63.読み解いた結果

 ハーヴェイ家とその周辺が次期当主の結婚式などのさまざまな準備をしている間に、一ヶ月が経った。

 ナッツの母、即ち傭兵家系の大御所経由で王都から観光旅行の一団、ただし一人ないしふたり旅と本人は主張しているらしい者どもが昨日は二人、一昨日は五人というふうにばらばらに入領してきたという情報がもたらされ、各地に共有される。

 そうして今日は、シャナン・ファクトリーハーヴェイ領支店代表ランデールがハーヴェイ邸を訪れる当日であった。

 が。


「おや。ランデールさんが来られると伺っていたのですが」


「代表はお忙しいため、代理として自分が参りました」


 玄関前でハーヴェイ家家令デミアンが挨拶している相手はランデールではなく、彼よりも少し若い男性だった。五名の部下らしい青年たちを引き連れ、名刺を差し出しながら堂々と頭を下げる。


「わかりました。ご案内いたします」


「ありがとうございます」


 副代表、と記された名刺を確認してデミアンは納得したように頷いた。彼が軽く手を振ると、扉の側にいた使用人たちが音もなくそれを開く。デミアンの手がその方向を指し示し、男性たちを招いた。




「本日は、お取引の中止を申し上げに参りました」


 応接室に案内され、ハーヴェイ家当主であるクランドが入室した途端。男性たちのうち、名刺にて副代表を名乗った男性が口を開いた。デミアンは平然と、クランドもまた無表情のままそちらを見やる。


「どういった理由だ」


「シャナン・ファクトリーはアルタートン家に大変ご贔屓を頂いております。そのアルタートンを傷つけるお家とは、これ以上の取引はできませんな」


「ほう?」


 クランドの問いに、『副代表』は朗々と理由を述べた。その答えに、かの辺境伯が獣のような笑みを浮かべたことに気づいて一瞬は怯む。


「ランデールは、絹が高くて困っていたぞ。現在徐々に値下がりしている故、喜んでいたが」


「き、絹だけではございません。王都守護騎士団の制服なども、我がシャナン・ファクトリーが手掛けております」


「アルタートンが沈んでも、王都守護騎士団には問題あるまい? それに、我がハーヴェイの騎士団も制服を頼んでいるはずだが」


「しかし」


「しかも現在、このハーヴェイを継ぐヴァイオレットの婚礼衣装を頼んでいる。その費用がどれだけの儲けになるか、分かっているな?」


「ハーヴェイは、シャナン・ファクトリーを脅迫なさるおつもりか。ならば、こちらにも考えがございます」


 クランドの表情はほぼ変わらず、だが『副代表』はどんどん顔色を悪くしていく。そうしてドン、とテーブルを叩いて立ち上がった。


「ランデールの身が惜しければ取引をやめろ、か? それとも、可愛い娘の結婚式をやめろ、かな?」


「どちらも、でございます」


 薄い笑みをお互いに浮かべ、『副代表』は自分の立場が上とでも言わんばかりにクランドを見下ろす。彼についてきた青年たちがどこからかナイフを取り出し、クランドを取り囲んで。


「つまらんな」


「面白くありませんなあ」


 クランドと、壁際に控えていたデミアンの拳であっという間に床に沈んだ。そうして、副代表を名乗っていた男の喉にはぴたり、と短剣の先が突きつけられている。


「ひっ」


「ふふ。いらっしゃいませ、有給休暇中の王都守護騎士団員の皆様」


「ここまで先を読めると、確かに面白くないんですがまあ、平和的解決ですよね」


 短剣を軽く握って微笑むは、ハーヴェイ家嫡女ヴァイオレット。その婚約者であるセオドールはルビカやナッツ、プファルと言ったかれらの護衛役と、そして男性を一人連れてやってきた。


「ははは。新代表と名乗られるよりはお行儀がよろしいようですが、やはり面白くないですなあ」


「ランデール!? 何でっ」


 やれやれ、と肩をすくめているランデールの名を呼び、副代表を詐称していた彼は慌てて後ずさろうとする。だが、ヴァイオレットがナイフの切っ先を彼から離すことはない。


「カルミラ、ご苦労さま」


「やれやれ。このような騎士たちでどうやったら王都を護れるのか、まったくわかりませんね」


「このおかげでふるいをかけることができた。それで、オートミリア団長には納得してもらおう」


 シャナン・ファクトリー作業員の姿をしてランデールとともに入ってきたカルミラは、セオドールたちにさくさくと拘束されている者どもを見渡してため息をついた。クランドと会話するその姿を見て、偽副代表ははっと気づく。


「貴様、店にいた作業員?」


「私だけでなく、あの場にいた者は皆ハーヴェイの騎士です」


「正面から来ても、実力と数の差でハーヴェイに勝てないと君たちは読んだ。であれば、今娘の結婚準備をさせているシャナン・ファクトリーを利用して内側から潰しに来るだろうことは読めたからね」


 カルミラが自分の身分を名乗り、そしてクランドがさらりとネタバラシをして見せる。

 そうして、その展開を読んだ本人は。


「まさか、まじでこの方法取るとは俺も思わなかったです。ランデールさん、ご迷惑おかけしてごめんなさい」


「いやいや、セオドール様。あなたがこの方々の作戦を読んでくださったおかげで、店も皆も無事でございました。本当に、感謝いたします」


 困り顔で髪を掻くセオドールの手を取って、ランデールは深く深く頭を下げた。その様子を見ている偽副代表に対し、カルミラがにこりとほんの僅か微笑んだ。


「あなたが店を離れた瞬間、他の者どもは全員制圧してございます。たかだか十二名でしたし」


「甘いな、まだいるぞ」


「念のため街中もチェックさせていただきましたときに、逃げ出した四名ほどを近所の肉屋夫妻が捕縛してくださいましたのでそれを合わせて十六でございます。中に何処かのご嫡男はおられませんでしたが、実家にとどまっているのが確認されました」


「ぐ……」


 店を十二人で抑えておき、偽の副代表が五人の配下を連れてランデールの身元と引き換えにハーヴェイ次期当主の結婚式を潰す。

 万が一のときのために、シャナン・ファクトリーの店があるシャニオールの街中に連絡員を四名控えさせていた。


 合計二十一名の『元』守護騎士は、この日全員が捕らえられた。

 ここからしばらくの間、王都守護騎士団は少しばかりの人材不足に苦労することとなる。その中でジョナスという名の平騎士がこき使われることになるのだが、それをこの場にいるものが知ることはなかった。

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