65.遠乗り
久しぶりに書類作業のない日、俺はヴィーと一緒にちょっと遠出をすることにした。
「チョコ、行くぞ!」
「ひん!」
「シルファ、行きますわよ」
「ひひんっ」
ヴィーと馬で遠出するなんて、多分今後もそうないと思う。だからこそ、今のうちに……なんてのんきな考えでは、もちろんない。
「……これで、ついてくるかな」
わざわざ、見えている護衛もなしに二人だけで走っている意味なんてまあ、そうそうないよね。
「目立ちますもの。セオドール様も、わたくしも」
「はは、確かにそうかも」
笑う俺の上空でぽん、と花火が上がった。
ことは、一昨日に遡る。アルタートンの状況がハーヴェイ領に伝わってから三日後になるその日、ナッツが持ってきた情報がその発端だった。
「……元兄上が、家にいない」
「すんません、隙突かれたようっす。アルタートンの当主夫人が実家に帰ることになったんすが、そのときのドタバタに紛れたっぽくて」
義父上義母上ヴィーと俺、つまり一応家族でお茶してるときに大慌てで持ってきた内容がそれだったので俺はうわあ、と思った。
「お前さんとこの監視網にしちゃ珍しいな、うっかり気を抜いていたか?」
「かもしれません。家ん中でブツブツ言ってるだけだったんで、まさか家出する根性あるとか思ってなかったみたいで」
義父上がふむ、と考えながらプチケーキを一つナッツの前に置いた。メイドさんが淹れてくれたお茶と一緒に「頂くっす」と一気に飲み込んでぷはー、と一息ついて、ナッツは地味にしょげている。
「この詫びはうちのかーちゃん直々に、と言ってきてるっす。ひとまず、先代の護衛はがっつり強化しました」
「それで構わんよ。一応の現当主より単純な頭だ、やることは何となく予想がつく」
その頭をぽんぽんと軽く叩きながら、義父上はニヤリと笑う。いやまあ、元兄上が家から消えて何をしたいかといえば、あの人のことだから多分。
「まあ、侍従たち連れて俺を襲撃ってとこですかね。彼ら馬には乗れますから、まっすぐ来れば明日くらいには到着するかと」
「装備の準備が整っていないかも知れませんし、そもそもハーヴに入るのは無理な気がしますけれど」
いやまあ、確かにヴィーの指摘も間違ってない。というかそもそも飯とか寝るところとかどうするんだろう、と思ったけど家から金持ち出してそうだしなあ。何とかしてるか。
「まあまあまあ。何て単純な方法かしら……もっとも、今のお力ではそのくらいが精一杯でしょうね」
「父親は平の騎士に降格されて忙しいし、母親は……おそらく、先代が実家に戻したんだろう?」
「そっすね。嫡男の教育ができなかったっつーことで、先代がお怒りっす」
のほほんとお茶を飲む義母上と義父上、何とか立ち直ってきたようなナッツを見ていると、ヴィーがきゅっと拳を握った。
「セオドール様、どこかのご嫡男の顔面に拳入れてもよろしいですか?」
「ヴィーの手が汚れるから、せめて手袋つけてね」
「もちろんですわ」
うん、だって元兄上みたいな男の顔に、ヴィーの手が直接触れるなんてさすがに許せない、って思っちゃったからな。俺。
「ふふ。セオ君も言うようになったわねえ」
義母上がこんなふうに言ってくれるのを聞いて、俺の言い方は間違ってないんだとちょっとうれしくなった。もうすっかり家族の一員として認められていて、アルタートンにいたときより俺はずっと幸せになっているのが分かる。
「それで、どうするの?」
そうして、続けて問うてくる義母上には露骨に答えるとちょっぴり顔を歪められるので、少し遠回しに答えてみよう。
「はい。たまには、チョコで遠乗りしたいなと思います。領都の外に」
「では、わたくしもシルファでお供いたしますわ」
「あら。二人して親切なこと」
俺と、ついてきてくれるというヴィーを見比べて義母上はくすくす笑う。ああ、及第点みたいだな。
「ナッツ。側に護衛を置いていると釣られてくれないだろうから、離れて警護する班と領都周辺の巡回班を組め。巡回班にはアルタートン嫡男の顔を知らせておけ」
「了解したっす。あ、ごちそうさまでしたとっても美味かったっす!」
義父上は俺の考えを理解した上で、ナッツにそう指示してくれた。すぐに立ち上がって頭を下げ、部屋を出ていった彼を見送って義母上はメイドさんに、「お茶とお菓子を差し入れしてあげてね」と頼んでいる。
でまあ、今の花火はその巡回班からの、元兄上が近くにいるという合図だったわけ。やれやれ。
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