50.どうか
兄上や父上などの話が一段落したところで、俺とヴィーはドロテーア様に連れられて移動する。ラグラ様の奥方にご挨拶するためだ。
居室の前まで来ると、ちょうど戻ってきたらしいメイドさんと出会った。
「クラーラ、ミーちゃんのお加減は良いかしら」
「はい。先程薬湯をお飲みになられまして、落ち着いておられます」
「そう」
そりゃまあ、この家のメイドさんだからドロテーア様が知らないはずはないか。クラーラさんと言うらしいメイドさんと言葉をかわしてから、ドロテーア様は俺たちを彼女に示した。
「アークが養子にしたセオドールくんと、その婚約者のヴァイオレット様よ。この子たちを会わせたいのだけれど、どうかしら。長居はしないつもりだけど」
「お話は旦那さまから伺っておりました。そういうことでしたら、ミリアーナ様に伺ってまいります」
「お願いね」
ドロテーア様が笑ったのを合図に、クラーラさんは扉をノックした。わずかに開かれた扉の向こうといくらかのやり取りがあって。それからクラーラさんがこちらを向いて、頷く。
「大丈夫そうとのことです。短く、お願いいたしますね」
「ありがとう。セオドール君、ヴァイオレット様」
「はい。短く、ですね」
「ありがとうございます。手短に、ですわね」
それはまあ、体調を崩されていてお休みなのだろうし。俺がこの家の養子になった、というご挨拶に来ただけだから、さくっと終わらせないとラグラ様にも悪いよね。うん。
そんなわけで、寝室にまで案内してもらった。ドロテーア様がいなければ、俺なんて蹴り飛ばされていてもおかしくない部屋だ。
落ち着いた、深みのある木が多く使われた室内。重厚なベッドの上で上半身を起こした女性は、どことなくドロテーア様と似ていた。顔かたちではなく、なんというか雰囲気が。
「初めまして。ラグラ様の妻の、ミリアーナと申します。このような形でごめんなさいね」
「今度、こちらの養子になることとなりましたセオドールと言います。体調の悪いところに押しかけて、申し訳ありません」
「セオドール様の婚約者の、ヴァイオレット・ハーヴェイです。お子様がおられるとか。どうか、ご無理なさいませんよう」
「こちらは構いませんのよ。この子が元気に育つように、と皆様過保護なんですの」
「そんなこと言ったって、私やアークにとっては初孫なのよ? 元気に生まれてほしいじゃないの。もちろんミーちゃん、あなたも元気でいてくれないと」
「ありがとうございます、お義母様」
お互いにきちんと自己紹介をして、ミリアーナ様のお顔を伺う。うん、顔色は悪くないし、少しなら大丈夫そうだ。いやまあ、長男であるラグラ様の奥方とお子様なんだから、調子悪かったらいくらドロテーア様でも入室許可は出ないだろうけど。
というかドロテーア様とミリアーナ様、とても仲良しだな。そのほうが良いよな、出産と育児って大変だって聞くし。
と、ミリアーナ様が俺に笑ってくださった。
「お話は、お義父様とラグラ様から伺っております。わたくしはあまり詳しい事情は存じ上げませんが、少なくともご覧の通りエルザントの家の皆様はとてもお優しいですから、セオドール様は何もお気になさらなくて良いと思いますよ」
「あ、ありがとうございます」
そっか、アーカイル様とラグラ様がちゃんとお話してくれてたのか。……まあ、いきなり義理の弟ができますよって話だもんな……いやほんと、エルザント公爵家の皆々様には俺はどれだけ感謝しても足りない。
「それと、ヴァイオレット様?」
「はい」
「この子が生まれたら、セオドール様と一緒に一度会いに来てくださいね。アルタートンに生まれたセオドール様と、ハーヴェイのヴァイオレット様に祝福されたらきっと、元気な子になると思うんですの」
ぽん。
寝間着と上掛けの上からミリアーナ様が軽く叩いた、ご自身のお腹。俺たちが見ても分かるくらいふっくらしたそこには、確かに生命が息づいている。数ヶ月の後に、皆に祝福されて生まれる生命が。
……あれ、生まれてから祝福するよりは、せっかくだし。
「え、でしたら今からでもよろしいですか?」
同じことを、ヴィーも考えていたらしい。しゅた、と右手を上げて提案する。よし、俺も乗ろう。
「……そうですね。お母さんともども、元気になっていただきたいですし」
「あらあら、それもそうね。良いかしら、ミーちゃん?」
「あ、あの、お二方さえよろしければ、ぜひ」
さくっとお尋ねしたドロテーア様に、ミリアーナ様も笑顔になって頷いてくださった。
……と言っても、祝福っつったって幸せになるように祈るだけだけど。ま、いっか。俺もヴィーも、生まれのおかげでやたら丈夫なのは事実だし。
「お母様も頑張っておられますから、ゆっくり大きくなってゆっくりお生まれになってくださいましね」
「あなたのお父上も他の皆様も、あなたの誕生と成長を心待ちにしていますからね」
ベッドのすぐ横に膝をついて、ミリアーナ様とお子様のために祈る。俺を幸せにしてくれた人たちの家族が、幸せにならないのは絶対におかしいから。
男の子でも女の子でも、お母さんと一緒に幸せになれるように祈って、祈って、祈った。
どうか、アルタートンにいたときの俺みたいにはなりませんように。
「ふふ、ありがとうございます。わたくしも何だか、元気が出てきましたわ」
「私も、見ていて元気になれちゃったかも。可愛い私の娘と孫のためにありがとうね、ふたりとも」
ミリアーナ様、そしてドロテーア様のお言葉に俺とヴィーは一瞬だけ顔を見合わせて、そうして『はい!』と声を揃えて答えた。
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