49.実際のところ
「二人にはそれぞれ客間を用意してあるから、安心して泊まってちょうだいね」
そんなことを言いながら、ドロテーア様は俺たちをリビングに招き入れてくれた。一応義理の家族になるわけだから、応接室じゃないってことか。
メイドさんがお茶とチーズケーキを準備してくれて、そのまま茶話会という感じになる。こちらはエルザント公爵家の中をほとんど知らないから、教えてくれるみたい。
「ラグラには既に妻がおりまして、今妊娠中なんですの。今はお部屋で休んでいるのよね」
「そうなんですか? それはおめでとうございます」
「うん、ありがとう。もしよかったら、後で二人も会ってくれると嬉しい」
「はい、ぜひお会いしたいですわ」
ラグラ様のお話を聞いて俺も、それからヴィーも表情がほぐれる。と言っても、顔をちょっと合わせるだけのほうがいいかな。お部屋で休んでおられるということは、多分体調が芳しくないからだろうし。
「シード様は、まだお一人なのですか」
「俺も相手を探したらどうだ、とは言ったんだがな。次男だし、自分で行き先を見つけたいのだと」
ヴィーの質問に、ラグラ様はさらりと答えられた。……自分で行き先を見つけたい、か。
同じ次男なのに、俺にはそれも許されなかった。そういうところを見越して動いてくれたヴィーや義両親には、とても感謝している。
「それもあってあいつは団長の元、騎士として修行を積んでいる」
「それなら、エルザント家にお父様が調査をお願いしたのも分かりますわね」
ああなるほど、シード様は団長派なのか。
まあ要するに、オートミリア団長に近しい騎士とジョナス父上に近しい騎士で派閥のようなものがある、とは父上とか兄上とか兄上の侍従とかから聞いたことがある。
シード様は団長に近い人だったので、義父上がアーカイル様に対して調査依頼をしやすかった、と。
「副団長とロードリック殿は、騎士としての能力は高いし戦のときは頼りになるとのことだ。シードの話を聞いていると、確かのように思える」
ラグラ様は、父上や兄上と直接会うことはほとんどないらしい。同じ騎士団にいるシード様からよく話を伺うようで、まあ父上派じゃない人が言うなら騎士としては強いんだろうな、本当に。
「ですが、団長様曰く事務処理に関しては一般レベル、とのことですわ。アルタートン副団長は文官を雇用しておられるようですが、ロードリック殿はそうなさらなかったのだそうで」
ほほほ、とドロテーア様がお笑いになる。あ、一般レベルなんだ、兄上でも。
ちゃんとやっていけばそれなりに上達しただろうに、それを俺に丸投げしてほとんど何もやらないまま来たのか。
そんなことを考えていたら、ラグラ様が俺に視線を固定した。何か、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべておられるちょっとこわい。
「それがある時期から、規定で許されている文官の採用もないままにその能力が引き上げられた、らしい。……セオドール君、君だね」
「……そう、だと思います」
うわ、そういうところまで分かるんだ。……いや、分かるか。団長なら、各部隊から提出された書類に目を通すだろうしな。
それで、それまでと書類の質が変わったら、そりゃおかしいと思うよな。
……父上、副団長だよな? そういうのも分からなかった? それとも、俺が『ちょっとだけ』手伝ってるとでも思ってた?
「兄から手伝いをしろと言われて、渡された書類を処理しているうちに内容に気づいて、あれと思ったんですが……当時は兄に逆らうとその、鉄拳制裁が」
そこまで言ったところで、何だか室内の空気が冷えた気がした。ヴィーが俺の手をがしっと握りしめて、まじまじと見つめてくる。
「……セオドール様。機会を作ってお返ししましょう」
「いや、この前の模擬戦で返したようなもんだし」
俺としてはあれでもう良いと思っているんだけど、ヴィーはそうじゃないらしい。うーん。
「うふふ。そのような方を殴ってお返しなんて、手が汚れますよ?」
「母上……いえ、その考え方には俺も同意なんだが」
一方、エルザント家のご意見はそんな感じだった。なるほど、殴る価値もないってか。
その言葉を聞いて、ヴィーがはっと目を見開いた。何か、感じるところがあったらしい。
「そ、そうですわね! セオドール様のお手が汚れるなんて、そんなことはできませんわ!」
「そういうことよ。理解してもらえて嬉しいわ、ヴァイオレット様」
あれま。ドロテーア様とヴィーが意気投合してくれた。いや、養母上と婚約者が仲良くしてくれるならそれは嬉しいからね。
ほんの一瞬、俺を養子にしてくれるだけなのに、エルザント家の人たちはとても優しくて。
「騎士団で文官を雇用した場合、その費用は団から出る。アルタートンの懐から出るものでもないのにな」
一方、呆れ声を上げるラグラ様にもドロテーア様は、ほんわりとした笑みを浮かべる。
騎士団でシード様、こんな感じの笑顔で対応されるんだろうか。まあ、その分実力はあるようだから違う意味で怖い怖い。
「ほら、アレですよラグラ。俺は何でもできるんだぞって、威張りたい幼子」
「そんな、子供でもないのに」
「内面が幼子、ということよ」
ほわほわした感じで、使う言葉も柔らかいのにドロテーア様はすごく辛辣な方だ、というのが分かる。
ヴィーがぞくっと背を震わせたのも、それを理解できたからだな。義母上も結構そういうところがあるから、貴族の女性って大なり小なり厳しいところがあるんだろう。
……母上、どうだったっけな。すごく印象が薄い。まあ、もう会う機会もほとんどないだろうし、いいけど。
そうして。
「その結果、セオドール君がいなくなってからロードリック殿の部隊は書類の提出遅延が続いている、そうだ。シードが自力で出せる書類すら、部下が涙目で作っているらしい。ざまあみろ、だな」
ドロテーア様の長男であるラグラ様は、きっぱりはっきりと厳しいことをおっしゃった。にっこり笑って。
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