58.一安心の報告書

「……うーわー」


 王都から送られてきた報告書を読んだ俺の第一声は、そんな感じだった。

 守護騎士団長さんに事情聴取を受けた翌日、俺はハーヴェイ領に戻された。エルザントの養父上曰く。


「いやだって、前後の見境なくなってセオドールに突撃でもされたら僕、クランドに首飛ばされちゃうかも知れないもの。物理的に」


 ……何で俺の『ちちうえ』は、皆さんそういう方々ばっかりなんだろ。いやまあ、アルタートンが逆恨みして俺を襲撃とかしかねないから、ということで辺境まで急いで戻されたのは助かったけど。

 元実家が逆恨みして俺を襲撃してくる可能性、そんなものが生えるきっかけとなったのがこの報告書の中身だった。つまりは、アルタートンがこれまでにやらかした事々の結果。


「ま、そういう感じでアルタートンは子爵家になったそうだよ」


 あっはっは、と楽しそうに笑う義父上。

 アルタートン家は爵位が一ランク落とされ、領地も減らされた。

 元父上は副団長から平の団員に降格され、あの団長のもとでこき使われることとなる。

 元兄上は騎士団を解雇され、実質的にアルタートンの後継者の地位を失った。


「とはいえ、まだ爵位をお持ちなのですね」


「先代が復帰したからね。彼とそれまでの武功は、さすがに無視できないものだったから」


 一緒に報告書を読んでいたヴィーが、不満げに感想を述べる。いや、さすがに義父上の言う通り先代……つまり俺のお祖父様がおられることもあってそこまでは行かなかった、らしい。


「後継者は、先代が改めて選ぶとのことだよ。さすがにセオドールには来ないと思うけど」


「おいで遊ばしたら、叩き返してよろしいでしょうか? お父様」


「それはもちろん」


「来ないと思いますけど……」


 ついつい、義父上とヴィーに突っ込んだ。

 お祖父様は俺のエルザントへの養子縁組をお許しくださった方なのでまあ、アルタートンの後継に俺を選ぶことはないはず。万が一、そんな事を言ってきたらエルザントの養父上に申し上げるけどさ。


「あと、絹の産地の辺りが王家直轄領として取り上げられたそうだ。これで、少しは絹の値段も下がるだろう」


「それはよかったです」


 ああ、そういうことか。絹の価格をつり上げていることも知られているから、その対処も兼ねているわけだ。

 これで、少しは農家さんとかにフィードバックされるといいけれど。……あ、でもアルタートンがぼったくってたのがなくなるだけか? うーむ。


「でまあ、マージが言ってたんだが。元実家のゴタゴタが落ち着きそうだから、そろそろお前たちの結婚式を本格的に進めないとってな」


『え』


 あの、義父上。不意打ちはやめてください、ヴィーと一緒にぽかんと口を開けてしまったではないか。

 もっとも、俺はヴィーの婿になるためにハーヴェイにいるんだから、さっさと進めても何の問題もないわけだ。

 ……結婚式といえば。元兄上の方なんだけど、ベルベッタ夫人とガーリング家が婚姻無効を教会に求めているそうだ。離婚じゃなくて無効か、アルタートンの関係者になりたくないってことだな。あーあ。

 まあ、その辺りはガーリングとお祖父様、そうして王宮でやってくれるだろうしな。お祖父様ごめんなさい、手間取らせてしまってます。


「お式にエルザント公爵家もお呼びできるから、もう何も問題はないからね? セオドール君」


「は、はい」


 一方、義父上はひどく上機嫌で何よりだ。それはまあ確かに、次期当主である一人娘の結婚式かつ婿が来た、だもんな。

 そしてヴィーは……あ、顔がほんのり赤らんでいる。多分、俺もだろうね。少し暑い感じがするから。


「うふ。やっとわたくし、セオドール様をお婿に迎えられるのですね!」


「ごめんね、ヴィー。なんか、すっごく待たせちゃったね」


「いえ、大丈夫ですわ。わたくしの方こそ、九年おまたせしましたもの」


 いやもう、お互いに頭を下げる感じになってしまっている。だけど、お互いに待った、待たせた時間は長かったけれど、やっと先に進んでいくことができそうだ。


「一応、マージがまとめてくれるそうだから希望があったら言っておいて。といっても、どんな式が良いかとか衣装や食事とかの希望だけど」


「はい。……俺の場合、参考になるのがアレしかないんですが……」


 俺やヴィーの希望を聞いてくれるのは嬉しいけれど、はてと気づいた。

 俺が知っている結婚式って、元兄上の式だけである。一つしか参考にできない上にそのサンプルがある意味問題である、というのはなあ。

 で、俺がそれを言うと義父上は面白そうに笑って、そうして助言をくれた。


「ははは。そういうのは気にしなくていいからな、何なら騎士たちにも他の式に参列した者がいるだろうから、彼らに聞いておいで」


「あ、分かりました。皆に聞いてみます……そうか、聞けば良いんだ」


「でしたら、わたくしも伺いますわ。その、わたくしもあまり知りませんので」


 そうだよなあ、話を聞いてくれる人がいるんだから尋ねてみれば良いんだ。ヴィーもそうだし、騎士団の皆も。

 だったら、一緒に話を聞きに行こう。ついでに、報告書の内容もある程度教えるか。

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