61.動くもの
さて。
婚礼衣装は、身体にフィットするように作られる。もちろん、動くための多少の余裕はあるけれどね。
そういうわけで、これから婚礼までの……半年くらいか、その間は体型を維持すること、とランデールさんからきつく言われた。
「なんで、あんまり訓練できなくなった」
「そりゃ大変っすね」
剣の練習を軽くしただけで済ませて、騎士団の書類をいくつか片付けているとナッツに苦笑された。
ハーヴェイに来てから騎士団に入り、訓練をしていたことで俺の体型はかなりがっしりした感じになっている。……ま、要は式まであまり筋肉つけるんじゃねえ、と言われたわけだね。
「まあ、筋肉増えたら大変ですもんね、服の手直しって」
「脂肪が増えても大変だぞ。腹とか」
ナッツの言葉に、素振りを終えて汗を拭きながらルビカが入ってきた。うん、君たち脂肪はまず増えないよね? そういう生活してないし。
「腹はベルトでどうにかなるからいいじゃねえか。胸筋とか腕とかなんて、手直しじゃなくて作り直しになるんだぞ」
「礼服とかだと、腹でも作り直しになりそうだけどなあ」
ルビカが、指先でナッツの腹を突く。ぷに、なんていうわけもない。しっかりした筋肉で、程よい形を保っているんだから。
ちなみにここはハーヴェイの騎士団の事務室……のはずなんだが、何というかそれなりに広くてソファなんかも揃っているせいで半ば休憩室と化している。ナッツやルビカは俺の護衛を兼ねてくれているので、別に出入りは自由なんだけどさ。
「お嬢様のウェディングドレス……きっと、とてつもなくお美しいのだろうなあ」
一応、こちらも俺の護衛でもあるはずのプファルがすっかりぼへーとした感じになっている。
いや、訓練はちゃんとするし書類も自分でやらなきゃ駄目な分は片付けてくれるんだぜ、元兄上と違って。けれど、時々ヴィーの婚礼衣装姿を妄想して顔を緩めているわけだ。その隣に並ぶの、お前じゃないんだけどね。
「プファル、いつの間にあんなふうになっちゃったかね」
「すっかりヴァイオレット様の犬だよね、あれ」
ルビカが今日の報告書にペンを走らせながら、ナッツが自分の報告書を確認しながらそのプファルを眺めている。俺はその報告書を受け取って、日誌にまとめるのが今の仕事。
「ま、懐かないよりは懐いたほうがいいと思うぞ。プファルを通じて、ハーベスト家を抑え込むこともできるし」
「あ、それはありますね」
俺がぼそっと呟いた本音に、ルビカは一瞬目を見開いた。いや、俺だってそういうちょっとせこいやり方もするよ。ヴィーのためだもん。
プファルの実家ハーベストはハーヴェイの分家で、その存在自体は問題じゃない。何かあったときに分家から養子をもらったりするのはよくあることだし……例えば、まだだけど今のアルタートンとか。お祖父様、そろそろ目星つけてるだろうなあ。
でも、その分家が本家の運営とか婚姻とかに口出ししてくるのは違うと思うんだよね。そりゃ、本家がやりすぎとかおかしなことになっているならともかく。
なので、ヴィーの犬みたいな感じになっちゃったプファルにハーベストを継いでもらって大人しくさせるのがいいんじゃないか、とハーヴェイの家の中ではだいたい話がついている。後はプファルが頑張って功績でも上げればね、うん。
「セオドール様。一応、気をつけておいてほしいんですが」
と、ナッツがすすすと近寄ってきて低い声で言ってきた。ルビカもプファルもぴたり、と動きを止めてこちらに注目する。
「何かあった?」
「こっちじゃなくて王都近辺ですね。元お父上の側近とか部下どもが、旅行の準備なり有給申請してるとかで」
なるほど。どうやらナッツの身内が情報源だろうな、生粋の傭兵家系はあちこちの騎士団とかで働いてるそうだから。
「……大体同じ日程で、だね?」
「そうそう。一応理由は様々なんで変に許可出さないのもねえ、と言うことらしいんですが気をつけろよー、とうちのかーちゃんから来ました」
元父上の側近や部下が、同じ日程で移動するつもり。おそらくは元父上を没落させた相手……まあ要するに俺とかハーヴェイとか、に何かするつもりなんだろう。というか。
「情報源、ナッツのお母上かよ。総元締めとかやってそうだな」
「バレました?」
「マジか」
ハーヴェイの義母上もエルザントの養母上も、何だかんだでしっかりやってるんだよね。自分の家族や使用人たちをうまく統率し、適材適所に動いてもらい、予算配分にもある程度関わる。
俺、そういうのやらなきゃいけないわけだ。うわあ、もっと勉強しないと。まあ、それはおいおい。
「養父上のところにも、情報は届いてそうだなあ。元兄上については、何かないか」
「アルタートンの屋敷に引きこもってるらしいですが、こう言っちゃ何ですが父親が共犯者みたいなもんですからね」
元父上回りが動いているなら元兄上は、と思ったんだがこちらの情報はなさそうだ。王都守護騎士団をクビになったわけだから、実質的に監視の目が外れたことになるからな。何だかんだで元父上も、元母上も長男は可愛いだろうし。
俺は可愛くないだろうね。アルタートンを沈めて逃げたから。さて、こちらがやれることはというと。
「ナッツ、情報収集の継続頼む。ルビカ、プファル、俺の護衛と……ハーヴェイ領の警戒を強めるよう、ダンテさんに頼んで」
「了解っす。団長にも情報渡してますから、大丈夫っすよ」
「護衛は少し増やすかな。アレもいるけど」
「お前とお嬢様を守ればいいんだな、任せろ!」
「………………」
……まあ、全員やる気になってるから大丈夫、かな。
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