52.アーカイルと友人
アーカイル・エルザントは、アルタートン家次男セオドールの養子縁組の手続きを済ませたあと付き添いの次男シードを待たせていた。この話を持っていくべきところが、一つあったからだ。
「なるほど。アーカイルがこちらに話を持ってきた理由、承知した」
「ありがとうな、ガロイ」
口ひげを蓄えた、黒髪の壮年の男の名をアーカイルは呼び捨てにする。
王都守護騎士団団長、ガロイ・オートミリア侯爵。国王の側近として働いているアーカイルとは顔なじみであり、気安く名前を呼ぶ仲でもあった。
立場上そうそう仲良くすることもできまいが、今回アーカイルが持ち込んだ話は騎士団にも関わることであり、故にガロイは自身の執務室にて話をすることにした。
騎士団副団長ジョナスを当主とするアルタートン家には、騎士団員である長男ロードリックと兄の手伝いをしているらしい次男セオドールがいた。
次男はハーヴェイ辺境伯家に婿入りする予定なのだが、それに当たってエルザント公爵家と養子縁組をすることとなった。
その理由……ジョナスとロードリックのセオドールに対する言動をまとめた資料は今アーカイルから見せられたところだが、その前からアルタートン家の様子がおかしくなっていたのはガロイも知っていた。
「いやいや。少し前からアルタートンの親子……特に息子の方がな、書類の出来が酷くなっておってなあ」
「平団員になったって聞いたけれど、その前からだよね?」
「うむ。新しい三男殿がハーヴェイに移った時期と重なるようだからな、まず間違いなかろう」
「だねえ」
ガロイから見せられた、アルタートン父子に関する騎士団内の調査書をぱらぱらとめくりながらアーカイルは小さくため息をつく。
ジョナスは『出来の良い』長男を可愛がり、『役立たずの』次男を家のためだとハーヴェイの婿として送り出した。
ロードリックは面倒な書類作業などを全てセオドールに押し付け、出来の良い書類を自分の手柄にした。
お互いがそれぞれ、セオドールに対してやっていたことをよく知らぬまま話が進んだ結果ロードリックは面倒事を自分でやる羽目になり、ジョナスは長男の出来の良さがかなりの部分次男のものであることを知ることとなった。
「それで、どうするのかな? 王都守護騎士団としては」
悪戯小僧のような目つきで、アーカイルはガロイを見る。淹れられた茶はガロイもアーカイルもよく飲む、眠気覚ましの効果があるものだ。
「ひとまず謹慎を命じるが、最終的な調査結果によっては解雇、かもな」
「どっちを?」
「どちらもだ。息子は実の弟をきちんと雇いもせずにこき使い、情報漏洩と言われてもおかしくない状況だしな」
ガロイの指先が、自身の眉間を揉む。王都を護るために設立された騎士団のトップとして、構成員の愚かな行為には相応の罰を与えねばならない。それが、よりにもよって副団長とその嫡男とは。
「ジョナスはどうやら、自分の家中すらまともに把握できておらなんだようだし。それと、騎士団員を私的用件で扱き使っていたという情報があってな」
「駄目じゃん」
そうして明かされた情報に、アーカイルは呆れたように一言吐き出した。騎士団員は王都を護るための騎士であり、如何に副団長とは言え彼個人の用件に従事させるべきではない。
「私的な用事なら、自分とこの私兵使うべきだろ。アルタートン家なんだから、それなりにいるはずだよね?」
「第一師団のほとんどが、入団前の経歴を誤魔化したりしているが元アルタートンの私兵だ。私兵なら家から給金を出さねばならんが、騎士団なら給金の出処は王宮だからな」
「もっと駄目じゃん。どこケチってんの」
さらに内容を明かされて、ガロイと二人で頭を抱える。つまりジョナスは、自家の私兵を自分で金を出して雇う代わりに騎士団に入団させた、というわけだ。
無論、貴族の私兵がその能力を買われて王都を始め各地の騎士団に入団することはある。あるが、片っ端から騎士団に入れるというのはさすがにどうだろう。
「王都守護騎士団を私物化している、となると確かに解雇もあり、だよねえ」
「それどころか、ことと次第によっては王家転覆の疑いあり、として拘束ということにもなりかねん」
「本人そこまで考えているかどうかはともかく、いっぺん捕まえたほうが良いのはそうだね」
少なくとも騎士団の私物化は駄目だよねえ、と意図的に軽い口調で言葉を紡ぎながら、アーカイルはがりがりと髪を掻く。
アルタートン伯爵家が、代々王家の守りのひとつとして働いていることはよく知っている。先代、つまりセオドールの養子縁組に助力してくれた彼の祖父は守護騎士として名を馳せ、そのおかげもあってジョナスは早くから副団長の地位に就いた。
彼と、そして彼の長男の問題はひとえに、自力で成したのではないことを自分のものにしたことにある、のだろう。
「……あー、わしも責任問われるな。仕方ないことだが」
それを見抜くことのできなかったガロイは、あきらめたように茶を煽った。空になったカップをソーサーに戻し、ぐるりと肩を回す。
「職を辞するわけにはいかんだろうが、給与の返上くらいはせんとなあ」
「ガロイが騎士団長辞めても、後釜がいないよ。辞めずに責任持って騎士団を綺麗にしろ、って陛下ならおっしゃると思う」
「同感だ。無論、そのつもりだが」
アーカイルと顔を合わせ、互いの拳をこつんとぶつけ合う。
彼らにとってはある意味、開戦の合図であろう。
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