47.要請

 俺の養子縁組の話が一応まとまったこともあり、その日の夕食はアーカイル様も一緒にとることとなった。

 義母上はとっても上機嫌に、もきゅもきゅと猪のステーキを口に運ばれる。少し濃い目の味付けは、どちらかというと義父上の好みだ。


「ふふ。アーカイル様のおかげで、セオドール君が安心してお婿さんに来られそうで良かったわ」


「ハーヴェイのお二人が気にかけているわけだし、僕にできそうなことだったからね」


「本当に、皆さんにはお世話になりっぱなしで……」


 アーカイル様も穏やかに笑っているのだけれど、本当に俺は色々な人にお世話になっている。そうでなければ今頃俺は……何してたんだろ。やっぱり兄上の仕事押し付けられっぱなしだったのかな。

 そんなことを考えていたら、アーカイル様が俺の目を覗き込むように見てきた。


「まあ、状況的に君が自力で逃げ出すのは厳しかったからねえ。外部との連絡も、ほぼ無理だったみたいだし」


「家からほとんど出られなかったので、そもそも連絡先がなかったんです。お祖父様にはたまにお会いしていましたけど、そのときは兄上に変なこと言うなって言われてましたから」


「暴力で黙らされていたようなものか。まあ、こっちも権力と暴力で対抗するから、セオドール君は気にしないで」


「ははは…………はい」


 いやいやいや、と突っ込むつもりはどこにもない。俺自身、アルタートンに生まれたことで持ってる身体くらいしか力はないからね。

 けれど、あの家にはもう戻りたくないし、戻らなくて良いと言ってくれる人たちがここにいるから。


「それと。ヴァイオレット嬢、殴りたくなるのは分かるけれど、そういう相手を殴ったら君の手が汚れるからやめておきなさい」


「うっ……は、はい。分かりましたわ」


「そうそう。ヴィー、殴る価値もない相手というのはちゃんと見極めることだ」


 あれ。何でヴィーが指摘されてるのと思ったら、拳をぎりぎりと握っていた。……うん、あの人たちは殴ったところで多分反省しない気がするし、確かに義父上の言う通り殴る価値すらなさそう。一度くらいはこう、父上を殴っておきたいけどさ。


「でね。皆いるからここでお願いしちゃうけど、セオドール君には一度うちに来てほしいんだ」


 ってアーカイル様、いきなり何ですか。


「おいおいアーカイル……いや、確かに行くべきだけどよ」


「王都の、エルザント邸にですか」


「ああ。ほんのひとときとはいえうちの息子になるのだからね、『母親』にも挨拶してほしいわけ」


「それは、たしかにそうですね」


 なるほど。言われてみりゃそうだ、エルザントの養子になるのだから養父であるアーカイル様にもだけど、養母ということになる奥方にもご挨拶をしておかないと。

 俺だけかな、と思ったらどうやら違うようだ。アーカイル様の視線は、俺の隣席にいるヴィーに移ったから。


「で、ヴァイオレット嬢も一緒においで。『息子』の妻になるんだし、やっぱり挨拶してほしいからね」


「まあ。ぜひお伺いいたしますわ!」


「あらあら。それなら、きちんと準備しないとね」


 ヴィーを招待する意味も理解できる。確かにそうだよね、養子になった俺の妻になる人だもんね。一緒に行って、ご挨拶するのが礼儀だよね、うん。

 準備しないとね、と言いつつぱくぱくと食事を進めている義母上に苦笑しつつ、アーカイル様はやっと義父上に話を持っていった。


「いいよね? クランド」


「構わんが、王都だとアルタートンの当主と鉢合わせする可能性もあるぞ」


 こちらは既に肉が終了している義父上は、しゃくりと野菜を噛み砕いてからアーカイル様の取ってつけたような問いに頷く。

 ……ああ、そうだよね。アルタートン当主、つまり父上は王都守護騎士団副団長なんだから当然、お仕事で王都にいる可能性は高い。見つかったら面倒だなあ、とは思う。

 そんな俺や義父上に対して、アーカイル様はにっこりと笑顔。この人、多分怒らせたらものすごく怖い人だよな。


「え、帰ったら速攻手続き済ませるから大丈夫だよ。陛下にもアルタートンの先代にも話はつけてあるし、最終的にハンコ捺すの僕だから」


「まあ、そりゃそうだが」


「それに。僕も一人で来たわけじゃないし、セオドール君たちに護衛つけないわけじゃないだろ?」


「当然だな。可愛い可愛いうちの跡取りと可愛い可愛いその婿を、護衛もなしに放り出すわけがなかろう」


「きゃ。セオドール様を可愛らしいと言ってくださるなんて、さすがお父様ですわ」


「いやいやいや」


「私も、セオドール君のことは可愛い息子と思っているわよ?」


「うわあ」


「仲良くて何よりだね、うん。」


 途中までは貴族の当主どうしの会話とか思ってたんだけど、あとヴィーは当然可愛いんだけど。

 なんで俺にまで可愛いという形容詞が付いてくるのかな、義父上。あと納得しないで、ヴィー。ダメ押しは勘弁してください、義母上。

 そうして、その辺りの会話をさらっと流してくれたアーカイル様には、ちょっとだけ感謝。突っ込まれてもノッて来られても困るからね、主に俺が。


「それはそうと、先触れ出しとくから大丈夫だよ。あっちが副団長なら、こっちは団長に出てもらうさ」


 更に、権力の使い方というものを教えてくれる。いや、本当に『上から目線には、さらに上から目線で対抗』だな。うん。

 俺には、いつになってもきっとできないやり方だ。


「ほんっと、アーカイルは権力の使い方が平和的で助かるよ」


「平和的じゃない権力の使い方って、ただの暴君じゃないか」


「まあなー」


 そうすると、父上と兄上は暴君だったんだなと、今になって俺は理解した。

 アルタートンの家の中にいたままではきっと、理解することはできなかっただろう。それが当然だ、と思っていたんだから。

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