66.煽って殴ってみる

 領都ハーヴから少し離れた、のんびりした草原。ここまで来て、俺とヴィーは馬を止めた。チョコもシルフィも何となくやる気になっているようだけど、まあ落ち着け。

 で、俺たちを追いかけてきた一団はここが好機とばかりに、俺たちを取り囲んでいる。全員が馬に乗っていて、えーと十人か。誰か隠れてなければ。


「やっと見つけたぞ、役立たず!」


 そうしてその先頭、すっかりしょぼくなった元兄上が俺を見てそんなふうに叫んできた。訓練はともかく、食事くらいはちゃんとしてるのだろうから、少し太って見えるんだよね。

 他の皆も、揃って胸鎧と籠手にすね当てといった軽装だから、馬に負担はかからないと思うけど。

 それはともかく。


「え、まだおっしゃってるのですか」


「……本人のプライドかなあ」


「お安いプライドですこと」


 ヴィーと、あちらには聞こえないように軽口を叩く。元兄上にとって俺は、あくまでも『自分の作業をさせるしか能のない役立たず』であってほしいんだろう。そうでなければ、元兄上は俺の上には立てないから。


「模擬戦のときはせこい戦い方に敗れたが、今回は実戦だ!」


「せこい戦い方ってなんだろ」


「あの方のことですから、正面から一対一で倒してもせこいとおっしゃいますわ」


 今度は聞こえるように言ってみよう。あの模擬戦をせこい戦い、というのならどうやればいいんだか。今の二対十でこっちが勝てばいいのかね。それでも文句は言うか。

 というか。


「う、うるさいうるさいうるさい! 次男のくせに、俺の奴隷でしかなかったくせに!」


 それはいつのことだ、元兄上。

 確かに、アルタートンの家にいた頃はそうだったさ。けれど、ハーヴェイの家に移ってからはもう違う。俺は、ヴィーの婿として立てるように頑張って、それであなたには勝っている。

 ただ、俺に文句を言ってきたのは元兄上だけではなかった。


「お前なんて、ロードリック様の文章書きだけやっていればよかったんだ!」


「副団長がうっかり婿になんて出すから!」


「大人しく、書類運びしてりゃよかったのによ!」


「……模擬戦で倒された皆様ですわね」


「アルタートンの家で見たことのある人もいるな。全部、あの人の侍従とか部下とかだ」


 元兄上と一緒にいる九名は、まあそういう人たちだ。もっとも、その人たちくらいしかついてこなかったのだろうけどさ。


「この程度には、人望があったんですの? あの方」


「王都守護騎士団、元、副団長の嫡男だからなあ。権力の方だろ」


「それがなくなったのについてこられたということは……ああ、もう後がないんですのね。哀れな方々」


 今日のヴィーは、何というか酷く口が達者な気がする。あと、全力で相手を煽ってる。これは、向こうを怒らせて突っ込ませるためでもあるけどさ。まあ、楽しそうで何より。


「やかましい! お前ら、かかれ!」


 そのヴィーの思惑に乗って、元兄上は右手を上げた。号令に従い、他九人が一斉に剣を抜いてこちらに馬を走らせてくる。

 馬の上から攻撃してくるなら槍のほうがいいと思うんだけど、持ってこられなかったんだろうな。剣すらどこにあったんだろう……はて、そんな事を考えている暇はないか。


「どこまでも、人に押し付けるしか能がない、愚かな方」


 俺とヴィーは、それぞれに右手を掲げる。どこからか槍が飛んできて、それぞれの手の中に収まった。

 ただ今回は、鞘を払うことはしない。鈍器として十分な能力はあるし、あの競技場とは違って重力軽減の魔法なんぞかかっていないこの草原で落馬でもしたら、どうなることやら。


「チョコ。好きなだけ暴れていい、俺が合わせる」


「ぶるっ!」


 すっかり俺に懐いてくれた愛馬は、一つだけ頭を振るうと即座に走り出した。

 一騎の横をすり抜けるように走るチョコの背で俺は、思いっきり槍を突き出す。どす、と見事に腹に入った一撃で、彼はあっさりと落馬した。確か、俺によく書類の山を押し付けていた侍従の一人だったな。


「うふふ。シルファ、あなたもお好きになさい」


「ひん!」


 ヴィーの方も、動きはシルファに任せる形だな。俺とチョコよりも付き合いが長い分、お互いの動きはもっと分かりあえているし。


「王都守護騎士に、勝てると思うか!」


「挟み撃ちで行くぞ!」


「それを、せこい戦い方と言うのですよ! はあっ!」


 わざわざ戦法を叫んで教えてくれた二人の片方に、シルファが駆け寄る。素早い槍の突きでまずそちらの男を打ち倒し、振り返りざまにもうひとりの肩を思いっきり殴った。ふたりともあっさり馬から落ちて地面に顔を突っ込み、馬はさっさと逃げ出した。あーあ、どこかの牧場なり何なりに逃げ込めればいいけど。ああ、人間は割とどうでもいい。


「お前ら! あの役立たずをぶっ殺せば、辺境伯の娘を好きにできるぞ!」


「おおお!」


 って元兄上、何を言ってるんだか。ヴィーは俺より強いし、俺だって元兄上よりそれなりに強くなっている。

 それに。


「その言葉、ハーヴェイ辺境伯家に対する侮辱とみなします。おくたばり遊ばせ」


 ヴィーが、槍の鞘を払った。にやりと笑うその表情、人はそれを鬼、悪魔と呼ぶんじゃないかな。俺はかっこよくていいと思うんだけど。

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