13 地元の力
夏祭りと言えば、今まではあちこちにごみが散乱し、ごみ箱を増やした年もあったし、ごみ箱をすべて撤去し持ち帰りにした年もあった。ただ、どちらにしてもあとの会場清掃が大変なのは同じであった。それが今年は、ビニール袋やプラスチックを会場から消し去り、決められたごみだけをリサイクル回収するという新しい方式を採るのだ。ツクシたちのスタッフのお昼も、規定通りの蓋付き紙ボックスにサンドイッチをつめこんだものと紙コップの飲みものだけだった。急いで食べ終わると、まず片付けの第一弾だ。さすがにスタッフは事前の打ち合わせで心得ていて、食べ残しや飲み残しをする人はいない。きれいに容器をつぶしたり重ねたりしてリサイクルボックス行きだ。これが、集まってくるお祭りの観光客にもどれだけ徹底するのかはまだ分からない。最初は昼から始まる弁天池の買い物コーナー、そして午後3時から4時までのパレードとオロチ神楽、それから中央イベントステージでショーや授賞式、そして神社で神事や御神楽があり、暗くなれば鐘楼流しだ。ツクシはそれぞれの会場が盛り上がる少し前に先乗りし、リサイクルボックスの活動を促進しなければならない。
「あれえ、雲間から神社の方へと光がさしている。天気予報はずれかしら。それとも神社の夏さんの超能力?」
空はまだ全体に雲が多いが、神社の上空を中心に小さな青空が広がっている。
「やっぱり暑すぎなくてちょうどいいかも」
ツクシはまず弁天池の買い物コーナーにシカサンで乗り込んだ。ちょっと前に売り出しが始まったばかりだが、もう凄い人がわらわらと押し寄せている。もう、問屋街の大放出品が出たとか、ワインとパンとチーズの一回目の発表や試食会がカフェで始まっていて、さっそくおいしいと大評判、カフェにも人が詰めかけている。もちろん弁天カフェでも発行塾の試食コーナーでも規定の紙容器以外は使われていない。
「やあ、ツクシさん、こっちは順調、きれいにリサイクルで来ているよ」
「あ、味噌やの亀さん、お手伝い有難うございます」
弁天池のリサイクルコーナーの前には、亀さんや地元の老人会の人たちが交代でやって来て、ごみの出し方をみてくれていた。
ここでは例の豆乳玄米甘酒、ココア玄米甘酒などの飲み物や、牡蠣醤油焼きそば、いなり寿司等の商品が出回っていたが、今のところ食べ残しや飲み残しもなく、100%きれいにリサイクルで来ているようだった。ありがたいのは、地元の方々の力だ、ツクシはしばらくそこでリサイクルごみの片付けを先頭に立って行い、やがて時間が近づくと、大通りへと再び走り出した。
いよいよパレードの時間だ、たくさんの人々が大通りに押し寄せた。スーパーの駐車場を借りて派手に組まれたイベントステージの前を突っ切って、ツクシはリサイクルコーナーへと歩いて行く。適当に関係ないごみを突っ込まれないように、コップ一つから積み重ねて入れられるように造ってあり、蓋付きボックスなどの箱はつぶさなくては入れないように設計してある。でも食べ残し飲み残しがなくきれいに積み重ねると、とてもコンパクトになり、気持ちが言い。ケチャップやマスタードがべとべと付きそうなキッチンペーパーは、場合によってはもえるごみに鳴るが、それ以外はきっちりリサイクルにまわし、ダンボールに生まれ変わるのである。
さっそく大通りを眺めてみると、もう出店で買った唐揚げやタコ焼きを持って歩いている人たちが目に着く。ツクシは「食べ残し、飲み残しはノー!」と書かれたリサイクルコーナーに陣取る。
「食べ残し・飲み残しの無い人は、ここでリサイクルごみを引き取りますよ!」
大きな声を出してアピールするまだ誰もやってこない。そんなことをしているうちに、中央ステージで派手なファンファーレが鳴り出した。
「倉河地区夏祭り、いよいよ開始です」
総合司会のFMラジオの近藤多恵さんの透き通った声が開会を告げる。
「まずはパレードから出発です」
白壁大学や地元の高校、小中学校のブラスバンド部で構成された大編成のブラスバンド隊が、高らかに演奏しながら進み始める。ところが中央ステージの前まで差し掛かった時だった。
「ははは、何が夏祭りだ、何がパレードだ」
突然スピーカから大きな声が流れ、演奏が中断する。するとイベントステージの上に不気味な姿をした黒い人影がばらばらと現れる。
一体なんだ?だがそれはさっそくのお楽しみイベントだった。
「ドワッハッハアー、俺様は疫病神、病気をまき散らすぞ!」
目の下にわざとらしいクマをつくった蒼白い顔の男が叫んだ。
「いひひひひ、おれっちは、貧乏神だ!仲良くしようぜ…」
みすぼらしいつぎはぎの着物姿の小柄な男がにやにやしてポーズをとる。
ほかにも酒のヒョウタンをあおりながら暴れまわる赤鬼を中心に、無駄遣いの神、セクハラの神など、7人の悪の神様が飛び出した。でも、怖いと言うよりはちょっと笑える悪党たちだ。
「待て、悪党ども、祭りやパレードをぶち壊すのはやめるのだ!」
次に部隊の上手から現れたのは、戎、大黒点、布袋様や福禄寿などの七福神、桜ちゃんの扮した弁天様もいる。
「ええい、ハッピー豆まき攻撃!」
光る豆が飛び交う!さらに七福神たちが巨大な打出の小槌を担ぎ出す。
「打出の小槌バズーカ!」
ドッカーン!白い煙とともに七色の布が噴き出す!
