57.その頃のアルタートン5

 王都守護騎士団がセオドール・エルザントに事情聴取を行ってから、三日後。

 騎士団長ガロイ・オートミリアは国王直属の役人を数名連れてアルタートン伯爵家を訪れていた。現当主とその嫡男に対する処分を言い渡すために。


「……以上の理由により、ジョナス・アルタートンは王都守護騎士団副団長の地位を剥奪、一般団員の地位に置くものとする」


「……っ」


「また、騎士団員をアルタートン私兵として利用した任務について精査の上、使われた費用及び装備の返還及び賠償を命ずる」


 王都を護るために設立された騎士団を、その一部とは言え自身の私兵として任務につかせ働かせた。それ以外にも、当主ジョナスは嫡男ロードリックの行動を咎めなかった監督責任を問われている。親としてではなく、上司として。


「ロードリック・アルタートンは王都守護騎士団員としての品性に欠ける行為を続けたものであると確認されたため、団員の地位を剥奪。……要するにクビ、だ」


「何でですか! 俺は守護騎士としてたくさん魔物を倒したでしょう!」


 その場にジョナスと並んで処分内容を聞いていたロードリックは、思わず吠えた。守護騎士としての最大の任務は王都を護り、襲い来る魔物を始めとする敵を滅ぼすことである。間違ってはいないのだが。


「魔物を倒すだけなら、傭兵でもできる。王都守護騎士団という存在はな、王家がおわす都を守るにふさわしい高潔な精神の持ち主が集うべきところなのだ」


 自分で何を言っているんだろうな、とため息を付きたくなるガロイは、だが表情を変えることはない。

 理想と現実には、どうしても差ができてしまうものだ。それを理解しているからこそ……騎士団長としてアルタートンの二人に、言葉をぶつける。


「無論、現実的にそこまで清くあれとは言わぬ。だが、実弟を家に閉じ込めた上でほぼ全ての書類業務を押し付け、その対価を支払わず、反論すれば鉄拳制裁というのはさすがに許される所業とは言えまい?」


「けれど、あいつは役立たずでっ」


「先日の模擬戦は、多くの者が見ていたはずだな。あれで役に立たないのであれば、お前のほうが役立たずだ」


 どこまで墓穴を掘るのだろう、と考えてふむ、と結論にたどり着いた。

 ロードリック・アルタートンは、父ジョナスから後継者として期待されていた。そもそもはそれなりに実力があったはずだが、役立たずだと思い込んでいた次男セオドールを自分の部下……否、おそらくは奴隷のような感覚でこき使うことを覚えた。

 由緒ある家の後継者である自分は、家を継がない上に自分より弱い弟を好きに使って良い、と思い込んだ。

 おそらくは十年以上そうやって生きてきたロードリックは、今更生き方も考え方も変えられないのだろう。


 最悪だ。


「また、ジョナスについてはロードリックのそのような行いを見過ごし、提出された書類について抜き打ちの精査なども行うことがなかったそうだな」


「あ、あれはロードリックの仕事だと思っておりましたから!」


「字が違う。貴殿も、嫡男の文書は見慣れておろう?」


「だ、だから新規の右筆を雇用したのかと」


「確認せずに、そのまま通したわけだな。守護騎士団副団長、及び第一部隊長としての務めをおろそかにした、と判断するしかない」


 そうして、本来であれば家族……当主夫人や使用人などから情報を集め、家の中のことを確認するべきであったジョナスはそれを怠った。

 外に出されるべきではない守護騎士団の任務報告などの書類を、部外者である次男がまとめていたことも気づかなかった。騎士団の部下が文官を新規雇用したのであれば、その申告もあるはずだろうに。

 部下の怠慢、不正を見咎めることもなかった上官は、そればかりか自身が不正に手を染めていた。

 私兵を騎士団に送り込むこと自体は、ない話ではない。実力さえあれば、問題はないのだ。

 問題は、騎士団員になった彼らの扱い方、である。


「騎士団員の私兵としての利用は、守護騎士と言わず王国の貴族にあるまじき所業である。王都を護るべき騎士を、ひとつの貴族の私兵として利用する。これは王家に対する反逆を疑われることにもなりかねない」


「そのような、だいそれたことは考えておりません!」


「言うだけなら、いくらでも言えるからな」


 アルタートン家は、長きにわたり王家に忠誠を誓ってきた由緒ある家柄である。少なくともジョナスの先代、隠居しているロードリックとセオドールの祖父は、ジョナスやロードリックの行為を知れば家の恥として烈火の如く怒るであろう。

 既に、それらを記した書状は彼の元へ送られている。一両日中に先代伯爵は、それを読むこととなるだろう。彼の怒りは家の内部で収めていただくとして、国、王家よりこの家に与えられる処罰は。


「爵位を落とすと共に、所領の一部を王家に差し出すことになろう。こちらで選ばせてもらう故、首を洗って待っているが良い」


『ひっ』


 侯爵にも手が届くかも知れなかった家が、落ちていく。その宣告を置いてガロイは、アルタートンの屋敷を出た。

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