51.三男になりました
「ただいまー」
「ただいま戻りました」
ミリアーナ様のお部屋を辞してから少しして、アーカイル様とシード様がお戻りになった。時間は夕方で、既に夕食の準備はほぼ済んでいるとのこと。……お二人が戻ってくるのを見越してるんなら、ドロテーア様もさすがだなあ。
そうして、結果。
「母上、兄上。喜んでください、うちに三男が誕生しました!」
「まあまあ、それは良かったわ」
「ふふふ、僕に弟ができました!」
ああ、良かった。無事に手続きが終わったみたいだ。これで俺は、少なくとも書類上はアルタートンと関係のない人間になることができたんだ。
……まあ、あの父上と兄上だから、何か言ってきてもおかしくないけれど。
「というわけでセオドール君……いや、セオドール。君は今から、セオドール・エルザントだからね」
とはいえ、何だかものすごく歓迎されている。具体的に言うとアーカイル様、じゃねえ養父上にひょいと抱き上げられてくるくる振り回されている。子供か、いや子供になったのか、言葉の意味が違うけど。
というか、養父上もちゃんと筋力とかあるんだ。俺を軽々と持ち上げてくるくる、だし。
「は、はい! ありがとうございます……ええと、養父上、とお呼びしても」
「うんうん。パパでも良いんだけどね、セオドールに任せるよ~」
ほい、と降ろされたところでお礼を言って、呼び方を一応変えてみた。あ、頭を撫でられた。とても喜んでくれて、何よりである。
……ちちうえ、と呼んで喜ばれたのはハーヴェイの義父上についで二人目だ。アルタートンの父上、実の父親には喜ばれることなんて一度もなかったな。
「……ということは」
と、しばらくぽかーんとしていたのか見とれて……はいないか、ともかく動かなかったヴィーが、何か思い立ったようにそれはそれは美しい、カーテシーを披露してくれた。といっても、他の人のってあまり見たことないけど。
「末永くよろしくお願いいたしますわ。お義父様、お義母様、そしてお義兄様がた」
「やあん、かわいいー! ミーちゃんもだけど、ヴィーちゃんもかわいいー!」
いやドロテーア様、じゃなくて養母上、今度はあなたがぶっ飛んで何としますか。いやヴィーに抱きついて頬ずりとかしてるだけだけど。
もしかして養母上、娘が欲しかったのかなあ。ミリアーナ様……ええと養姉上のことを、ミーちゃんって呼んで可愛がっておられるようだし。
「ドロシー、僕が言うのも何だけど落ち着こう?」
「んふふ、いいじゃないのお。今だと、ミーちゃんにじゃれるのは危ないもの」
「ええ、ああ、わ、わたくしは大丈夫なんでございますがその、落ち着いてくださいましお義母様っ」
養父上が困った顔をしているのは、ついさっき俺を振り回してたからだね。はっちゃけ方が実に夫婦というか、全身で喜びを示すのが良いなあ、とは思う。
ただ、すぐに養母上はヴィーから顔を離した。そうしてラグラ養兄上に指示を飛ばす。
「ああ、ラグラ。ちゃんとミーちゃんに報告に行くのよ? ミーちゃんとお腹の子、セオドールとヴィーちゃんに祝福してもらったんだから」
「それは、きっと強い子が生まれますね。すぐ行ってまいります」
「ミーちゃんの体調も聞いてきてね。今晩は三男誕生のお祝いをしなくちゃいけないから」
「はい!」
言い方、と叫びたくなったのを抑えた俺、偉い。
三男誕生って、生まれたわけでもないのに。いやまあ、今日から俺はエルザント家の三男ということになるのだから、間違ってはいないんだけど。
要するに、俺がこの家の子になったお祝いをしてくれる、というわけでそれは嬉しいんだけどね。
「そういうわけだから、ミーちゃんの分は融通できるわよね?」
相変わらずヴィーに抱きついたまま、養母上はくるりと視線を巡らせた。そこにはここの家令さんがいて、平然と頷いてみせる。
養父上や養母上のこの行動、いつものことなんだろうな。実に慣れておられる。
「もちろんでございます。皆様の分も、既に準備はできております」
「ええ、ありがとう。ミーちゃんの具合が分かったら、それで進めてもらえるわね?」
「はい」
そうして、夕食に関する部分も完璧であった。もっとも、先に養母上からそういう指示が出ていたのだとは思う。
養姉上が食事に出てこられるか、来られないか。食べられるものはどういったものか。
……アルタートンの母上は、そういうことをしておられたのだろうか。俺、あまり母上と会ったり会話したりしなかったからなあ。
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