「うわああああ、た、たすけてくれえええええ」
舞台から飛び降り、散り散りに逃げだす七副神たち。
「おぼえていろ、もう一度勝負だ!」
捨てゼリフを残して去って行く悪党ども、するとステージの裏に待機していた七福神の宝船がゆっくり前に出てくる。この宝船はトラックを改造したパレード用の車体で、倉河七福神巡りで開運だと書いた横断幕も車体にある。ステージから、直接七福神が乗り込むと、ゆっくり進みだす。
ブラスバンド隊が、また華やかにファンファーレを噴きならす、パレードの本当の出発だ。ブラスバンド隊、そのあとに派手な七福神の宝船が続く、さらに後ろに着物姿の民謡踊り、さらにダンス部隊、バトントワリング隊、チアリーダー隊と続き、最後に小学生武将隊と新加田宮神社の大きな山車が続いて行く。
「予定通りだ。いよいよ動き出したな」
あの一人でやり直しにかけた北石照三は、夏服の警備隊のユニフォームをバリッと着こなし、パレードに押し寄せる人たちの整理に当たっていた。
吉宗先生が武具をつけた小学生たちに声をかける。
「よし、小学生武将隊、出陣じゃあ!」
「えい、えい、おーっ!」
「いやあたすかるねえ。直射日光がほとんどなくてしのぎやすいや」
吉宗先生が笑う。ダンボールの鎧兜をつける小学生武将隊は、曇り空を見上げてちょっとホッとしていた。吉宗先生の解説がマイクで高らかに響き渡る。
「この倉河にも戦国時代から江戸時代に城があったことはご存知ですね。いまの倉河城址公園、この倉河の街を見下ろす大地の上にありました。戦国時代の終わりごろ、小田原の北条勢を責めるために、この城からも武者たちが出兵しました。今日はこの街の小学生たちがその時の武者たちを再現しました」
まずは3メートル近くもある軽くて丈夫な紙せいの長槍を持った長槍隊だ。
「長槍隊、かまえーっ!」
「おおっ!」
下から突き上げ、上から叩き潰す、当時の長槍の型が再現される。
そしてお次は火縄銃隊の小学生がさっと出てきて銃を構える。
「ダダダーン!」
スピーカの銃声に合わせて、銃の先から少量の片栗粉が、ぶわっと噴きだす。なかなかの仕組みだ。
そして弓矢隊、突撃隊と続いた後、派手な鎧兜をつけた四天王の登場だ。
長槍の達人や、太刀の達人が、派手なアクションでポーズを決める。有賀徹君もバッチリ決めて拍手喝さいだ。そして城主倉河義英公だ。もともとはかわいい女の子の大塚レイちゃんだが、きりっとした気品ある音の様に鳴りきっている。
「なんだか今年は違うぞ。去年までは仮装パーティーみたいだったのが、今年はりっぱな武将隊だ」
段ボールアートの鎧兜の評判は上々、ツクシも自分の得意技がこんな華やかな舞台で役に立って感激だった。
「えい、えい、おーっ!」
わずか30分ほどのパレードだが、小学生たちは勇ましく歩いて行ったのだった。
そしてたくさんの人の引っ張る大綱によって引き出されたのが真加田宮神社の御神体を乗せた大きな山車だ。ゆっくり動く山車の上では、おかめひょっとこや、キツネなどのお神楽が始まったり、太鼓隊が曲打ちをしたりとなにかと忙しい。このパレードは七福神のお寺のある寺町のあたりをぐるりと回り、弁天池の前を通って30分ほどでここに帰ってくる。そしていよいよクライマックスのオロチ神楽となるのだ。
このパレードが一度離れて帰ってくるまでの間、この大通りのステージ前にそのまま残るオロチ神楽目当ての観光客も多く、実はこの時間に飲み食いするごみも多く出ているのだと言う。今は曇りとは言えやはり昼過ぎの暑さが残っていて、ソフトクリームが大人気、かき氷も売れ出しているようだ。
「食べ残し、飲み残しの無い方はリサイクルごみを出すことができまあす」
リサイクルコーナーで声をかけるツクシ、流石にこの時間は大忙しだ。
見張っていないと、分別せずにめちゃくちゃにごみを突っ込んで去って行こうとする人も出てくる。そこを間髪いれずにとっ捕まえて正しいやり方でやり直させるのだ。
だがそんなツクシを手伝ってくれる強力な仲間がそこにやってくる。
「ツクシさあん、お手伝いしていいですか?」
「あ、有野さん、助かるわ、今大忙しよ」
そう、あの新入り仲間の農業ガール、有野マナだ。
「ここで手伝うだけでポイントになるって聞いたから、早速来ちゃいました」
「もちろん、ばっちりポイント着くわよ。じゃんじゃん稼いでね」
有野マナは、農業目指すだけのことはあり、体力ばっちり、使いべりしないタイプだ。
その頃弁天カフェでも大きな動きがあった。
「梅花さあん、娘さんが、桜ちゃんがやって来たぞ!」
老人会の誰かが、弁天カフェに声をかけた。カフェの店長、梅花さんは、寺の住職である自分の夫、桜ちゃんの父親を無理やり連れ出してかけて行く。
「ほら、あなた、急がないと桜の弁天様が通り過ぎちゃうわ」
住職はふうふう言いながら手を引かれていく。やがて大編成のブラスバンド隊が高らかに近付いてくる。
「あ、桜―、桜―、がんばってー!」
手を振る梅花さん、弁天姿の桜さんも大きく両手を振ってこたえる。だがその時、わざとらしい造り物のマジックハンドが下から伸びてきて、弁天様をキャッチ、引きずり降ろす?!
「キャー、何これ、たっ、助けて!」
宝船から誘拐される弁天様。一体何が?!
「うっしっし、人質をとったぞ。おい、残りの福の神ども、宝船を降りるんじゃねえ」
そう、また目の下に妙なクマを作った親父がマジックハンドで弁天様を抑えつけながら叫んでいた。
「おれたちはしつこいぜ!」
いつの間にか、あの七悪神が出てきて、弁天池の横で妙なダンスを始める。そう中間地点、弁天池でのお楽しみイベントショーが始まったのだ。
疫病神が歌いだす。
「無駄だ、無駄だ。働くのは無駄だ。働き過ぎて、病気になるだけ」
そしてつぎはぎの貧乏神も歌って踊りだす。
「無駄だ、無駄だ、働くほどに金持ちが儲かるだけ、働くほどに貧乏だ!」
「無駄だ無駄だ、酒を飲まずにいられるか?」
赤鬼が酒飲んで暴れ、無駄遣いの神が金をばらまく。七福神の仲間が弁天様を助けようと宝船から降りようとすると、パワハラとセクハラの神が人質を痛めつけて足止めする。だが、その時、七福神の戎、大黒天が宝船から叫ぶ。
「はははは、七悪神どもよ。お前らはすでに負けている」
「え、どういうことだ!」
すると七悪神たちのうしろから、黒い影が忍び寄る。
「こう言う事だ、小学生武将隊見参!」
「え、そんなのあり?聞いてないよ?!」
いつの間にか後ろに来ていた小学生武将隊の鉄砲が、弓が、太刀が、長槍が、七悪神を討つ!
「ええい、さ、こちらへ…」
「ありがとうございまあす」
人質にとられていた弁天桜さんは救出される。梅花さんも住職も大喜びだ。宝船から七福神たちも降りてくる。
「よっしゃあ、恵比寿、釣り竿ムチ!」
「福禄寿ハンマー頭突き!」
「毘沙門天稲妻切り!」
「ええ、だるま・布袋ダブルボディプレス!」
「うぎゃあああ!」
赤鬼がペっちゃんこにされ、七悪神たちは、散り散りになり逃げていった。七福神は小学生武将隊と一緒に円陣を組み、掛け声をかけた。
「えい、えい、おー!」
リサイクルコーナーから、そのイベントを見ていた味噌屋の亀さんは大満足で拍手していた。
「ツクシ君、君のおかげで、軽くて丈夫、見栄えも抜群の鎧兜ができた。おかげでアクションイベントも大成功だ。ありがとう」
それから少しして、大通りのリサイクルコーナーもさらに忙しくなっていた。
汗だくで働いていると、そのうち客がどんどん増えてきたのだ。遠くで太鼓の音も聞こえる。そう、山車が返ってきたのだ
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