56.お前はどうしたい?

 その後、俺は執務室で騎士団長にいろいろなことを聞かれた。主にアルタートンの家でどう暮らしてきたかとか、元兄上の書類事務について。

 後者については、今まで書いたことのある書類を持ってきてくれてその場で俺が文字を書いてみせたことで俺の字だと証明されたね。うん。


「……ふむ。よくわかった、ありがとう」


 俺の文字を見ながら、騎士団長は呆れ顔でため息をついた。俺がアルタートン家の外に出なければ、多分これは分からずに終わったんだろう。

 そうして彼は、書類をテーブルの上に置くとまじまじと俺の顔を見つめてきた。ラグラ養兄上はあくまでも俺の付き添いということらしく、取り調べが始まってからはほとんど口を開いていない。今も、俺の横で見ていてくれている。


「そうだな、セオドール君。君は今、アルタートンの家族に対してどう考えている? 自分の扱いについてとか、どう罰してほしいとか」


「……どう、ですか」


 アルタートンでの、自分の扱い。

 元父上や元兄上を、どのように罰してほしいか。

 改めて言われると、何というか……うん。


「アルタートンの家にいたときは、正直しんどかったです。でもそれはもらった仕事の量がやたら多かったのと、兄……元兄上がやるべき仕事なのに何で自分が、という思いで」


 それでも、あの頃はそれが当然なのだと思い込んでいた……思い込まされていたから、仕方なく従っていた。従わなければ鉄拳制裁、だったし。


「それで、アルタートンの家を出られて実情を知れたし、状況が改善したのでもう良いかな、なんて思っているところはあります。ヴィーやハーヴェイの家族がいてくれますし、エルザントの家族も良くしてくださってますので」


 けれど、それが当然でないことが分かって俺は、かなり楽になった。

 ヴィーがあの家から俺を引っ張り出してくれて、なんやかんやでエルザント公爵家の養子にまでなってしまったからな。

 だから、今の発言は正直な俺の気持ちなわけ。でも、俺だけの考えだからね。


「ただ、これは俺の個人的な感想です。実際にやっていたことが罪なのであれば、それに値する罰を受けるのは当然だと思うんですが」


 そういうことで一般的な意見を述べてみたんだけど、騎士団長も養兄上も何だか納得がいっていない顔をしている。俺の顔を見ているんだけど、俺は今どんな表情を浮かべているんだろう。


「セオドール」


 と、養兄上に名前を呼ばれた。


「もしかしてお前、現実感がないんだろ。自分にやられた仕打ちと、それ以外に元の家族がやっていたことと、いろいろ多すぎて」


 兄上の指摘を受けて、少し考えてみる。

 なるほど。やられたことや外でやっていたこと、そこから俺の身の上に起こったことがこういろいろ多すぎて、思考が追いついていないのかも知れない。


「そう、かもしれません……」


「ああ」


 そういうことが理解できたので頷くと、騎士団長も納得してくださったようだ。


「彼がハーヴェイに脱出してから、それなりに時間は経っているはずだけど。未だに現実味がなくてぽかんとしてる状態なんだね。セオドール君は」


「そのようです。こう、これまでは基本的に周囲が状況を動かしていましたから」


「ジョナスやロードリックが、わしにも気取られぬようにうまく図らっていたからねえ。ヴァイオレット嬢に頼まれて調べたクランドやアーカイルが、よくやったと思う」


「……」


 クランド義父上、アーカイル養父上。二人の父上が、俺を引っ張り出すためにさまざまな調査を行った結果が今だ。

 俺は手を掴まれて引っ張り出されただけで、実際に自分の状況なり何なりをちゃんと把握できているかというと……たしかに疑問だな。酷く他人事のような認識になっているし。


「ジョナスとロードリックには相応の罰が与えられるだろうが、それは彼らの行為とその証拠を第三者が見た結果だ。君が受けた害への、直接の罰ではない」


 そんな俺の気持ちを理解してくれているのか、騎士団長は淡々と言葉を紡ぐ。うん、与えられる罰は『王都守護騎士団に対して、あの二人が行った罪や不法行為』に対するものだ。家の中にいた、俺への行為に対するものではない。

 もっとも、少なくとも兄上には模擬戦で勝ってるしなあ。今更、謝罪とか求めるのも……謝らないだろうし!


「君はこれまでに自分の身に置きたことを思い起こして、アルタートンの家に対してどうしたいのかを考えた方がいいね」


 ……俺の考えていること、騎士団長は分かっているのだろうか。

 正式に謝罪を求めたほうがいいのか、それとも一発殴らせろとかそういうことになるのか。……うん、分からない。


「ま、ジョナスにしろロードリックにしろ極刑はないさ。せいぜいが降爵と当主交代とかだろうし、時間はあるさ」


「そうなんですか」


 おや、と声を上げたのは養兄上。……まあ、国家転覆とかまで行けばそうなるだろうけれど、結局書類の偽造というかそういうのと……騎士団の部下が家の部下を流し込んだのとかは、横領とかになるんだろうか?

 まあ、爵位を下げられてもアルタートン家が存続するのなら……あれ、当主交代ってどうするんだろう。


「現当主と次期当主の不祥事だからな。先代が健在だったろう、復帰して新しい次期当主を考えてくれるさ」


「お祖父様でしたら、何とかしてくれると思います」


 先代アルタートン当主、俺をエルザント家の養子にしてくれたお祖父様はそもそも俺にも優しくしてくれた人だしな。

 ……もしかして元父上、そろそろアルタートンの屋敷にお祖父様が来るから逃げ出してきたとかじゃないよな?

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