から存続が危ぶまれたオロチ神楽も、一般公募の市民の皆さんの力で復活し、今年はすごい盛り上がりでした。パレードも、各種団体の音楽やダンス、パフォーマンスが充実し、小学生武将隊もリニューアルしているし、生き生きしていました。すべては市民の皆さんの力です。さらに今年はごみのリサイクル活動にもご協力いただき、すばらしい成果が上がっています。まだ祭りは続きます。最後までご協力をお願いします」
湧きあがる拍手、でも観客はまだ帰らない。引き続き、このステージでアイデアコンテストの授賞式があるのだ。
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