59.婚礼服の意義

「絹の値段が、少しずつ安くなることとなりました」


 ハーヴェイの屋敷にやってきたシャナン・ファクトリー一同。その代表であるランデールさんは、そういうことを口にした。

 やはり高かったんだな、アルタートンの絹。元父上がぼったくってたから。


「アルタートン家の話は伺いましたので、なるほどと思いましたよ」


「今後は生産地が王家直轄領になるから、それなりの値段で落ち着くと思うわ。良かったわね」


「ええ、ありがたいことです」


 俺と一緒にいるヴィーと、にこやかに話をする。その間にも俺たちの今いる応接間に近い二部屋が、ランデールさんの連れてきた部下の皆さんによって仕事部屋に変えられていってる、らしい。

 はい、今日は結婚式用の礼服の準備なんだよね。採寸とか生地・素材選びとかいろいろあるそうで、これからも何度かハーヴェイ邸に来るので仕事部屋はそのまま置いておかれる、とのこと。

 二部屋くらい埋まっても何の問題もないのは、余裕があっていいよね。


「お二人のために最高級の素材を仕入れてありますので、出来上がりはお任せくださいませ」


「ありがとうございます!」


「信頼してるわよ。ランデール」


 とん、と胸を叩いたランデールさんに、俺もヴィーもお礼を言う。元兄上の式で着たあの礼服という前例があるから、彼らの腕に関してはまったく心配していない。

 俺たちの礼服製作はシャナン・ファクトリーの営業自体にはあまり影響がないとのことだけど、お得意様各位にはそれとなく事情を伝えているそうだ。まあ、結婚式にお呼びする方々もおられるはずなので、納得してもらえるといいなあ。


「にしても、ヴィーはいいんですけど……俺まで新調していいんでしょうか。一応、礼服ならありますし」


「ま、セオドール様ったら」


「おやおや」


 ついぼそっと呟いたら、ヴィーとランデールさんに目を丸くされた。……けちくさい事言っちゃ駄目かな。


「招待客として着用する礼服と、主役として着用する礼服は別物ですわよ。セオドール様」


「え、そうなの……それもそうか。少なくともヴィーは、ウェディングドレス着るもんな」


「セオドール様も、わたくしの隣に立っていただくにふさわしい婚礼服を着ていただくのですよ」


 ヴィーに言われて、ああそうかと納得はできた。平民でも、ふさわしい装いをするようだし……地味に俺、中途半端に物を知らないな。アルタートン時代外に出なかった、というのが大きいかも知れない。

 それはまあ、今どうにかなることではないから置いておく。後で義父上とかと相談してみよう。それより今は、礼服の話だ。


「それに、セオドール様は辺境伯家次期当主の配偶者になられるお方。結婚式は即ちそのお披露目の場なのですから、ここで着飾らなくてどうなさいますか」


「な、なるほど。そういう考え方が」


 おう、ランデールさんにさっくりと諭された。そうだな、貴族ってこういう式典などで……言っちゃあ悪いけど見栄を張る、みたいなところがある。

 ハーヴェイ家は国境を護る重要な家であり、その家の後継者であるヴィーの婿になる俺のお披露目でもある結婚式に家の力を誇示する、という意味合いもあるらしい。

 ……アルタートンも歴史のある武門の家だから、元兄上の結婚式も考えてみるとヴィーと俺の結婚式と意味合いは同じだったわけだ。何で元兄上、そういうところで失態かましたんだろ。……考えてもよくわからない。

 なんてことを考えている俺に、ランデールさんは更に上乗せをしてきた。


「さらに、セオドール様は公爵家の養子となられたのでしょう? ご実家となった、エルザント家の御威光も背負うこととなりますからね」


「うあー」


 そうだ、俺は現在セオドール・エルザント公爵子息なんだ。なるほど、そういうことならエルザントの養父上の期待も背負ってしっかりヴィーの婿として働かないとな、うん。


「そういうわけですので、資金に糸目はつけなくて良いとハーヴェイ、エルザント両家からお達しを頂いております。シャナン・ファクトリー一同、総力を持って当たらせていただきます」


「わ、わかりました。よろしくお願いします」


「シャナン・ファクトリーの力、存分に振るってちょうだいね」


 ……ところでヴィー、何だかものすごくやる気なんだけど……もしかして、元兄上に負けてたまるか、とか思ってないかこれ。

 負けるわけがないのにな、ヴィーは可愛くて綺麗で強いんだから。俺も……元兄上には、ちゃんと勝ったし。


「と言いましても、まずはデザイン案からですが」


「ですよねー。俺はセンスないんで、お任せします」


「わたくしも、お父様譲りでちょっとね」


 いや、センスがあったとしても何のための専門家だよ、という話。ここはランデールさんたちにいくつか案を見せてもらって、それにお願いをする感じになるだろう。


「でもランデールなら、わたくしどもに似合うデザインはいくつも出せるでしょう?」


「それはもちろん」


 ヴィーの確信的な問いに、ランデールさんは山のような紙束を出してきた。はっはっは、これ全部デザイン案か!

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