67.殴って伝えよう
「あの大ボケ様は、セオドール様にお譲りしますわ!」
「ありがとう、ヴィー!」
叫びながらシルファを走らせたヴィーに、大声で礼を言う。彼女はあちらの、無礼な皆さんを逆袋叩きにするつもりだろう。できそうだからな、ヴィーなら。
「誰が大ボケだああああ!」
「よく分かってるじゃないですか!」
そうして俺は、譲ってもらった元兄上をぶちのめすためにチョコを走らせる。
相手も正面からくるけれどあちらは剣、こちらは槍。しかも元兄上は剣を振りかぶっていて、届かせるつもりないだろう。俺は槍をまっすぐに構えて、そのまま相手の腹にどす、と打ち込む。
インパクトの瞬間チョコが方向を少し変えて、元兄上から離れるように走ったせいもあってやっぱり剣は届かない。慌ててあちらは振り返り、追いかけてこようとするけれど勢いがついているからなあ。その間にこちらもちゃんと向き直ってるし。
「くそっ、お前なんかに俺が負けるはず、ないんだっ!」
「それは、みっちり訓練してから言ってくださいよ! あんたが家に引きこもってる間、俺がハーヴェイの騎士団でどんだけ揉まれたと思ってんですか!」
もう一度、今度は剣の切っ先をこちらに向けて走り込んできた。俺は槍を短く持ち替えて、剣で絡め取られないように気をつける。それでも元兄上の剣よりは長く持ってるから、すれ違いざまの一撃は俺が勝つ。う、地味に脇腹かすめた。服切れただけだけど。
「うるさい、うるさい! 辺境の騎士団ごときに!」
「辺境だからこそ、実戦に強いんですよ! 隣国からのちょっかいとか、王都にはまず出ない大型の魔物とか!」
しかし、元兄上……元父上もこうらしいのだけれど、どうして辺境伯家の存在を自分より下だと見るのやら。元母上なんかもそうだったけれど、王都に近い場所に領地があったりそういう仕事をしている方が偉い、とかいう認識っぽいんだけどね。
もっとも、偉いかどうかと強いかどうかはそもそも全く別の話だよな。そんな事を考えていたら、すれ違いざまにチョコが元兄上が乗っている馬に後ろ足で蹴りを決めた。その一撃で、相手のバランスが崩れる。
「ぎゃっ!」
「はあっ!」
当然、そこを見逃す理由はない。手綱もうまく取れない元兄上の腹にもう一度、槍を突き込む。鞘を被せたままなので鈍器である槍の一撃は、あっさりとロードリックを鞍の上から地面に叩き落した。
「が、げふっ」
「ここまでですよ」
俺はチョコに乗ったまま、彼に近づいて槍を突きつけた。降りると、剣なり何なりで切りかかってくるかもしれないから。
それと、『上から見下される』威圧感を感じてほしかったから。俺が、アルタートンの家で散々感じたものを。
「辺境を領地とする貴族は、国を守る最前線にいるんです。だから、力を求められる」
「あ、当たり前、ではないか。国境に、いるのだから」
まあな。国境にいるのは国を守るため。そのための力が必要だ、ということは元兄上も分かっているだろう。
それと、ハーヴェイに来て鍛えられた俺が自分よりも弱いわけがないということがこの人には、結びつかないから。
「そうですよ。辺境貴族の敵は国外、故に王都を守る守護騎士団よりも大規模、もしくは強力な軍を持つことを求められます。俺はハーヴェイの騎士団で、その力に見合うように鍛えられた。その結果が」
だから俺は、元兄上の顎の下に槍の先を当ててくい、と持ち上げた。このくらいの力加減だって、できるようになってる。
そうして上げさせた元兄上の顔は、露骨に青ざめて引きつっている。かたかたと震えている唇は、何か言葉を紡ごうとして声にならないようだ。
……もしかして。
「もしかして、誰も助けに来ないのが不思議ですか」
「~~~」
ほんの僅か、頷いたのが分かる。やれやれ、やっぱりか。
「我がハーヴェイの後継者として認められるには、相応の実力と指揮能力を持つことを求められますわ。わたくしはそうして、次期当主の座に上り詰めましたの」
その理由、であるところのヴィーが酷く上機嫌に、シルファに乗ったままこちらにやってきた。……あーところでシルファさんや、その口にくわえているお人はどなたですかね? 多分、元兄上の侍従だけど。
「ど、ドナエル!?」
あ、知ってる名前だった。アルタートンの家で俺に書類をよく押し付けてた、やっぱり元兄上の侍従だった人。今何やってるんだろう、と思ったけれどまあいいか。
「それに対して、ロードリック。あなたは自分の力のみを過信している。指揮能力だって、先だっての模擬戦を見れば大したことがないのは明らか」
「っ」
「おまけに、部下の方々はこの体たらくですものねえ。このわたくし、ヴァイオレット・ハーヴェイたった一人に敵わない」
にこにこ笑いながら、ヴィーは持ってる槍でちょっと遠くを指し示した。おろおろしている馬たちと、地面の上で『おくたばり遊ばして』いる皆さんの山がよく見えるな。
「本当に一人でやっちゃったんだ?」
「お父様なら、同じ時間で十五名は倒せるはずですわ。わたくし、まだまだ修行が足りませんわね」
ははは、ほほほ。
俺たちの笑いを、元兄上は真っ白な顔で聞いている。その向こうから、騎士隊がやってきた。
元兄上たちの動向を監視しつつ俺たちを遠くから見守ってくれていた、ハーヴェイの騎士たちが。
……まあ、中にいるんだけどね。ハーヴェイ辺境伯家当主、クランド義父上も。
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