48.家族って
王都のエルザント邸までは、馬車で四日ほどの道のりだった。途中、王都に入る直前に馬車の速度が少し落ちたのだけれど、アーカイル様は「道が混んでたんだよ」と笑顔でおっしゃっていた。……ま、知らないほうがいいことのようだ。
それはともかく。公爵家の屋敷は、王城から少し離れたところにあった。広々とした、二階建てのお屋敷を取り囲む塀の中に馬車は入っていく。アルタートンより華やかで、ハーヴェイより落ち着いた庭の中を通り抜けて玄関で降りた。
「お帰りなさいませ、ご当主様。皆様お待ちかねでございます」
「うん。留守の間ご苦労」
アーカイル様の家令らしい方との会話の後で、扉が開かれる。先導されて中に入ったところで、ぱあと花の色彩が目に映った。
「お帰りなさいませ、アーク。お待ちしておりましたわ」
きゃらりと笑うその方は、明るいピンクのふわふわした髪がとても印象的だった。深い緑の瞳は大きくて、そうしてフリルの多いドレスとそれでも分かるスタイルの良さが人目を引く。
俺が何とか意識を現実に引き戻したときも、横にいたヴィーがぽかんと見とれてたから。
「ただいま、ドロテーア。僕たちの新しい息子と、その奥方を連れてきたよ」
「ええ、お話は届いているわ」
ドロテーア、様。アーカイル様のご夫人で、既に二人の息子がおられるという、俺の養母となられる方。……マジすか。
「いらっしゃい。セオドール君とヴァイオレットさんね」
「っは、はい。初めまして、セオドールです」
「初めまして。ヴァイオレットにございます」
おっと、名前を呼ばれたので、きちんとご挨拶をしなければ。俺が何とか名乗ると、ヴィーも気を取り直したように挨拶をしてみせた。ふう、危ない危ない。
「まあまあ、可愛らしいこと。アークにお話を聞いてから、会いたかったのよ」
「可愛い、ですか」
「ええ」
ドロテーア様のほにゃんとした笑顔と言葉に、俺とヴィーは顔を見合わせる。可愛い、なんだから多分ヴィーのことだと思うんだけど、もしかしたらヴィーは俺のことだと思ってるかもしれないな。頬が緩んでるから。
と、ドロテーア様の後ろから早足で近づいてくる男性が二人。……どちらもアーカイル様に似た感じで先に来た大柄な方は銀髪に緑の瞳、あとから来た少し小柄な方はピンクの髪に赤の瞳。色でご両親がはっきり分かるのはすごいな、うん。
「父上、お帰りなさいませ!」
「父上!」
「ラグラ、シード、ただいま。君たちの新しい弟だよ」
ラグラ様と、シード様。アーカイル様の息子さんたちで、俺たちより五歳ほど年上とか。お二人は年子ということで、アルタートンの兄上と俺の組み合わせと同じなんだけど、違うなあ。
「俺が長男のラグラ・エルザントだ。確かに、我らと違って愛らしい弟だな!」
銀髪のほうが、ラグラ様。声がよく通って、聞き取りやすい。あと大柄で体格しっかりしているせいか、何か迫力がある。
「次男、シード・エルザント。よく来てくれた、歓迎するよ」
ピンク髪のシード様は、表情もドロテーア様に似た感じのふんわり笑顔。ただ、服の上からでも分かる筋肉のつき方が、この人は騎士をやってるなと分かる。
とはいえ。
アーカイル様は、ぶっちゃけ文官でいらっしゃるわけで、さほど筋肉質ではない。けれど、その息子のお二人が揃って筋肉質というのは、どういうことだろう。お仕事はともかくとして。
「……そういえば。ドロテーア様は、確か」
「ええ。わたくし、王都守護騎士団現団長オートミリア侯爵の従妹ですの。あまり表に出ないものですから、そうそう知られてはおりませんが」
ヴィーが思い出したように指摘してくれて、俺も納得した。
ガロイ・オートミリア侯爵。アルタートンやハーヴェイと同じく武門の家柄で、現当主が父上の上司とくればまあ、想像もつくと言うか。
「……ああ、つまりそちらの血が」
「そういうことだね。ドロシーもいてくれるから、セオドール君はどこかのお家のことは全く気にしなくていいからね?」
「ご安心なさいませ。侯爵様にもお話は通っておりまして、今あちらでいろいろとお調べ中だそうですから」
上から目線には更に上から目線で対抗、というけれど何だか過剰な気もする。
こうも上から押しつぶしにかかっているとしか思えない状況、アルタートンの父上が大人しくしてる訳はないんだよなあ。
といっても、この人たちきっと織り込み済みだろうからなあ。俺、どうすればいいのやら。途方に暮れる、という言葉をここまで身をもって知ることになるとは。
で、途方に暮れた俺と何だか楽しそうなヴィーに声をかけてくれたのは、ドロテーア様だった。
「セオドール君、ヴァイオレット嬢。ひとまず、馬車の旅はお疲れ様でした。まずは一服、いかがかしら」
「あ、はい」
「ぜひ、いただきたいです」
そうだな。いつまでも玄関で立ち話、というわけにもいかないし。ということで頷くと、よしとばかりにアーカイル様が俺たちの肩をぽんと叩いてくれた。
「ドロシー、ラグラ、シード、頼んだよ。僕はこれから、セオドール君を正式にうちの息子にしてくるから」
「お任せください、父上」
「僕か兄上がついていかなくて、大丈夫ですか?」
ラグラ様はアーカイル様の指示に従うけれど、シード様は軽く首を傾げて問い返した。その質問にアーカイル様もふむ、と一瞬だけ考えて、そうして頷く。
「ん、じゃシード、ついてきてくれ。騎士団長にも話をしたほうが良いかもしれないからね」
「はい。では母上、兄上。すぐ戻りますので」
「ええ、いってらっしゃいアーク、シード」
「では、セオドール君とヴァイオレット嬢はこちらへ」
……アーカイル様と、ドロテーア様。ラグラ様と、シード様。
アルタートンの家と同じような家族構成なのに、どうしてここまで違ったのか。
俺は、一瞬だけ昔の俺を思い出して、それから頭を振った。
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