60.信用第一
採寸や布選びなど、結局昼食やお茶を挟んで一日仕事になってしまった。ランデールさんがシャニオールに戻られるということで、義母上と一緒に見送りに出る。
「本日はありがとうございました、ランデールさん」
「いえ、こちらこそ。様々な質疑、お二方とも大変でしたでしょう」
「前に礼服の採寸をしていただいたときより、さらにいろいろ増えたものねえ」
俺もヴィーも、ランデールさんやスタッフの人たちもだいぶ疲れが顔に出ている。……自分の顔は、さっき鏡で見た。ひでえ。
しかし、ランデールさんはこれから別の仕事だそうだけど、スタッフさんたちは作業着のままだ。あ、もしかして。
「こちらのスタッフ十名は、ハーヴェイ邸に常駐させることになっております」
「ふふ。スタッフ用の客室は整えてあるから、あとでデミアンに案内させるわ」
「ハーヴェイ夫人には、大変お世話になります。皆もお礼を」
『ありがとうございます!』
やっぱりか。
お店や何やらの仕事を抱えているランデールさんはともかく、この人数のスタッフさんをいちいち移動させるのは大変だろうと思ってたんだけど。
「だって、ヴィーとセオドール君の婚礼衣装を作ってくださるのよ? きちんとした環境で作っていただきたいもの」
きゃらんと楽しそうに笑いながら、義母上がおっしゃる。つまり俺たちの衣装を作り上げるまでは、この家に詰めることになるのか。
……休日とか、ちゃんとあるよな? 俺がアルタートンの家で元兄上の作業丸投げされてたときは、ほとんどなかったから。
さすがに、ハーヴェイやシャナン・ファクトリーの勤務体制がアルタートンよりひどいわけはないと思うけどさ。
「お仕事が完了するまで、生活の全てはハーヴェイが手配しますわ。その代わり、最上の衣装を作り上げてくださいましね?」
『はい!』
「もちろんです。シャナン・ファクトリーの名にかけて」
義母上に対して職人さんたちと、そしてランデールさんの頭が下げられた。そうしてランデールさんは、すぐに足を動かす。
「それでは、私はこれにて。スタッフをよろしくお願いいたします」
「もちろんよ。ハーヴェイの名にかけて、ね」
さっきのランデールさんの言葉を真似た義母上は、うんうんとすごく満足そうに何度も頷いて彼を見送る。俺たちも手を振ったのを見て、玄関の扉が閉じるのを見てから数名のメイドさんを振り返った。
「ではまず、お夕食を準備してありますので客用食堂までご案内申し上げて」
「承知しました。皆様、こちらへどうぞ」
スタッフさんたちが、メイドさんに案内されてぞろぞろと去っていく。はらへったーとかどんな食事かな~とか、少し離れてからざわつく声が漏れ始めた。ま、気持ちは分かる。
客が大勢泊まるとき用の食堂が、家族用の食堂とは別にある。他にも使用人用の食堂があって……アルタートンでは、仕事が忙しかったときなんかはそっちで食べてたりしてた……俺だけ。
今は時々使用人食堂に顔を見せたりするけど、お菓子とか差し入れに行くときくらいだね。ま、それはともかく。
「……スタッフが常駐か……確かに、シャニオールから通うよりは手間がないね」
「そういうことですわ。もちろん、屋敷の中で移動できる範囲は限定されておりますけれど」
「そうなんだ」
おや、ヴィーは知ってたのか。もっとも、シャナン・ファクトリーは専属のデザイナーだって前に言ってたもんな。こういうことは時々ある、ってことか。
「わたくしどものプライベートエリアには入れませんし、それ以外でも必ず使用人が案内することになっていますの。最初にシャナン・ファクトリーに屋敷で仕事してもらったときに、あちらの方からそのようにお申し出があったそうですわ」
「へえ」
なるほどなるほど。向こうからそう言ってきたのなら、こちらは特に問題ないな。
というか、そういう申し出をしてくる理由、何となく分かる。
「……もし、ハーヴェイの屋敷で不祥事を起こしたら商売に関わるから?」
「そうね」
俺の推測に丸をつけてくれたのは、義母上だった。商人として、信用に関わる問題を引き起こすわけにはいかないから。
だから、シャナン・ファクトリーは予めそういった申し出をするわけだ。多分、万が一問題行動を起こしたスタッフがいたら、その処罰も相手に委ねるのだろう。
「ハーヴェイだけではなく、他の貴族の屋敷で泊まり込みの作業をするときも、ランデールはそのように申し出ているそうよ。何なら、かかる費用は自分たちが出すとまで言ってね」
「そこまで……」
「もっとも、今回はこちらのお仕事で来てもらっているのだからハーヴェイが持つわよ。当然だわ」
ふふん、と胸を張る義母上は、さすがヴィーの母上なだけあってこういう表情はよく似ておられる。可愛らしく凛々しく、自分がまとめるべき相手をきっちりまとめられるからこその、辺境伯夫人。
ヴィーの配偶者として、俺も義母上のように使用人さんたちをまとめられるようにならないとな、うん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます